(vol.47「その1」からの続きです)
愛知県下自治体のPFI第一号として動き始めた旧田原町の取り組みは、PFI事業者選定を経て、15年間のPFI事業契約の締結へと進展した。2020年にその契約は満了してPFI第一世代としての節目を迎えた今、炭生館が果たした役割を振り返りたい。
1.始まった民間レースの劇的な展開 -ダークホースの出現、そして大逆転-
旧田原町が資源循環型のゴミ処理工場をPFI事業として進めようとしていることを把握した企業の中には、筆者らが募集準備を整える前から積極的に自社案を作って町役場に営業活動を展開していた企業がいくつかあった。これらの企業は、自社技術の活用を軸に可燃ごみの資源循環プランを作成し、PFI事業者となるべく準備を進めていた。既に、複数のコンソーシアム(企業グループ)が組成されていることが伺える情勢だった。
募集のスケジュールが決まり始めたころ、これまでコンタクトのなかった1社が筆者を訪ねてきた。メタウォーター(当時は日本碍子)である。この時点で、メタウォーターはPFIの知識を持っていなかったが、旧田原町でゴミ処理工場建設の動きがあることを察知しての来訪だった。筆者は、同社が炭化技術を保有していたので、同社の炭化技術が旧田原町の課題解決にどのように結びつく可能性があるかを説明したところ、「社内で検討してみたい」と持ち帰られた。この時点で、メタウォーターは明らかに周回遅れの状態と言えた。
PFI事業者を公募した結果、4つの企業グループからの応募があり、提出された提案書はどれも力作ぞろいで読み応えがあった。各グループのプレゼンを聞き、審査委員との質疑応答があり、最終的な審査によってPFI事業者として選ばれたのは、メタウォーターグループであった。周回遅れのスタートから見事な大逆転の勝利であった。
メタウォーターの提案は、流動床炭化炉を核としたプラントを建設・運転し、市民の家庭から排出される可燃ゴミを微粉炭に生成して販売する内容であった。プラントの設置はメタウォーターが、建物の建設は大成建設が、資金計画を三菱UFJリースが担当し、生成された微粉炭は中部鋼鈑に買い取られることが提案されていた。内容のバランスが良く、市が負担する費用も最も安かったので、提案内容点と価格点で構成される総合評価において、他のグループと一線を画す完全勝利であった。
メタウォーターが、周回遅れの状況から合理的で競争力の高い提案を作成できた理由は、腕利きのプロジェクトマネージャーである渡邊さんの存在が大きい。当時の状況としては、当然にして渡邊さんもPFI事業は初めての経験だったのだが、PFI法の主旨、募集資料等を深く読み込み、田原町が求めているPFI事業者像を描き上げていた。パートナーシップ企業として何をすべきかについて、確たる信念と理解が伝わる提案書であった。
その後、メタウォーターは渡邊イズムが発揮されて全国のPFI事業において連勝街道を歩むことになる。三菱UFJリースも本事業を皮切りに業界トップのPFI実績を積み上げていった。我が国におけるPFI熟達企業の草創期がここにあった。
2.契約締結までの攻防 -甲乙双方の協議で約定を作り上げる作業-
PFI法のガイドラインによると、事業者の入札方式は「総合評価一般競争入札方式」が望ましいとされている。これは、提案書の内容と入札価格を各々に評価した上で総合的に落札者を判定する方式である。一方で地方自治法には「公募型プロポーザル方式」という方式が存在した。提案内容と価格を総合的に評価するという点では同じであるが、いくつかの点で柔軟性が高い。最大の特徴は、PFI事業契約の契約書が整っていなくても募集に踏み切れる点である。従って、公募型プロポーザル方式の場合は、事業者選定が終わってから契約書を協議する時間を確保することが通例である。
旧田原町の場合、資源循環型ゴミ処理工場を整備・運営するという前例のないPFI事業であったこと、募集までに時間的余裕がなかったことなどから、契約書(案)を事前に準備することは極めて困難であったため、基本的な契約書の構成だけを示して募集を開始した。PFI黎明期の当時であったから許されたが、今ではこのような事はなく、公募型プロポーザル方式であっても、募集時には契約書(案)を開示した上で公募を始めるのが適切である。契約書は、リスク分担を明示する文書であるから、応募企業にとっては当該事業における自社リスクを検討する重要な情報であり、応札するかしないかを判断するために事前に吟味できることが望ましいからだ。この意味で旧田原町の募集は、見切り発車のような側面を有していたとの指摘を免れまい。
筆者としても、この点は十分に承知していたが、当時としては他に方法がないと判断した。このため、メタウォーターグループに決定した後、旧田原町、メタウォーターグループ、そして筆者ら(自治体側のPFIアドバイザー)で契約締結に向けた協議が重ねられた。締結協議とは言うものの、実際の作業は契約書を一から作成していく作業であった。
参考になる条文例が乏しい中、田原町とメタウォーターグループが納得できる契約書を作成していくために、筆者らは文案を作成して提示し、両社の言い分を聞いて修正して落着させるという作業を繰り返した。条文は100条ほどあり、これを逐条的に詰めていく作業にはおびただしい時間を要した。しかし、協議期間には限りがあったため、必然的に1日における協議時間が長時間化した。
