厳しい行財政運営を強いられる公共経営において、PFI(Private Finance Initiative)や指定管理者制度をはじめとするPPP(Public Private Partnership=民活)の導入が全国で進んでいる。しかし、PFIに限ってその導入実績を地域別に見ると、実は全国で均質に定着しているとは言い難い。積極的に導入を進める地域と、導入が進まない地域に二極化が生じてしまうのはなぜだろうか。筆者は地方圏における経済構造に理由があると考えている。
1.二極化するPFIの導入実績状況 -大都市圏vs地方圏の構図-
平成28年時点で全国のPFI事業は600件を超えており、このうち国の事業を除いた地方自治体のPFI事業累積は496件であった。これを都道府県別に集計したものが図表1である。最も多いのは大阪府(48件)で、次いで愛知県(37件)、神奈川県(34件)、埼玉県(34件)と続く。全国的な傾向として大都市圏に実績が集中している傾向が鮮明だ(図表1)。大都市圏に比して地方圏の実績数は相対的に少なく、和歌山県と奈良県では実績ゼロであった。
中部圏でみると、愛知県に次いで静岡県(20件)が多い一方、岐阜県(4件)と三重県(6件)は少なく、北陸3県も少ない。愛知県内では、愛知県、名古屋市をはじめ、中核市(豊橋市、豊田市、岡崎市、一宮市)でも着実な実績が積まれているのが実情だ。
大都市圏と地方圏の対比でPFI導入実績を比較したものが図表2だ。大都市圏の人口は58.5%(表中青枠)であるが、PFIの件数は62.3%(表中青枠)となっている。PFIの導入実績が大都市に偏重している傾向が分かる。但し、大都市の方が人口の集積規模が大きいから公共事業も案件数が多いため、単純な比較だけで断じることはできない。そこで、人口100万人当たりの件数で比較すると、大都市圏は4.16件であるのに対し、地方圏は3.55件(表中赤枠)となっている。
実績件数で比較した図表1ほどに極端な差はないものの、大都市圏で多く地方圏で少ないという偏重傾向があると言って良さそうだ。地方圏の中には、山形県、徳島県、佐賀県では人口100万人当たり実施件数が10件前後となっていて、人口集積に照らして積極的に導入を試みている県がある一方で、実績ゼロの和歌山県、奈良県に加え、福島県、高知県、宮崎県では100万人当たり実績件数が1件程度となっており、極めて少ない。中部圏では岐阜県が人口100万人当たり1.98件となっていて導入が進んでいない状況が際立っている。
このように、全国で均質的に導入が進んでいるとは言い難く、特に地方圏では「PFIが定着した」とも言い難い状況だ。
2.地方圏における導入障壁は何か? -「護送船団方式」が色濃く残る地方経済-
上記のように二極化する理由は何だろうか。筆者は、地方圏における地域経済構造に理由の一端があると見ている。地方の経済構造は、公共事業が経済循環の要となっている。一部の企業城下町(豊田市など)では企業活動が経済循環の要となっているのだが、こうした都市は全国的には稀で、ほとんどの市町村では公共事業に依存した経済循環が構造化している。
典型的な例として公立学校や公営住宅を考えてみよう。これらの公共施設は、市域にまんべんなく立地しており、新規整備や建て替え事業が発生すると自治体が予算をつけて公共事業として発注される。こうした地域密着型の公共事業に大企業が参入することは少ない。地元の設計会社、建設会社が受注し、ここを起点に資材の調達、物流の発生、警備業務や印刷業務の発注など、様々な契約が連鎖的に発生し雇用も生まれる。地域における経済循環が生まれるのだ。市町村において、地域循環型経済構造を持つことは健全な事なのであるが、その要となる経済活動が公共事業に依存しているのが地方経済の実情だ。
