Vol.202 中部国際空港の需要開花へのシナリオ  -リニア時代の国土に貢献する大都市圏空港へ-

中部国際空港開港20周年に寄せて(その3)

(vol.201「その2」からの続きです)

利用促進の壁と向き合って来た中部国際空港の需要が今後開花し、大都市圏空港として本領を発揮するためのシナリオをどう描くのか。趨勢的な需要環境が厳しい情勢の中で、打開の鍵はリニア時代における国土構造の転換を促す名古屋市の在り方にあると筆者は考えている。中部国際空港は中部圏の空港として誕生したのであるが、その需要創出は母都市である名古屋市の都市機能集積と表裏一体と考えねばなるまい。

1.中部圏の航空需要の創出環境  -趨勢的な需要環境は厳しい-

前号(vol.201「中部国際空港が背負う利用促促進の宿命と壁」)で述べたように、中部圏はそもそも出国率が低く、出国する人々の国際航空需要の一部は首都圏等の空港に流出している。加えて、首都圏と近畿圏の中間に位置する中部圏は陸上交通網の要衝となっており、隣圏域程度の移動なら陸上移動が便利であるし、九州北部や東北地方などへも陸上交通の機関分担率が高いため国内航空需要を獲得し難い。国土における立地条件の良さが故の構造的課題である。

そして、中部圏では愛知県をはじめとする全圏域で既に人口減少期に入っている。従って、出国率の飛躍的な向上でもない限り、中部圏で発現する航空需要は減少基調で推移すると考えねばならない。

一方、中部圏には我が国最大のモノづくり産業の集積があるが、1970年代以降の自動車産業の隆盛を背景とする強固な産業集積の発展があった中でも、中部国際空港は需要創出の壁に直面を続けてきたのであるから、現状の産業構造と国際分業を前提とする限り国際航空需要が増進していくとは考え難い。つまり、人口から見ても産業から見ても、当面はジリ貧の覚悟も必要な趨勢だ。

需要増加要因として想定できるのは、円安を背景としたインバウンド需要(外国人観光客)だが、中部国際空港ではコロナ後の国際航空旅客がコロナ前の半分程度にしか戻っていない。他圏域ではインバウンド客が既にコロナ前に戻るか超える状況にある事を踏まえれば、インバウンド市場における中部圏は残念ながら後発的な位置にあると解さねばならない。

こうした事から、中部国際空港の需要開花のシナリオは、従来から前提となっている諸構造を大転換する可能性を追求するしかないのではなかろうか。

2.国土構造の転換が需要開花の鍵に  -「(DX+コロナ)×リニア」が契機に-

そこで、国土構造の転換をリアルに考えたい。それは、現実論として東京一極集中是正の可能性はあるのかという問いでもある。筆者の考えはYESだ。それは、我々は国土構造の転換を叶える二つの条件を持っているからである。

第一の条件は、DX潮流下のコロナ禍が産み落としたリモートスタイルだ。必要な時だけ対面を選択して場所に縛られずに遠隔で仕事をするスタイルは、東京一極集中の是正を阻んできた「東京立地の絶対的価値観」を打ち破る新しいパラダイムだ。東京に縛られない国土は、高コスト構造から解放される国土とも換言でき、日本の国際競争力を再浮上させる有効な環境を創出するだろう。DXは今後も進展するに違いない事を踏まえて、R5年7月に閣議決定された第三次国土形成計画全国計画では「デジタルとリアルの融合による(中略)シームレスな拠点連結型国土」を目指すと掲げた。リモートスタイルの活用は全国の地方部の望みだが、中部圏はこれを先導するモデル圏域を目指す必要がある。

第二の条件は、リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業による首都圏との高速移動環境の確立だ。時速500km/h以上という航空機並みの速度を発揮する陸上交通の開業により、首都圏と名古屋圏の交流・連携は生活圏域並みの低抵抗となり(品川~名古屋間の所要時間が40分)、一体的な大都市圏となり得る。日常は名古屋圏に所在してリモートを活用し、必要な時に機動的に東京に移動するというスタイルは、移動を最小限化して生産性を高めるとともに立地コストを低減するから、中部圏を業務地として立地選択すれば経営効率を高める。中でも、名古屋市が首都圏に集中立地している本社機能移転の受け皿となる事が圧倒的に重要だ(名古屋立地は東京立地よりも多面的に諸コストが安い)。但し、この事で誤解を受けやすいのは、東京に立地している老舗・大企業の本社の太宗が集団移転の如く名古屋に集まる事をイメージされがちなのだが、そういう事を指してはいない。本社移転を柔軟かつ機動的に判断できる企業を対象とした話であり、戦略的経営者にとっての選択肢が広がる事を企図している。それでも国土の発展と中部圏の成長に大きな影響をもたらす事となる。

