東京都特別区部(23区)では、2021(R3)年に人口の転出超過が明らかとなった(vol.57ご参照)。その後の経過について住民基本台帳人口で観察すると、流出傾向の拡大には至っていないものの東京都では2023(R5)年まで人口減少が続いている。2020(R2)年に発生したコロナ禍を機に居住地選択におけるパラダイムシフト生まれ、これが継続しているものと考えられる。脱・東京のトレンドを国土の発展にどう繋げるかを考えたい。
1.継続する東京都の人口減少 -外国人は増加に転じたが日本人の人口は減少が続く-
住民基本台帳による東京都の日本人人口について、対前年比の推移を示したものが図表1だ。1を超えている期間は対前年で人口増加を意味し、1を下回っている期間は対前年で人口減少を意味している。2000年に新型コロナウィルスによるパンデミックが発生すると、その翌年から対前年比が急降下し、2022年から2023年にかけて人口減少が継続している。2023年は、多少の持ち直しの兆しを示してはいるものの、特別区部、市部ともに減少した。
バブル期に地価が高騰したことなどに起因して住宅取得が困難になった1980年代後半から1990年代前半にかけて特別区部の人口は減少したが、その後の地価下落などバブル崩壊の影響が一段落すると、1997年以降の特別区部では再び強い人口増加傾向が続き、2004年以降は市部の対前年比を上回る水準で推移していた。ここでパンデミックが発生したことにより一気に状況が一変した。
最大の理由はリモートスタイルの登場だ。コロナ前までは通勤しやすいことが居住地選択の重要条件であったが、リモートスタイルが利用できるようになると通勤条件は最優先事項ではなくなった。東京都特別区部の特性である①高密であるが故のリスク、②高水準の地価・賃料、③空間的な制約の強さ、などに潜在的に不満を持っていた人々は特別区部から転出し、脱・東京のトレンドを生んだ。2022(R4)年住民基本台帳によると、東京圏(1都3県)は調査開始(S50)以降初めて人口減少に転じたことが確認され、転出超過を意味する社会減少数の全国トップ3は、1位江戸川区、2位目黒区、3位世田谷区と特別区が独占し、さらに品川区が7位、大田区が8位とトップ10の中に特別区が5区入った。日本中から人口を吸着し続けてきた東京都に歴史的な変化が生じており、コロナ禍インパクトが多大な影響を与えていることが分かる。
2.関東3県内に分布する増加都市 -脱・東京の受け皿となる5つの条件-
脱・東京が現象化している一方で転入者数が増加している都市を見ておきたい。まず、特別区部からの転入者について、コロナ禍前の2019(R1)年と比べて2021(R3)年の転入者の「増加数」が多かった上位都市は図表2の通りで、トップ5は横浜市、さいたま市、藤沢市、千葉市、川崎市であり、首都圏を代表する大都市が多くを占めた。
次に図表3は、特別区からの転入者の「増加率」で見た上位都市で、トップ5は茅ケ崎市、藤沢市、つくば市、鎌倉市、町田市と並んだ。「増加数」で上位を占めた都市よりも「増加率」で上位を占めた都市は広域化しており、東京都心から1時間圏程度に立地するネームバリューの高い都市が占めた。
また、特別区からの転入に限らず社会増加数の多い上位都市は横浜市、さいたま市が圧倒的なトップ2で(2021(R3)年の住民基本台帳)で、社会増加率の高い上位都市には1位に流山市、2位につくば市、3位に印西市、5位に藤沢市が並んだ。加えて、都道府県単位で見ると茨木県は2020(R2)に、山梨県は2021(R3)年に社会減から社会増に転換した。報道では静岡県東部地域でも社会増加が見られることが報告されている。
このように、脱・東京に伴い転入の受け皿となっている都市や県・地域を見ると、共通した条件が浮かび上がってくる。第一に重視されていることは、「東京に居たくない」が「東京に行けなくては困る」という条件だ。転入者を増やしている都市・県・地域は、いずれも東京へのアクセシビリティが確保されており、概ね1時間圏内の立地であることが選択条件となっている。また、当然のことながら「東京よりも安い事」が満たされており、加えて「豊かな自然に触れ合える事」、一定の都市機能集積があって「都市的サービスを享受できる事」が求められ、さらにはネームバリューに繋がる「都市ブランドが確立されている事」が挙げられよう。
