Vol.4 全豪オープンテニス2021、マスクなし開催の衝撃  -日本のロックダウンは本当に禁じ手なのか―

2021年1月下旬、全豪オープンテニスの予選はほぼ例年通りに始まった。2月に入り、本戦の熱戦が繰り広げられようとしている。その模様を見た筆者は衝撃を覚えた。観客席は満員で、ほとんどの人がマスクをせず、皆楽しそうに観戦しているではないか!日本では、新型コロナウィルスの第三波が収束しきらず、11都府県に発せられた緊急事態宣言は10都府県で延長が決まったばかりだ。東京五輪開催に向けた空気も厳しい。この違いは一体何なのだろうと考えさせられた。(2021年2月14日現在、コロナ感染者発生を受けて無観客観戦に急遽変更)

1.オーストラリアの新型コロナウィルス感染状況

-豪州に第三波は生じていない-

グラフはオーストラリアと日本の感染者数を同期間(2020年1月~2021年1月)について比較したものだ。縦軸のメモリが圧倒的にオーストラリアの方が小さい事に留意が必要だが、棒グラフ(1日の感染者数)の波形を見ると、オーストラリアは4~5月に第一波、7月~8月に第二波が発生(日本よりも人口も感染者数は少ないが)したところまでは日本と同じであるが、第三波は発生していない。オーストラリアでは現在、1日の感染者数は10人未満で推移しており、感染者ゼロに近い水準への抑え込みに成功しているようだ。

ピークの状況を見ると、日本では第一波、第二波、第三波となるにしたがって感染者数のピークが高くなっているが、オーストラリアでは第一波と第二波のピークはほぼ同じにとどまっている。

また、日本は第三波収束の兆しが何とか見え始めている状況だが、まだまだ感染者ゼロの水準には程遠い。日本の第二波と第三波の間の収束期間の感染者数を見ても、完全に抑え込み切れていなかった状況が確認できる。そして現下の日本では、重症患者が増加し続けており、病床のひっ迫の報道が連日続いている状況だ(2021年2月初旬現在)。

ワクチン接種に期待が高まる中ではあるが、ワクチンがない中で第三波を発生させていないオーストラリアでは、どのような対策が奏功したのか?日本と季節が逆転しているオーストラリアの今は夏だ。しかし、季節の違いだけでは説明ない理由があるはずだ。筆者はこれを知りたいと思った。

2.オーストラリア政府の感染対策

-ロックダウンと手厚い補償のパッケージ-

オーストラリアは、関係の深い隣国のニュージーランドと同様に、感染の波が訪れるとロックダウンを断行してきた。全ての外出と移動を止める政策だ。ウィルスは、人々の移動と接触で感染が広まるのだから、至極合理的な対策と理解できるわけだが、国家としてこれを行い得るところが日本とは異なるところである。なお、ロックダウンの発令は、全土に発せられる場合だけではなく、局地的に感染が広がっている場合は州単位で発せられているようだ。これも実に合理的な考え方である。

そして、その判断のスピードにも感嘆させられる。オーストラリアでは最近、日本でも話題となっている変異株のウィルス感染者がヴィクトリア州で確認されたのであるが、感染者確認が昼に報道され、同日の夕刻にはヴィクトリア州としてロックダウンを発令し、同日夜から州民は全ての外出と移動を停止したのである。この時、報道された変異株感染者数は1人であった。1人の感染者発生に対する感度の高さと対策実行の迅速さを知ったとき、筆者は「国情の違い」だけで済ませてはいけない重要な忘れ物が日本にはあるような気がした。

また、入国管理面でも日本との違いを感じる。オーストラリアではニュージーランド以外からの入国を禁止しており、自国民が帰国する際にも陽性・陰性にかかわらず2週間の隔離を厳格に行っている。首相を含む政府高官であっても、渡航から帰国の際には隔離され、リモートで執務を行っているとのことである。日本では、2週間の隔離は徹底されてはおらず、極端に言えば本人の意思によって公共交通を使って空港を離れることができてしまう。オーストラリアでは入国管理と検疫を徹底し、異変株ウィルスの感染者が1人出ただけでロックダウンを即時に実施するという政策の切れ味が、日本人からは異次元のもの見えてしまう。

勿論、ロックダウンを実施すれば、経済停滞を引き起こすことはオーストラリアも日本と同じである。そこで政府の補償予算を見てみるとこれも得心できる内容だった。オーストラリアの補償予算は日本のおよそ5倍の額が計上されている。ロックダウンという強い対策を打つと同時に、国民や全産業が安心して順えるような補償とパッケージになっていることが伺え、非常に合理的だと思える。

結果的に、オーストラリアでは第三波が発生しておらず、感染者数はゼロ水準を維持することができている。そして全豪オープンテニス2021は例年通りに開催され、国民はマスクなしで観戦を楽しんでいるのだ。海外からの入国を規制しているので、観戦している人々はオーストラリア国民にほぼ限られているのだろう。しかし、プレーヤーには戦える機会が与えられ、国民は熱戦に酔いしれる機会を享受している。そこには自由があり、日常が取り戻されているのだと解する事ができる。

本稿執筆時(2021年2月14日)には、コロナウィルス感染者が発見され、即日無観客観戦に切り替えられた。こうした迅速で機動的な対応は、あらかじめ明確な方針が定められていたものと推察される。先手先手を打って成果を上げてきたからこそ、政府と国民に信頼関係が築かれているとも感じられる。

