金山総合駅北口の複合商業施設アスナル金山は、2028年(R10年)に定期借地権契約を終了する。名古屋市が底地を持ち、暫定利用として名古屋まちづくり公社に借地権を設定し、同公社が開発した施設だ。2005年(H17年)に開業して以来、一度の定期借地契約延長を経て、23年間の営業活動が終了するが、その後の金山の発展像をどのように描くかは、名古屋市のまちづくりにとって重要な課題だ。
1.アスナル金山に込められた開発者の思い -賑わいのインフラストラクチャー-
定期借地権設定に伴い、名古屋都市整備公社(現、公益財団法人名古屋まちづくり公社)は事業コンペを実施し、株式会社北山創造研究所を選定した。北山孝雄氏が率いる個性的なまちづくりプランナーの集団だ。北山氏にお目にかかる機会を得て、アスナル金山の開発計画に込められた思いを聞いた。
開発コンセプトの発想は、金山駅北口という恵まれた「駅前立地」と「公共性」の高い事業主体(底地が名古屋市、開発主体は公社)であるからこそ、「市民の元気の源を創る、名古屋の活力核を創る」ことに軸足を置いたとのことであった。
北山氏は、大企業が送り出す大量生産商品による消費社会は限界を迎え、自主的な価値観に基づく生き方を促すまちづくりが必要と考えていた。画一的なモノが過剰にあふれる中で、単にモノを売るだけの場所は不要となり、成熟社会を生きる市民が求めているのは、「この街で生きていて良かった」という充実感と未来につながる新たな希望を育むまちづくりが必要と発想した。
そこで、自分らしさ、自分の力を軸に新しい価値観で活動する人たちの商売、ビジネス、文化・芸術活動等による「創業・創造支援」の舞台を作ることを開発コンセプトの根幹に置いた。自分の価値を求めた創業・創造活動が繰り広げられるとき、その空間は地域文化の輪を広げる「賑わいインフラストラクチャー」になるとストーリー化されている。
これを「市民元気創造事業」とコンペ時には名付けられていた。その後、プランニングが進むに従い、実際の施設名は「明日、元気になる!」を縮めて「アスナル金山」という名称に決定された。
実際のアスナル金山には、全国チェーン店が入居する一方で、アンテナショップやチャレンジショップなども入居した。そして、何よりもアスナル金山の代名詞となったのは音楽だ。デビュー前後の無名アーティスト、アマチュアのバンドやコーラス団などが年間を通して様々なジャンルの楽曲を発信している。安室奈美恵もアスナルのステージを踏み、大スターの階段を駆け上がっていった。そして、いつしかアスナル金山は「音楽の聖地」と呼ばれるようになり、音楽業界で一目置かれる全国的な存在となったのである。
アスナル金山の北側には市民会館があり、金山駅南口には名古屋ボストン美術館(1999~2018年)が開設され、これらの施設は一体となって庶民文化活動からハイカルチャーまでを発信する音楽・芸術文化発信拠点として金山を育て上げた。こうして培われた資質は、金山が今後も継承していくべきDNAだろう。
2.名古屋市の金山駅北地区整備方針 -劇場都市と呼べる空間に生まれ変わる-
アスナル金山の事業終了に伴い、金山駅北地区は新たな開発局面を迎える。名古屋市は、2022年12月に整備方針を発表した。開発整備のコンセプトは「人・文化・芸術とともに育つまち」とされている。これは、アスナルと市民会館を中心に音楽を中心とした芸術・文化活動の拠点として知名度を高めてきた金山北地区の歩みをリスペクトしたものとなっている。
もう少し詳しく再開発空間をイメージしてみたい(図表2)。まず、古沢公園・市民会館エリアだが、ここは新しい市民会館を核とした文化機能の拠点街区だ。市民会館の建て替えに伴い、古沢公園と一体的な空間再編を行うことが期待でき、公園・広場を併せ持つ劇場街区と呼べる街区に生まれ変わるだろう。
次に、アスナル金山エリアだが、ここは金山総合駅から直結するエリアなので交通結節機能(バスターミナル等)を配することとなる。そして、交通結節点から劇場街区へと見通しの良いオープンスペースを確保することが示されているから、劇場街区への歩行者動線空間が形成されることが期待でき、劇場を見通す象徴的な空間になるはずだ。そして、低層部分には商業機能を配置して賑わいを創出することが企図されている。ここでの商業空間は、アスナル金山のDNAを受け継ぐ空間となることが期待されるから、音楽と商業が融合した賑わい空間として再構築されるとイメージしたい。