地域経済の活性化にあたり公共事業の発注が重要であることは、発注する行政も受注する企業も理解しており、地域内に着実な経済循環が生じることを望み、とりわけ地域密着型の公共事業の受注は市域外に流出しないようにと願っている。いわゆる「護送船団方式」と呼ばれる慣習がここに垣間見える。海軍の世界では最も速度の遅い船に速度を合わせて船団を組んで進むことになぞらえ、企業体力や競争力に劣る企業が落語しないよう行政が配慮しながら発注する慣習を「護送船団方式」と呼ぶ。地元の企業が大都市に本社を置く大企業等に負けて受注漏れしないよう、指導や配慮がなされることを意味している。その目的が、公共事業を核とする地域経済循環の保持なのだ。
しかしPFIは事業構造が複雑で、単独企業での受注は不可能であるから、企業グループを組成して臨まねばならず、従来型の営業姿勢では受注できない。事実、PFIの受託競争を勝ち抜くのは本当に難しい。設計会社、建設会社、運営会社等が協力して提案書を作成しなければならず、金融機関とプロジェクトファイナンスの組成を交渉しなければならないなど、受注活動が複雑で多岐にわたることから、手厚い体制を整えることができる大手の建設企業が中心となって競争が展開される。結果的に、PFIの経験値は大手建設企業に蓄積されてきたのも事実だ。地域に着実な需要が落ちることが期待されている地方においては、PFIは護送船団方式のデストロイヤーとみなされ、PFI導入に対する抵抗意識へと繋がっているように思えるのだ。
しかし、大企業と地元企業が共存する道はある。募集条件に地元企業を参画させることを規定すれば、各グループに地元企業が誘い込まれることとなる。地域外に受注額が流出することを100%阻めないにしても、地元企業への受注機会を確保することはできるのだ。そして、地元企業は大企業と組むことでPFIの経験を積むことができる。経験が蓄積されれば、地元企業だけで企業グループを組成することも可能になっていくだろう。
3.PFIの経験を積むことの意義 -自治体の経営力の差につながる-
PFIは大企業に知見が集中しているから、地元企業に競争力がない。その結果参画障壁が大きく、地域循環型経済構造を壊してしまう、という懸念を一旦は理解できる。しかし、重要な事柄の優先順位を冷静に見極めねばならない。
PFIの命題はVFMの追求で、「安く良質な公共サービスを提供する」ことだ。これを放棄して護送船団方式を守るということは、県民・市民が享受すべき低廉で良質なサービス機会を逸してしまう。同時に、少しでもトータルのコストを安くしようと努める行財政改革の姿勢すら鈍らせてしまうことになる。
また、PFIは公共施設の整備費(イニシャルコスト)の財政負担を後年度負担に移転するから、コストの平準化を実現する。これは、厳しい財政運営を迫られている地方自治体にとっては上手く活用すべき財政運営手法だ。
こうしたことを踏まえれば、地方自治体にとってPFIを導入することは、弾力的な公共経営を推進するための有効な行政手法を手に入れることを意味するとともに、県民・市民にとっての幸福の増進に寄与することに繋がる。従って、この機会を積極的に活用することは、地方自治にとって必要な挑戦と言えよう。
仮に、PFIの導入によって、地元の中小企業の公共事業への参画機会が毀損されるというならば、そのような危機感を持つ地元企業を対象にPFI事業への参画を促す教育機会を創出していかねばならない。最も有効で効率的な教育機会は、経験豊富な大企業と組んで経験を積むことだ。地元企業が経験を通して自立的にPFI事業に参画できるようになれば、民活を積極活用した公共経営と地域循環型経済構造が共存できることになる。PFIに限らずPPP/PFI全分野について、こうした状態を想起して取り組んでいくことが、地方自治に求められる姿勢と言えるはずだ。
PFIの経験の多寡は、公共経営力の差として現れてくるに違いない。地方自治体の行財政運営は厳しい情勢下にあるからこそ、公共経営力(行政手腕)を高度に身に着けていくことが不可欠であり、PPP/PFIの導入は代表的なトライアルになるものと筆者は考えている。地方圏の自治体は、豊富な先行事例に習って果敢に取り組んでもらいたいと願っている。