3.ロックダウンの効果と意義

-日本でのロックダウンは本当に禁じ手なのか-

日本では、私権制限の観点からロックダウンはできないという。憲法に定められる私権を侵さない精神に立脚した考え方であると筆者は理解している。しかし、オーストラリアの実情を見るにつけ、この日本の憲法解釈は杓子定規に過ぎるのではないかとの疑問を持った。

確かに私権は侵害されてはならない。しかし、国民の生命と財産を守らなければ私権とて謳歌する事は叶うまい。何事があっても私権制限に抵触する一切の政策を打ってはならないということになるのだろうか。平時であれば私権も国民の生命・財産も守られねばならない大事なこととして優劣を論じる必要はないにしても、非常時であれば優先すべきは国民の生命と財産ではないのだろうか。

強制力の強いロックダウンを実行して、感染者数をゼロ水準に抑え込むことができれば、病床のひっ迫は解かれることになり、自由な経済活動や暮らしが戻る。ロックダウンによって感染対策効果が表れ、早期の経済回復が実感されれば、国民は幸せを感じるのではないか。ロックダウン期間に失われる経済活動機会を補償されれば、納得感が得られるのではないか。こう考えることは、憲法に照らして絶対的に排されるのだろうか。

日本の補償の状況を考えてみると、そこには歪みがあり、結果的に不公平が生じているように思える。例えば、特別定額給付金について考えてみたい。緊急事態宣言を発することで外出自粛を国民に求めた時、サラリーマンの多くは失うものはさしてない。しかし、特別定額給付金は全国民に一律10万円が支給されたわけで、サラリーマンの多くにとっては不要不急の受給となったと思われる。しかし、外食産業などに手厚く支給されることが公平なのではなかったか。次に、地方自治体は時短営業に協力した店舗に一律6万円/日の協力金を給付しているが、店舗の大小や立地の違い(地代の違い)によって固定費が大きく異なることは配慮されていない。一律という名の不公平が生じていると筆者には思える。本当に困っている人や事業者に対して、大規模な補償を打つことができれば、1か月でも2か月でもロックダウンを受け入れることができたのではなかろうか。

結果的に、日本の感染症対策の実態は、オーストラリアに比して外出・移動の制限も補償も共に中途半端になっていると感じられる。日本の憲法下においても、機会損失者に対して公平で納得できる規模の補償が手当てされれば、私権制限の精神を越えてロックダウンを行っても国民の生命と財産を守る観点から運用の範囲として許されると解釈する事はできないものだろうか。

4.本源的に尊重すべき事の見極めとスピード感

日本という国は良い国だと筆者は常々思っている。衛生的で治安が良く、経済水準が高いこともさることながら、モラルが遵守される国民性であるところもその理由だ。しかし、これまで日本政府がとってきた感染症対策は、国民のモラル意識に依存し過ぎた感があり、不要不急の外出抑制は残念ながら十分に徹底されていない。

2020年を通して政府が目指してきたのは感染症対策と経済振興の同時達成であったが、これは成功しなかった。であれば2021年は感染症対策を優先して徹底し、ウィルス感染が沈静化した後に経済振興を集中的に図るという時間差達成に舵を切るべきであると思う。感染症対策を優先的に徹底するためには、ロックダウンが効果的と思うが、それができないと判断するのであれば、PCR検査を徹底して感染者を隔離する対策を取る必要があると思うが、このような方向性は示されてきていない。今までのところ、日本型の徹底方法は確立されていないと感じられる。

未曽有のパンデミックに直面している現在、本源的に尊重すべきは「日本人の暮らしを速やかに普通に戻す事」のはずで、そのために過去の失敗に学んだ方針転換を勇断する政治であってほしいと願う。そしてオーストラリアをはじめとしてウィルス感染の抑え込みに成功している国を参考に、非常時としてのあるべき判断を見極め、自国民が驚くほどのスピード感を持って政策を選択し断行する姿勢を期待したい。

Vol.3 コロナ禍に求めたい政治と政策 -国民による自発的ロックダウンとアドレナリン創出型金融支援―前のページ

Vol.5 三大都市圏における名古屋圏のウリは何か -「3つのゆとり」は最大の魅力―次のページ

関連記事

  1. コラム

    Vol.62 リニア開業で変わる時間圏の勢力図  -国土における名古屋の立地優位性-

    リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業した際には、我が国国土における…

  2. コラム

    Vol.16 名古屋三の丸ルネサンスの実現を期待したい! -城下町名古屋の再生の意義-

    2021年1月7日に、名古屋三の丸ネッサンス期成会の結成と提言がプレ…

  3. コラム

    Vol.94  キムタク効果に学ぶ祭りの経済学  -ぎふ信長まつりが示唆するイベント効果-

    2022年11月6日、岐阜市で「ぎふ信長まつり」が開催され、騎馬武者…

  4. コラム

    Vol.126 2050年の名古屋港が担うべき姿とは?  -モノづくり地域を支える港湾から日本経済を…

    名古屋港では、長期構想(「名古屋港の針路」2007年策定)が計画期間…

おすすめ記事

  1. 登録されている記事はございません。
  1. コラム

    Vol.97  大胆にかぶけ!中部圏長期ビジョン  -QOL着眼に喝采。だが一極…
  2. コラム

    Vol.115 名古屋の都市構造に「アーバンリゾート」の形成を  -適地の選定は…
  3. コラム

    Vol.9 頑張れ!名古屋の保育園 -待機児童対策を重ねて見えてきたもの―
  4. コラム

    Vol.182 名古屋市役所の空調時間が延長された!?  -夕刻1時間延長の舞台…
  5. コラム

    Vol.126 2050年の名古屋港が担うべき姿とは?  -モノづくり地域を支え…
PAGE TOP