Vol.191 変わる名古屋市の旅館業規制  -ラブホテル問題に端を発したホテル規制の緩和-

名古屋市では高級ホテルが少ないと評されることが多い。これに応えて、愛知県と名古屋市が立地補助制度を設けた事が奏功し高級ホテルの立地が続いている。そしてこの度、名古屋市の旅館業規制が緩和される方向へと動き出した。名古屋市の条例が厳しいためにホテル業界が二の足を踏んできた側面があるのだが、これを緩和してホテル投資を一層に呼び込み易くする狙いがある。その内容と意義を紐解いてみたい。

1.名古屋市の旅館業に係る規制の歴史  -ラブホテル紛争への対応-

宿泊施設は、国の定める旅館業法の定めに従い、都道府県知事(政令市等の場合は市長)の営業許可を得て、宿泊者名簿を備え付け、構造設備の基準に則って建築・営業しなければならない。この際、構造設備の基準については、その一部を都道府県や政令市等が条例等によって独自に詳細基準を設けることができる事となっている。名古屋市では、昭和34年に名古屋市旅館業法施行細則を定め、ここで構造設備について独自の詳細基準を規定していた(図表1)。いずれも昭和30年代の制度である。

その後、日本は高度成長期を経験し、国民・市民の豊かさが向上すると、宿泊施設に対するニーズも多様化し、昭和50年代にはラブホテル建設に対する住民紛争が多発する事態となった。名古屋市でも、居住エリアにおける風紀の乱れや青少年の非行を防止する観点から、同時期に紛争が市内で勃発した。これを受けて、名古屋市では名古屋市旅館業等指導要綱(S58)を定めるとともに、名古屋市旅館業法施行細則の構造設備の基準の改正強化(S60)を行った。この名古屋市旅館業法施行細則による構造設備の基準は、H15年以降は名古屋市旅館業法施行条例に移行して今日に至っている。

名古屋市旅館業等指導要綱(S58)では、建築主の事前手続きとして当局との事前協議、建築計画の公開、行政上の申請(建築確認申請、営業許可申請)を経た上で営業許可を得る手続きを設けるとともに、このプロセスにおける市長の同意を得る事を必須とした。また、名古屋市旅館業法施行細則における構造設備に関する独自基準では、外観、玄関帳場、休憩料金等の広告物の掲示などに関して一層に厳しい上乗せ基準を設けた。これらが実質的に名古屋市内におけるラブホテル建設を規制する制度として機能したのである。実際、H12年に勃発した北区におけるラブホテルの建築計画に係る住民と建築主とのトラブルでは、これらの制度によって計画中止へと落着した経緯もある。

2.名古屋市が制度化した厳しい基準とは?   -昭和時代の発想に基づく規定-

名古屋市が独自に設けている厳しい基準とは、一体どんなものがあるのだろうか。ラブホテルの建設を抑制する観点の制度を引き継いだ名古屋市旅館業法施行条例から内容を紐解くと、以下のような基準と課題が浮かび上がる。

①玄関帳場関連 (いわゆるフロントに関する基準)

エントランスの構造について、駐車場と客室が直結するモーテル構造を禁止するとともに、地下駐車場から客室まで直通のエレベータを禁止している。全ての人が必ずフロント前を通過させる構造としている訳で、ラブホテル抑止の姿勢が伺える。しかし、これでは車椅子の利用者にとっては非常に不便となるし、今日ではカードキーでエレベータの客室階への出入りを制御する事も可能だから、このルールをいつまでも引きずるのはグローバルスタンダードとは言えないだろう。

また、同基準ではフロントにおける直接面接を必須として求め、宿泊者等の出入りを直接目視できる見通しの構造や設備を求めている。これによると自動チェックイン機の導入は不可となり、建築計画においても柱の位置などに強い制約が生じる事となる。

②客室内の設備関連

客室内については、浴室の内部が客室から容易に見える構造でない事(ガラス張りの禁止)、性的好奇心をそそる鏡、寝具等の設備・物品(回転ベッドなど)が備え付けられていない事、宿泊料等の受け渡しを行う小窓が設けられていない事を求めている。