さらにアスナル金山エリアの中高層部分には、オフィスやホテルが入居することが期待される。指定されている容積率を最大限に活用した高次都市機能空間として再開発されることが望ましい。中高層部のオフィス機能と、低層部の商業と音楽が融合した空間の構成により、アスナル金山を継承した個性ある都心空間として生まれ変わることを期待したい。
3.副都心「金山」に求められる役割 -好立地を生かしたオフィス集積を目指せ-
1945年(昭和20年)に終戦を迎えた太平洋戦争直後から、名古屋市は戦災復興都市計画の策定に着手した。この中で金山は副都心に位置づけられるとともに、金山総合駅の建設が計画された。金山総合駅は1989年(H1年)に完成し、JR東海(東海道線、中央線)、名古屋鉄道(名古屋本線)、市営地下鉄(名城線)が結節する拠点駅となった。乗降客数は48万人/日にのぼり、中部地域では名古屋駅に次ぐターミナル駅として利用されている。
但し、金山総合駅は拠点駅となったが、戦災復興都市計画で位置づけられた副都心としての役割を残念ながら果たしていない。副都心とは、都市機能が高度に集積した地区を指すのであるから、現状の金山のオフィス機能、商業機能、宿泊機能、居住機能等の集積状況は副都心として十分とは言えない。都市計画上の容積率は500%~800%が指定されているものの、実際に利用されている容積率は計画容積率に対して4~5割に留まっている。高度集積とは言えない状況なのだ。
とりわけ、集積が不十分なのはオフィス機能だ。名古屋市におけるオフィス機能集積は、名駅地区、伏見・丸の内地区、栄地区の3つのゾーンを中心に形成されている。現状の名古屋都市圏のオフィス需要は、これで十分なのだと考えねばならない。しかし、リニア中央新幹線が品川~名古屋間で開業すると、名古屋の背後圏人口(2時間圏人口)は、5,950万人となり国内最大となる。背後圏が拡大するという事は、名古屋市における都市機能需要が増進すると考えるのが自然であり、現状の名古屋圏の需要を前提とした計画では不十分だ。金山は名古屋駅に3分で直結する立地であるから、リニア開業後の金山は背後圏に東京を擁する立地になると考えて良い。
リニア時代に東京を背後圏とするということは、逆説的に言えば東京都金山区ができると置き換えて考えても良い。このように考えれば、東京におけるオフィス需要は、その立地選択肢が金山まで及び得るという事だ。東京都心5区の平均賃料と比べると金山の賃料ははるかに安いから、金山のオフィス立地ポテンシャルをこうした観点に基づいて東京のオフィス需要を誘致することが、再開発に求められる計画課題だ。
オフィス機能の立地増進に相まって相性の良い都市機能がホテルだ。金山の交通結節性を踏まえ、リニア時代の背後圏規模を想定し、オフィス機能の増進を前提とすれば、新たなホテル立地の実現性は高い。ホテルの立地は、オフィス立地にも好影響を及ぼすので、この二つの都市機能は相乗効果を伴いながらポテンシャルが開花すると考えて良いだろう。
金山におけるオフィス機能集積が高度化し、宿泊機能が増進することで、戦災復興都市計画で位置づけられた副都心としての役割に近づくこととなる。東京マーケットからのオフィス立地を想定するとき、それは名古屋市が東京一極集中の受け皿として機能することも意味しているから、「名古屋経済の活性化」と同時に「国土の発展」に対しても貢献することになるから意義深い。
再開発後の金山に入居した企業のオフィスワーカーは、名駅や栄、中部国際空港へのアクセスは元より、東京へのアクセス性も確保し、低層部に下りれば文化あふれる賑わいとふれあえるワーク空間を得ることができる。ガーデンふ頭に足を延ばしたとき、そこにアーバンリゾートが形成されていれば一層に快適だろう。金山を名古屋の新しい魅力空間として国土の中に売り出す価値は相当に高いと考えられる。ダイヤモンドの原石のごとく秘めたポテンシャルを持つ金山の再開発に期待したい。