2023年に年が変わると、岸田首相は「異次元の少子化対策」を打ち上げ、小池都知事はチルドレンファーストを打ち出すなど、為政者たちはにわかに少子化対策に声を上げ始めた。少子化問題は最終的には国力低下に繋がる国家の根幹的課題だが、聞こえてくる対策や背景認識には少々ずれがあるという印象を禁じ得ない。1980年代から統計的に認識されてきた少子化問題の抜本的対策には、東京一極集中の是正がはずせない。
1.岸田首相と小池知事の政策 -聞こえは良いが最良の処方箋か-
2021年の合計特殊出生率が1.30となり、2022年の出生者数は80万人を切って過去最低となる見通しだ。こうした少子化問題は人口減少に直結し、個人消費を縮退させるなどGDPの成長力を低下させるとともに、年金や医療等の社会保障制度の崩壊へと繋がっていくから国家の根幹的な問題だ。従って、この問題に本腰を入れるという姿勢は必要な事だ。
岸田首相の「異次元の少子化対策」は、6月に策定される骨太の方針2023(経済財政運営の指針)で具体的に提示されるようだが、現時点で聞こえてくる政策の骨格は①児童手当など経済支援の強化、②学童保育や産後ケアなどの支援拡充、③働き方改革の3本柱になるようだ。
児童手当は現在、年収1,200万円までの所得制限付きで中学生までを対象に1人1.0万円~1.5万円の支給となっているものを、自民党案では第2子に3万円、第3子以降には6万円を中学生まで支給することが検討されている模様だ。公明党はさらに18歳まで対象を拡大することを主張しているという。児童手当の拡充だけで3兆円ほどの新規予算が必要になりそうだ。
働き方改革の関連では、非正規労働者を対象に新たな子育て支援給付制度を創設し、育休を取得できない人々(非正規雇用、自営業等)に経済支援する案や、男性の育休取得率の向上(2021年で取得率14%、国の目標は2025年に30%で乖離が大きい)を促進する等が検討されているようだ。
但し、政府与党のこれらの政策は既往の支援制度の拡充であり、新味は感じられない。新規の拡充予算が合計5兆円となれば確かに規模は大きいし、できるものなら拡充した方が良いのだが、少子化問題の抜本的な解決に向けた最良の処方箋を打ち出したとは言い難く、「異次元」と銘打つには疑問が残る。
一方、東京都の小池知事が打ち出したチルドレンファーストは、出生後から18歳までを対象(018サポート)に月5,000円(1人当たり年間6万円)を一括で給付すると打ち出し、1.6兆円を2023年4月までに予算化するとした。これは、1世帯当たりの平均月額教育費が全国平均(1.1万円)よりも東京都は高い(1.9万円)ことを背景にしているという。
また、小池知事は第2子以降の保育の無償化(現在は第2子の3~5歳が無償化の対象だから0~2歳が拡充対象)することに加え、結婚相談事業、出会いのための交流イベントを助成するほか、卵子凍結や不妊治療などにも助成を拡充する方針だという。出会い→結婚→妊娠→出産→子育ての全ステージでチルドレンファーストを切れ目なく実践すると謳い上げた。
筆者の邪推だが、2021年の住民基本台帳で東京特別区部(以下、23区)から人口の流出が加速して転出超過となったことが引き金なのではないかと直感した。つまり、人口を全国から吸引して成長し続けてきた東京都が、人口を地方に奪われる局面に立ったとの危機意識から、地方への人口流出を防御するためのチルドレンファーストであるように映る。
2.少子化問題の論点 -労働形態、居住地選択に自由度が不足していること-
麻生副総裁は、少子化問題の原因は「晩婚化」にあると述べた。日本人が晩婚化しているのは事実で、子供を産む時期が遅れる傾向が少子化を引き起こしているという捉え方だ。これは厚労省などが総括している認識で間違ってはいないとは思うが、真の論点に迫った表現ではなく、摺りガラス越しの表現に聞こえる。
どうして晩婚化(非婚化を含む)しているのかを考えなければなるまい。まず、非正規雇用が増えたことで年収の低い若者層が増加し、経済力不足で結婚を現実的に考えることができないという問題がある。また、女性の社会進出が高まり、キャリア志向の夫婦共働き世帯では仕事と育児の両立が困難になっているという問題もある。こうした労働機会の課題に起因する所得問題が大きい。そしてこれらの問題は主として東京を舞台に起きている。