これらの二つの条件を得る中部圏は、国土における自立圏域として従前以上に大きな役割を担い、首都圏からの国際航空需要の移転現象を生み出し、以て中部国際空港の需要創出を可能とし、メガキャリアを中心とした就航先都市数と便数の増加へと繋がる上昇スパイラルの機会を得ると考えたい。

3.名古屋市における本社機能集積が鍵に  -国土の発展に貢献する大都市圏空港へ-

「(DX+コロナ)×リニア」の時代になった時、本社機能移転の受け皿とならねばならないのは名古屋市だから、リニア駅にアクセスし易い都心エリア等にオフィスビルの供給を促し、東京よりも安いコストで本社機能を受け入れる環境を整える必要がある。名古屋市は、その実現に向けて戦略的誘致政策を打ち出さねばならない(vol.187ご参照)。

名古屋市における本社機能集積が進めば、当然にして国際航空需要が生まれるし、役員数の増加はビジネスクラス需要の増進をもたらす。航空業界におけるメガキャリアは、ビジネスクラス需要の安定的確保を就航条件に求めるから、中部国際空港から欧米への直行便の就航へと繋がる可能性が高まろう。

そして、東京一極集中の下で常に逼迫している首都圏空港の処理能力に余裕を持たせる事にもなり、日本全体の空港政策における投入コストの低減にも寄与する。三大都市圏に立地している各々の拠点的国際空港の利用が平準化方向にシフトする事が、国土における効率的な航空政策の在り方として望ましい(図表1)。中部国際空港の役割の一面がここにある。

名古屋市では、230万人規模の人口が横ばい基調で推移(2024年時点まで)しているが、その構造は自然減を社会増が補う形で維持されている。しかし、自然減の拡大傾向は強く、これを社会増で補う事は最早限界に近い。実は、名古屋市の社会増は外国人の転入をもって成立しているのであり、日本人に限れば既に社会減が続いている。

名古屋市の人口動態において特に問題視すべき点は、日本人の社会減(転出超過)の中で中核となっている25~39歳の若者の東京への流出超過だ。進学期に多くの若者が流入超過しているが、就職・転職期には東京に流出する構造が定着している。

筆者の分析では、東京への人口流出が止まらない理由は、名古屋市の産業構造における付加価値額の産出力(以下、付加価値創出力)が東京に比して弱い事が主たる要因だと考えられる(vol.152、154ご参照)。付加価値創出力を高めるためには、機能と業種で産業構造改革を進める事が不可欠で、機能とは本社機能の誘致であり、業種とは高付加価値業種(ICT産業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業等)の集積強化である。リニア開業によって首都圏との一体性を高める立地環境を得れば、経済合理性によって本社機能やICT産業等が名古屋市への移転を選択する可能性を現実的なものへと押し上げる。その結果、付加価値創出力が高まり、若者の流出抑止へと繋がろう。

中部国際空港は、「中部圏の国際空港」としての側面と、「大都市圏空港」としての側面を期待して構想され、長い年月を経て2005年2月17日に開港した。中部圏の国際航空需要の一部が首都圏に流出・依存しているという事は、2つの側面の両方が完全に機能していない事を表している。中部圏の国際航空需要が弱含みであることを踏まえれば、大都市圏空港としての役割を果たすことを希求すべきで、そのためには母都市である名古屋市が大都市としての高度都市機能を十分に持たねば実現しない。若者層を中心とした東京への人口流出が続く状況を打開するためにも、名古屋市が本社機能に代表される中枢業務機能の立地選択として価値ある状況を整えて付加価値創出力を掴み取り、大都市圏としての拠点性を高めていく事が、中部国際空港の需要開花へのシナリオに繋がると筆者は考えている。

こうした名古屋市の発展の在り方は、当市の社会経済の発展だけにとどまるものではなく、中部国際空港が大都市圏空港として機能する事の条件であり、国土の発展に貢献する事をも意味するのであるから、その意義を認識し、リニア開業までの期間を有効に活用して本社機能等の集積促進に繋がる政策を準備しなければならない。中部国際空港開港20周年は、この点を銘ずる機会として捉えたい。

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