2024年11月24日に投開票が行われた名古屋市長選挙で、広沢一郎さんが新市長に当選した。「河村たかし前市長の政策を丸ごと引き継ぐ!」を全面に掲げての圧勝であったため、新市長は河村市政踏襲の印象が強いが、マニュフェストの中には独自公約が含まれている。筆者が注目しているのはマニュフェスト13番目に記載されている「名古屋大成長戦略」だ。現時点では多くを語られていないこの公約の実行を客観的に期待したい。
1.名古屋が抱える課題 -若者・子どもの流出を止めねば衰退は必至-
他稿で幾度も述べて来たように、名古屋市は学生層(20歳前後)を近隣地域から吸着している一方で、就職期・転職期(20歳代後半~30歳代)の東京への流出超過が大きく(vol.157、165ご参照)、超過量は拡大基調にある。これは、名古屋市の産業が生み出す付加価値額が東京に比して小さい事による社会移動と筆者は見ている。経済処遇と社会貢献の両立を求める現代の若者は、付加価値額産出力(賃金とCSR投資の余力等)の大きい産業集積のある都市(=東京)に吸い寄せられているのだ。
また、子育て層(30歳代後半から40歳代)は近隣市町等の市外に流出している。名古屋市内で交通条件の良いエリアのマンション価格が上昇し、子育てに十分な間取りのマンションを購入し難い状況となっているためと見る。名古屋市の児童福祉は大変充実しているが、持ち家購入ができなければ市外に流出するしかないという現状だ。こうした子育て層は子連れで市外に流出するため、名古屋市では0歳~14歳の流出超過も大きく、子どもの数が急速に減少している。
こうしたトレンドが続けば名古屋市が発展する未来を描く事はできず、現状は衰退前夜と見なければならない。この趨勢を打開するためには、名古屋市の付加価値額産出力を高める事が不可避であり、産業の機能と業種に着目した産業構造改革が必要だ。機能とは本社機能であり、業種とは高付加価値業種を指し、これらの集積を誘導する政策が必要と筆者は説いている。その実現のためには、市内の産業を育てる以上に、東京からの移転を誘導する事が有効と考えている。東京一極集中の是正に弾みをもたらすリニア開業が好機となるため、それまでの期間に準備を進める事を重要な政策に位置づけねばならない。
2.「名古屋大成長戦略」の内容 -7つの項目は、名古屋市が抱える課題に対応できる-
広沢市長の公約の13番目(14本中の後ろから二つ目)に、「名古屋大成長戦略」が掲げられている。選挙戦では多くを語られて来なかったが、7項目で構成された内容(図表1)は、上述した名古屋市が抱える趨勢的課題の克服に向けた処方箋となり得るもので、筆者がこれまで提唱してきた内容と多くの点で軌を一にしている。
そして、7項目は全て【新規】と位置付けられており、河村市政では取り組んで来なかった事項と読める。即ち、広沢市長の独自公約と解され、広沢市政としてのカラーを打ち出すためには重要な公約となるはずだ。
若者を惹き付け、子育ての街として名古屋が選択されるためには、「(A)産業の付加価値額産出力の強化」と「(B)公教育のリデザイン」が必須であり、同時に名古屋が若者や子育て層にとって憧れの対象となるように「(C)都市のアイデンティティ」を高めていく戦略が必要であると筆者は提唱してきた。広沢市長が公約で掲げた「名古屋大成長戦略」は、こうした事柄とシンクロする(図表2)。
まず、「(A)付加価値額産出力を強化」するために筆者が提唱している本社機能や高付加価値業種の受け入れは、都心におけるオフィスビルの供給を促さねば実現しない。加えて、東京からの移転を促す動機付けとしてオフィスビル建設補助金と本社移転企業への家賃補助が有効だと筆者は考えている(vol.152、154、165、187ご参照)。これらに対し、広沢市長の独自公約の④「日本経済のエンジンとなるまちづくり」の内容はこれらと直結し、③「知恵を集めるまちづくり」にある研究人材育成機能も同種の類型だ。