地方に活躍の機会が少ないから若者は東京に行くが、ワーキングプアと背中合わせの現実が待っている。また、女性のキャリア職は地方には少なく、望みの職は東京に集中しているから、地方から若い女性が東京に集中する。
東京で出会って結婚した地方出身の若い夫婦は、各々の通勤しやすさを考慮してなるべく都心に近い住居を選択しようとするが、東京の都心近傍は便利ではあるものの家賃が高くて狭い。共働きであっても高い家賃は家計を圧迫するし、二人で最小限の広さと部屋数では育児をしやすい住まいとは言い難い。仮に子供に恵まれたとしても、待機児童の不安に直面するし、保育園を卒園すると小1の壁が待ち受けている。これらは全て東京をはじめとする大都市の問題だ。
東京に居なければ若者が望む仕事に就けないから地方の若い男女は東京に集まるが、東京での暮らしは結婚・出産・育児を計画するには厳しい環境に置かれている。こうした状況が続いた結果、少子化問題と並行して地方では若者が少なくなり子供の数が減り続けている。そして東京が吸い上げた若者は結婚・育児に踏み出せない。これが日本の実情だ。
「晩婚化」という表現に集約してしまうと論点が見えづらくなってしまうのだが、根幹にある少子化の原因は雇用の東京集中であり、東京の過密問題と高コスト問題に起因するのだ。つまり、東京一極集中の国土構造が少子化問題の根底にあると考える必要がある。勿論、地方でも晩婚化は進んでいるのだが、若者の絶対数が東京に集中していて東京での晩婚化・非婚化が顕著であるのだから、ここにメスを入れて初めて「異次元」となる。
東京都の小池知事が人口流出を防衛しようとすることは東京一極集中の是正に水をさすことになり、岸田首相の号令で国が大規模予算を投じる場合も東京一極集中を前提とした予算になるから給付対象が東京に傾斜するため費用対効果が高いとは言えず、国民のQOLを上げる問題解決策とはならない。
3.東京一極集中の是正は少子化問題に奏功する -やりたい仕事が地方で叶う国土へ-
足元の喫緊の課題に対応するための応急措置として岸田首相の「異次元の少子化対策」は一定の効果が出るとしても、大規模な予算を投じる割には東京一極集中を放置していては抜本的な対策となっていないから対処療法の範囲に留まる。若者がゆとりあるライフスタイルを構築して出産・育児と仕事の両立に勤しめる環境を整備していかねばならない。
そのため、少子化対策には中長期的な国土ビジョンが必要だ。2021年の住民基本台帳で判明した東京23区からの転出超過は「脱・東京」の潮流の萌芽であり、東京一極集中の是正に向けた光明だから、ここに軸足を置いた国土政策を講じることを日本の少子化問題から外して考えていては抜本策とはならない。
コロナ禍を契機にDXが開花し、今後も一層に進展していくことを前提に望ましい国土の在り方を描くことが必要だ。本社等のオフィスを東京以外に移転してもビジネスが成立すれば、大きな固定費となっている高額のオフィスコストを負担しなくて済み、企業の経営効率は向上する。企業が本社を移転すれば、従業員の多くもまた首都圏外に転居できるから、家賃をはじめとする生活費は負荷が減る。一方、東京に立地する会社に勤めたまま、フルリモートを活用したワークスタイルが可能な人々は、地方圏での居住を選択することでゆとりあるライフスタイルを構築できる。いずれにしても時間的、空間的、経済的なゆとりが生まれることで、出産・育児の障壁が小さくなる。
そのためには、東京からの本社移転を促す法人向けの助成制度、地方への転居を促す個人向けの助成制度などを講じるとともに、リニアの早期実現を計って東京からの脱出先の広域化を図ることが東京一極集中の是正に奏功するはずだ。首都機能移転をしなくても、転職をしなくても、法人や個人の立地だけを東京以外に変えることを促せば良いのだ。東京に依存する国土から、立地選択の多様性がある国土へと転換するシナリオを政府として描いてほしいと願う。出産・育児関連費用の助成拡充だけにとどまらず、国土の転換を図る政策を組み込んでこそ「異次元の少子化対策」にふさわしい処方箋ではなかろうか。