Vol.102  2023年こそ動け!国に期待したいリニア静岡問題の進展策  -国が傍観者であってはならぬ国土的問題-

膠着したままのリニア中央新幹線(以下、リニア)の静岡問題。着工に同意しない静岡県の姿勢は軟化の兆しを見せない。JR東海が目標に掲げた2027年開業は容易ならざる状況だ。これまでのJR東海の姿勢には反省すべき点があったし(vol.7、53ご参照)、川勝知事の姿勢にも共感できないが(vol.91ご参照)、いたずらに時を浪費するのはあまりにも機会損失が大きい。2023年こそ進展の機会を見出してほしい。そのためには、国の対応が不可欠だ。

1.リニアは国土発展のための国家的インフラ  -日本の発展に不可欠との強い認識を-

元来のリニアの目的は東海道新幹線のバイパス機能であるが、世界初の超電導システムを採用した高速走行により圧倒的な時間短縮をもたらすため、三大都市圏の交流を濃密化せしめてあたかも一体的な大都市圏(スーパーメガリージョン:SMR)を形成することが可能となり、もって国土の発展に寄与することが期待されている。

SMRの形成にいかなる意義があるか。その代表は東京一極集中の是正にあると筆者は考えている。国土におけるこの課題は、1962年に初めて策定された全国総合開発計画で位置づけられて以来、今日まで克服することのできていない継続的な課題である。日本は東京に過度に依存する国土となっているために、企業は東京にオフィスを立地・維持させねばならず、その結果高いオフィスコストを負担しなければならない。また、地方の若者が東京の大学等に進学する際には、家計は高い仕送りを負担する。このように、日本の国土は、企業の発展にも若者の成長にも高いコストを強いる国土となっているのである。

東京以外の立地選択が有効になれば、邦人企業や国民は高コスト負担から解放され、新たな発展の可能性が広がる。SMRの形成は、この点において意義深い。名古屋圏や大阪圏はもとより、中間駅周辺の地方都市が新しい立地選択の対象となることで、企業の固定費(オフィスコストや通勤費用等)は軽減されて経営効率が高まり、日本の国際競争力が再浮上する契機となっていくだろう。また、地方には定住人口が増進して地域活性化に活路が見いだせるし、東京から移り住んだ人々はより豊かな子育て環境を得て出生率の向上へと繋がっていく可能性がある。そして、新幹線が二重化されることにより、国土の強靭化に資することは言うまでもない。

このように、リニアはJR東海にとっての運輸事業にとどまらず、我が国国土の発展に大きく寄与する国家的なインフラなのである。閉塞した日本経済をインフルエンスする社会資本であるのだから、その実現に向けては国家的な取り組みが必要だ。

2.膠着の要因は静岡県土の問題  -JR東海に任せきりにするのは拱手傍観-

静岡県が頑なに着工を拒む理由として顕在化しているのは大井川の水問題である。但し、この問題は上中下の流域ごとに異なる性格を有している。まず、上流域には田代ダム(東京電力)があり、ここがリニアのトンネル整備後の湧水の戻し場所と目されている。但し、JR東海は工事期間中は山梨県側に流水することがやむを得ず生じるとしているのに対し、静岡県は工事期間中の流水も一切認めないとしており、この点について両者の協議の落としどころを模索する必要がある。勾配のあるトンネルを掘削する場合は、上り勾配となる下手から掘削するのが安全のための常道だから、リニアの南アルプストンネルの場合は山梨県側から掘削することになる。このため、山梨県側への流水はどうしても発生するというのは土木工事の常識だが、静岡県は工事期間中の流水を一切認めようとしていない。

次に中流域であるが、ここには現状でも表面水はない。大井川に建設された数多くのダムにより、中流域は伏流水のみとなり、渇水との闘いの歴史がある。静岡県にとって大きな問題ではあるが、中流域の水問題はリニア以前の問題なのである。従って、中流域に対する水問題についてJR東海に対応を求めるのは原因者負担を逸脱している。

最後に下流域であるが、ここでは表面水は戻っており渇水問題は顕在化しておらず、国が設置した有識者会議においてもリニアのトンネルによる下流域への影響は軽微であるとの技術的な見解が示されている。従って、下流域への影響について代償を求めるのはもはや難癖に近い。

静岡県は、工事期間中・完成後の流水の全量戻しを求める際に、水温・水質を含めて影響がないように求めており、常識から言えば無理難題に映る。そして、中下流域の問題は外して考えるべき問題と思われるが、この点についても静岡県は意図的に議論を複雑化させて時を弄している印象もあり、総じてJR東海にとっては御し難い問題と言えるだろう。