これらも昭和時代のラブホテルを想起させる規制内容だが、海外のホテルや国内の高級ホテルなどでは、ガラス張りの浴室は一般的に見かける時代となっているし、いわゆる回転ベッドなどは時代遅れの長物となっている。キャッシュレスが普及する時代に小窓も必要あるまい。寝具や小窓などの規制は時代に適合しておらず、浴室の規制も先進的でお洒落なホテルの立地を抑制する可能性があるだろう。

③外観関連

外観については、奇異な形状(城形、船形)の禁止、派手な色調(金色など)の禁止、点滅や変光する照明設備(ネオンサインなど)の禁止、動画広告の禁止などを求めている。城形、船形という表現にも時代を感じてしまうが、こうした規制が個性的で特徴的な外観のホテル計画の抑制に残念ながら繋がっている。

加えて、これらの規制は市内一律の規制となっている事から、都心部であっても個性的な外観を伴うホテルの建設を阻んでしまう。意欲的な建築意匠を伴うホテル建築物の名古屋への進出意欲を阻む規制になっていると考える必要があるだろう。

④広告物の掲示

ここでは、施設の外部に性的好奇心をそそる恐れのある表示と休憩料金を示す広告物を禁じている。確かに「2時間○〇円~」という休憩料金の掲示は都市空間において品位を損なう広告であると筆者も共感する。但し、今日ではテレワーク等のために時間貸しで利用するニーズもある事から、こうした客層への広告を禁ずることはできまい。単純な広告掲示の規制ではなく、品位を重んじた基準へと変更する事が望ましいだろう。

いずれにしても、ICTの発展と業務効率の向上、グローバルな宿泊ニーズへの対応に配慮する必要性に鑑みると、今の規制を見直す必要がある事に異論がない。また、見直しに当たっては市内一律の基準とする事についても見直し、都心における意欲的な建築意匠の導入を抑制するものでない規制に変えるべきだ。実は、筆者は名古屋市旅館業法施行条例の改正に係る有識者懇談会に招聘されたため、規制緩和の必要性を述べた所である。 また、上記は構造設備に関する基準について述べたが、厳しい事前手続きを課すことについても見直しの必要性があると意見を述べた。

3.動き出したホテル規制緩和の方向   -都市計画、産業振興、衛生・風紀規制の協調へ-

名古屋市旅館業法施行条例は、健康福祉局生活衛生部環境薬務課が所管している。都市計画行政でもなく、産業振興行政でもないのだ。これに筆者は当初驚いたのだが、衛生と風紀に関する規制ということで同課の所管となっている訳で、これについても法的変遷を理解していないと呑み込めないところだ。

そしてこの度、同条例の改正に向けてパブリックコメントが募集されている(2024.10現在)。当局が規制緩和の方向案を取りまとめたという事だ。その方向案では、フロントにおける自動チェックイン機の導入、ビデオカメラ等による出入り確認の容認、浴室における見通し抑制基準(ガラス張り等)の廃止、商業地域における外観基準(城形、船形等)の廃止、広告物の表示に関する一部見直し(テレワーク等に対応した時間貸しの広告表示等)が織り込まれている。また、営業許可申請に係る事前手続きについても、営業者による周辺地域への事前周知を残しつつ建築主に求める手続きを廃止する方向が示された。

名古屋市の衛生行政がラブホテルの建設抑制を維持しつつ、都心を中心にホテル建築物の規制を緩和する方針を示した事を筆者は歓迎したい。名古屋市では、高級ホテルが少ないとの指摘を受け、愛知県との協働でホテル立地補助金制度を設け、その奏功もあって久屋大通に面してマリオット系ホテルのTIADが開業(2023.7)した。今後は、名古屋城の西側にはエスパシオナゴヤキャッスル(仮称)が2025年4月に開業し、2026年には三菱地所が開発するザ・ランドマーク栄(錦三丁目25番街区)にコンラッド名古屋(ヒルトン系)が入居する。

こうした新しい高級ホテルの立地は、名古屋市経済局による産業振興政策が主導し、同市住宅都市局による都市計画行政によって促されている動きだ。これに加えて同市健康福祉局による衛生行政による規制緩和が協調する事で、名古屋市におけるホテル立地の機運が一層に高まる事を期待したい。

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