また、「(B)公教育のリデザイン」については、河村市政の目玉であった「1人の子供も死なせないナゴヤ」を継承すると重点公約に掲げているのだが、これに加えて広沢市長の独自公約の中には⑦「子供と地域を応援するまちづくり」に教育改革と連動した次世代の学校空間への更新を掲げている。河村市政の教育改革では、ナゴヤスクールイノベーションと題してスクールカウンセラーの全校配置、ナゴヤ学びのキャンパス(学びの方針)の策定、キャリア教育の推進などが実施されてきたが、学びの実践空間となる学校空間の改革は位置づけられて来なかった。ソフトの取り組みに加えてハード整備をセットで改革する意図が読み取れ、これが真意ならば公教育のリデザインが完結に向けて動く。
更に、「(C)名古屋のアイデンティティづくり」向けては、広沢市長の独自公約の②「名古屋城と城下町を感じるまちづくり」、⑤「世界に誇る文化・観光拠点づくり」、⑥「世界最先端の交通を魅せるまちづくり」などが有効と思われる。国内最大級に城下町の都市構造が残す現代の名古屋を内外にアピールする街づくりを展開し、熱田神宮を象徴的に演出する飛鳥時代と現代が融合した空間形成を行うとともに、余裕のある道路幅員を活かして新しい交通システム群のショーケースとする事などは、いずれも名古屋らしい国際的発信力の強化に値するだろう。
これらは短期的な効果を狙う政策ではなく、中長期的な姿勢で取り組む必要があり、名古屋が陥ろうとしている衰退への趨勢を転換するために重要な戦略的政策だ。
3.公約実行に向けて市議会との協調を -少数与党の市長提案に理解を求めて-
広沢市長が独自の成長戦略を掲げ、その内容が現状の名古屋市で構造化している課題克服に奏功する内容であるならば、その実行に期待を寄せずにはいられない。筆者が河村市政に強いストレスを感じていたのは、長期的な名古屋市の発展ビジョンが明示されない事だった。減税の向こう側にある名古屋の発展像が見えない事への苛立ちでもあった。この都市の構造的な課題を直視し、国土の中での名古屋を位置づけ、将来に向けて名古屋の発展が国土の発展に寄与するという都市経営シナリオを描く事ができれば、市民、職員および市議会が一体となって取り組めるはずだが、河村市政の15年間ではこうした歯車が噛み合う事は遂に見られなかった。
これに対し、広沢市長が掲げた「名古屋大成長戦略」は、名古屋市の将来を照らす内容に近いと読めるため、市議会と協調して取り組む事が不可欠だ。但し、広沢市長の重点公約は河村市政の継承が主軸となっているため、市議会改革として議員給与の市民並み化が含まれており、減税率を5%から10%に引き上げるためには経費削減が必須となる事から市議会との対立が懸念される。市議会側は、二元代表制に立脚して市長提案の否決を主張してくる可能性が否めない。
そこで、広沢市長には市議会と是々非々で対峙してもらいたいと願う。協調すべきところは協調する市政運営を心掛けて頂き、名古屋の将来の発展につながる政策には、市議会の理解を取り付ける指導力を是非にも発揮願いたい。少数与党の市長が市議会と協調するのは容易ではなかろうが、対立だけを重ねていては不毛な時を過ごしてしまう。市議会側もこの点は十分理解すべきだ。
名古屋市が若者を惹き付け、子育て世代に選ばれる都市となるためには、リニア開業を活かして成長トレンドを掴み取る事が肝要で、そのための準備期間として今後の10年間は非常に重要な期間だ。是非、市職員と強いスクラムを組み、市議会の理解を得ながら「名古屋大成長戦略」の実行へと邁進して頂く事を期待してやまない。