関係者が集まりやすかったのは名古屋駅だったので、ここに会議室を確保して連日缶詰め状態の協議の連続となった。時として、甲(旧田原市)と乙(メタウォーターグループ)の意見が対立する事項もあり、難航する局面もあった。こうした場面では、決まって筆者はメタウォーターの渡邊さんと二人きりで話をした。落着点を模索するため、ギリギリの線を見出すことが目的だった。代表的な争点の一つに、ゴミ量の急激な変動に対処するためのリスク分担があった。ゴミ量の変動に対応するため、対価は固定費と変動費で構成することで公正が保たれると筆者は主張したが、渡邊さんは受け入れ設備を増強する必要があるときなどはこの費用を別途負担してほしいと主張した。もっともな主張だった。
渡邊さんは企業人であるから、当然にして利益を確保する姿勢を崩すことはないのだが、一方ではPFI事業者として自治体のパートナーとなる役割を重視していた。このため、BOT方式の事業者として、設備の増強が必要であるときは、即座にこれをPFI事業者として費用を立て替えて対応するから、事後に予算を措置して立替金の支払いを約束してほしいという主張であった。この事自体、BOT方式の利点でもあり、合理的な主張である。
一方、自治体はPFI事業で追加予算を認める場合は、「契約書の変更」手続きに該当するから議会承認など大きな作業が必要となった。できる限り当初に定めた15年間の契約金の中で、PFI事業者にやりくりをしてもらいたいというのが自治体の本音だ。しかし、可燃性の一般廃棄物を処理する責任は自治体にあり、自治体に代わって先行して設備増強費を負担するというのはPFI事業者としては建設的なリスク負担と言えた。この事を旧田原町に理解してもらう必要があると判断し、筆者はこれを旧田原町に説いた。
またある時は、15年間の契約が満了する時の設備の状態について旧田原町の強い主張があった。旧田原町としては、16年目以降も同施設を使用し続けたいから、良い状態で設備の移管を受けたい。極言すれば30年間でも使い続けられるようなメンテナンスをして渡してほしい訳だ。これは、PFI事業者にとっては加減が難しいから明確な約束を避けたいところなのだが、パートナーシップとは自治体の立場を理解して行動することであるから、メタウォーター側にこれを説いた。渡邊さんはこれを理解し、「そのように務める」という条文を入れることを受け入れた。プロジェクトマネージャーの渡邊さんの立場としては、自社と構成員企業を説得するのは大変だっただろうと拝察する。
このようして、甲乙双方の様々な主張に折り合いをつけながら、一つ一つの条文を作り上げ、契約締結へと漕ぎつけたのである。契約時には、旧田原町は旧赤羽根町と旧渥美町と合併して田原市となったため、甲は田原市、乙はグリーンサイトジャパン(メタウォーターグループが組成した特別目的会社)としてPFI事業契約が締結された。
3.炭生館の果たした役割 -官民のパートナーシップに先鞭-
田原市の資源循環型ゴミ処理工場は、「炭生館」と名付けられ、2005年に稼働を開始した。敷地内にはビオトープも整備され、生成される微粉炭は約束通りに中部鋼鈑に買い取られて環境親和性が高い事業となったため、全国から注目を集め、視察者が引きも切らない様子だった。契約期間を通してグリーンサイトジャパンは、台風後のゴミの対応や中部鋼鈑への販売以外の微粉炭の活用方策の研究開発など様々な地域協力に努め、15年間の無故障運転を成し遂げた。
そして、PFI事業契約が満了した2020年4月に、炭生館はグリーンサイトジャパンから田原市に移管された。移管後も、設備の運転をメタウォーターが委託を受けて現在も稼働を続けている。PFI事業としての契約は終えたが、公共施設として稼働し続けているという点で、グリーンサイトジャパンは田原市に大きな貢献を果たしたと言ってもよいだろう。
炭生館の果たした役割とは、官民のパートナーシップのあり方を好例として残したことが最大の功績だったと筆者は考えている。それは、企業が自治体の立場を理解して、その役割を代替する積極的な責任を自らに課す姿勢だ。これは「言うは易し」で、実際の取引ではなかなか難しい。ビジネスライクとは正反対の性格を有しているからだ。前述したメンテナンスについても、必要最小限のメンテナンスにとどめたいのが企業側の本音だろう。そうすれば、内部留保金が増えて構成員企業に利益が還流しやすいからだ。しかし、グリーンサイトジャパンは十分なメンテナンスをしたし、微粉炭の活用方策として農業への還元など、多様な研究投資を続けた。一貫して、旧田原町長が希求した資源循環型社会の構築理念に報いる姿勢だった。こうした地域社会の願いを尊重(リスペクト)する姿勢は、地元から見ると地域貢献企業として映る。田原市長の山下さんの言動からも感謝の気持ちが読み取れる。このリスペクトと謝意が交流する関係こそが良好なパートナーシップなのである。こうした関係を構築する事業がPPP/PFIを通して増えていくとき、我が国は官民連携先進国として発展することだろう。
2021年3月、宮城県が上水道、下水道、工業用水の3つについて運営権を売却することとなり、メタウォーターがこれを取得することが決まった。2022年4月以降は、同社が宮城県の上下水道などの供給と処理を担うことになる訳で、国内初の事例となった。田原市で同社が培ったパートナーシップ精神を遺憾なく発揮して、宮城県民との間にリスペクトと謝意が交流する関係を構築してほしいと切に願っている。