静岡県を頑なにさせている原因の一端が、これまでのJR東海の姿勢にあるという点はすでに筆者は指摘しているが、その点を排除すれば、JR東海に任せきりにするのは国家的社会資本であることを踏まえれば国の拱手傍観(きょうしゅぼうかん)と言わざるを得ない。

3.国が動くべき理由と具体策  -静岡県土の振興を総合的に支援せよ-

リニアは国家的インフラと認識すべきであるから、その実現を阻む障壁は国土問題であるのに、静岡工区で着工できないのは静岡県土の問題に起因しており、その中にはJR東海にとって原因者負担を越えている部分もあることから、JR東海だけを当事者とせず国が静岡県土問題に対して主体的に解決を支援すべきと筆者は考える。静岡県土の問題で国土の発展機会を損失するのは何としても最小限にしなければならない。

一方、静岡県土の問題に国が手を差し伸べることについて、「ごね得」と見る向きがあるとすれば、そこには少々補足せねばならないことがある。2010年の国土交通省社会資本整備審議会中央新幹線小委員会(家田委員長)では、リニアの整備に向けては「新駅設置などの可能性も生じ、東海道新幹線の利用者の利便性の向上・沿線地域の活性化に寄与する」よう最終答申で求めた。これは、リニアの整備によって東海道新幹線は国土の基幹的高速鉄道という位置づけから、静岡県土にとっての高速鉄道という性格にややシフトする面があるため、静岡県に一定の利便性配慮をすることが望ましいという観点である。具体的には、静岡県が求めてきた静岡空港駅を新たに設置することについて支援すべきだという答申なのだ。しかし、JR東海は静岡空港駅(仮称)は掛川駅に近く、ここに新駅を設置すればのぞみ号の運行ダイヤに影響することを理由にこれを了としていない。

顕在化している問題は大井川の水問題なのであるが、ここに静岡県がJR東海に対して持つ潜在的な不満があるものと解される。静岡県はリニアの駅を持たないから、リニアから直接の効果を得ることはできない。リニアと東海道新幹線をセットとして考えるならば、静岡県にとってメリットのある東海道新幹線となるように、新駅設置も考えるべきだというのが小委員会の見解であり、誠にバランスに優れた答申であると筆者は思う。これに対する進展がないことを静岡県が不満に思っているとしたら、それを取り除くように指導すべきは答申を受けた国土交通省なのである。

しからば、国が動くべき対策とは何か。筆者の愚説を記しておきたい。第一は、大井川中流域の渇水に対する地域振興策だ。これは、リニアにかかわりなく中流地域がダム建設とともに背負わされてきた問題であるため、治水、利水に加えて道路整備など地域振興策を講ずることを考えて頂きたい。第二は、リニア開業後の東海道新幹線の利便性向上策である。静岡空港駅の新設を支援するとともに、ひかり号の増発など、静岡県民にとっての利便性向上に向けたJR東海の協力を促して頂きたい。リニア開業後であれば、のぞみ号のダイヤには余裕が出るから、リニアと東海道新幹線の一体性に鑑みて取り組むべきだ。そして第三は、静岡市内の南北方向の道路機能強化支援だ。静岡市内の道路ネットワークは、国道1号線をはじめとして東西方向は発達しているが、南北方向は幹線道路や鉄道と交差する(オーバーパスかアンダーバスする必要がある)ため充実強化が遅れており、結果的に市内交通のボトルネックを多く抱えている。このことが市民生活や産業に影響を及ぼしており構造的な課題となっている。これに対策することは、静岡市にとって大きな意味を持つはずだ。これらについて、国土交通省が総合政策局、鉄道局、河川局、道路局が総力を挙げて取り組むことで、静岡問題を乗り越えることができるのではないかと思料する。

中国は、遅々とする日本のリニア問題を尻目に、リニア関連技術者を数多く引き抜いて自国開発に結びつけようとしているという報告がある。中国が日本に先んじてリニアを実現すれば、中国からの海外輸出に我が物顔で取り組むだろう。さらには、リニア技術を軍事転用する可能性すら高い(航空母艦における電磁カタパルトなど)。リニアの完成遅延問題は、我が国国土の発展機会を毀損するだけでなく、国家安全保障や経済安全保障問題にまで及ぶことを銘じておかねばならない。

2023年こそ静岡問題を解決して、リニアの実現に向けて大きく動き出す年にして頂だきたい。国が日本の国土発展に向けて不退転の姿勢で臨む姿を期待している。

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