また、これらの脱・東京における5つの居住地選択条件は、必須条件とオプション条件の2階層で構成されているように思える。必須条件は①東京へのアクセシビリティと②経済性であり、オプション条件は③風光明媚、④都市サービス水準、⑤ブランド性と見て取れる(図表4)。オプション条件は価値観によって重視するポイントが分かれ、風光明媚を重視する人は自己実現重視型(山梨県、静岡県東部、つくば市等)、都市サービス水準を重視する人は利便性重視型(横浜市、さいたま市等)、ブランド性を重視する人はシビックプライド重視型(茅ケ崎市、鎌倉市、町田市等)と言えそうだ。勿論、5つの条件をすべて満たしていれば、脱・東京の受け皿として有望な都市となり得よう。
3.リニア時代に置き換えると -名古屋市、中津川市、飯田市に好機到来-
さて、将来の国土に目を転じたい。リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業すると、脱・東京による人口の流動化は広域化する可能性が高い。リニアは品川~名古屋間を約40分で結び、品川~新大阪間を約60分で結ぶ超高速鉄道だ。東海地域のリニア沿線地域(名古屋市、中津川市、飯田市)は、先に見た必須条件の東京へのアクセシビリティを1時間以内で確保でき、経済性も良い。そして脱・東京の受け皿となるべく競争力を高めるためには、残り3つのオプション条件を全て満たすことが望ましい。こうした観点に立って東海地域のリニア沿線都市について展望してみたい。
まず、名古屋市だが、都市サービス水準が高いことは異論のないところだろう。また、伊勢湾に面しており木曽三川やスキー場、ゴルフ場にも近いから風光明媚の条件も一定程度は満たしていると言っていいだろう。問題はブランド性だ。名古屋市民は住み良さを実感しているが、外部から見た際の名古屋はブランド性の高い都市と映っているとは言い難い。転居先として憧れの対象となり、住むことの誇りを掻き立てるブランド性を構築していくことが名古屋の重要な課題だ。
ブランド性をどのようにして創り上げていくかは種々の考え方があるだろうが、筆者は「歴史性と先進性の共存」によって構築されていくのではないかと考えている。名古屋は江戸時代の城下町の骨格が現在に残されている最大の都市だ。名古屋城から熱田までの南北に城下町としての歴史性が集中して潜んでいる。「潜む」と言わざるを得ないのは、大戦時の空襲で多くを焼失し、戦後の復興区画整理事業によって城下町の骨格を残しつつ現在の都市インフラが整えられたため、機能的だが無機質な都市のイメージが強く、歴史性が埋もれているからだ。名古屋城天守閣の木造再現をはじめとして、徳川御三家筆頭の威風を諸施設や景観の中で随所に復元、演出するとともに、祭り(名古屋三大祭り、vol.19ご参照)などのソフトも復興していくことで名古屋固有の歴史性を発信できることができるだろう。
これと同時に先進性をもたらしたい。筆者が名古屋に求めたい先進性とは、①大胆な再開発による都市空間の先進性と②Maasや自動運転などによる交通の先進性だ。尾張徳川の歴史性と先進性(都市空間+交通)が都心に共存するとき、名古屋は発信力の高いブランド性を育むことが可能ではなかろうか。
次に、リニアの中間駅が設置される中津川市と飯田市についてだ。先の5つの条件に照らせば両市ともに東京アクセシビリティ、経済性、風光明媚を明らかに満たす。ブランド性はさらに磨くことが望ましいが、現時点でも中津川には馬籠宿や栗菓子などの観光資源があり、飯田市には天竜川の河岸段丘やリンゴ、航空宇宙産業など特徴的な資源を有している。問題は都市サービス水準を如何に引き上げていくかだ。これを都市機能の集積を図る事によって引き上げるのは非現実的だ。そこでDX型の都市サービスの充実強化を図ることが望ましい。デジタルガバメントを推進し、地域の商工事業者が主体的にDX型消費サービスや就労スタイルを実現していけば、リモートスタイルの熟練者である脱・東京都民の受け皿となれる可能性は高まるだろう(vol.84ご参照)。
「(DX+コロナ)×リニア」という時代は、国土における東京一極集中を是正する好機だ。高コストで高密リスクを抱える東京に過度に依存し続ける国土から脱却することが、日本企業の経営効率を高め、人々にゆとりをもたらし、少子化問題を克服できる国土へと転換する道だと筆者は考えている。脱・東京のトレンドが示唆する国土発展の可能性を看過しない国であってほしいと願ってやまない。