名古屋鉄道は、かねてから検討していた名古屋駅地区再開発の事業化を決定し、内容を公表した(2025.5.26)。その事業費はおよそ9,000億円にも上る大規模な計画で、オフィス、ホテル、商業、バスターミナル等の諸機能を複合化するとともに、地下の駅も再構築する。同社の経営基盤強化に向けて社運を賭けた大事業であると同時に、名古屋という都市にとっても大きなインパクトをもたらす事業だ。その意義を紐解きたい。
1.再開発ビルの計画概要 -延べ床面積520,000㎡の大規模ビル誕生へ-
公表された外観からは、「名古屋の顔を作る!」という強い信念が伝わってくる。重厚で斬新感のあるファサードと形状は、名古屋の代表的な景観として多くの人々の脳裏に焼き付くことだろう。現在の名鉄百貨店の位置には、ビルと駅のエントランスが設置され、シャープでインテリジェンスを醸す印象だ(図表1の①)。広小路通から太閤通へと続く笹島交差点の上部は、北街区ビルと南街区ビルが連接されてバスターミナルが配置され(3~4F)、現在の名鉄バスターミナルのDNAを引き継ぐ計画だ(図表1の②)。名駅通に面する部分は歩道と一体化したピロティによって大規模な回廊空間が創出され、ゆとりのある往来空間となりそうだ(図表1の③)。

この再開発ビルの総延べ床面積は520,000㎡と大規模で、このうち362,000㎡が貸室対象となる。その内訳は、オフィス200,000㎡、商業95,000㎡、ホテル27,000㎡とされている。特筆したいのは、オフィスの基準階面積の大きさだ。北街区のオフィスは基準階6,000㎡、南街区のオフィスは基準階3,300㎡を誇り、国内最大級となる見通しだ。総ボリュームと基準階面積が共に大規模なオフィスに如何なる企業が入居するかが、名古屋市の活力に大きなインパクトを与えるから、筆者はこの点に最大の関心を寄せている。
また、ホテルにはハイアットホテルズの最高級ブランド「アンダーズ」の入居が決まった。大規模オフィスと超高級ホテルが同居する組み合わせは、一足先にオープンするランドマーク名古屋(コンラッドホテルとオフィスが同居)と同様の機能構成で、これまでの名古屋になかったものである。ビルは2033年度竣工を予定し、開業は2034年度を目指すとされている。

2.駅再整備の計画概要 -都市内の土木工事として歴史的な難工事-
再開発ビルの地下では、名鉄・名古屋駅の再整備も同時に進められる。工程は2段階で計画されており、鉄道の運行を止めずに駅の移設と拡張を実施する事を熟慮した工事工程だ。第1期では現状の2線3面を南側に移設する。これによって現状の駅と上部空間を解体する事が可能となり、第2期で現駅の解体と新しい駅を4線4面に拡張敷設する計画だ。4面に拡張される駅ホームのうち一番東側のホームは「空港アクセスホーム」となり、セントレアへの良好なアクセスを構築する事が企図されているとともに、4線となる事で方面別棲み分けも分かりやすい構成となりそうだ。

当然のことながら乗り換えの利便性をはじめとする歩行者動線を良好に創出する事にも緻密な配慮がされている。名古屋市が整備するターミナルスクエア(駅前広場)との接続、近鉄と地下鉄との乗り換え動線などが確保されるとともに、特徴的な計画は地上1F・2Fと地下1Fの三層で南北方向の歩行者動線が確保される点だ。これによって、JRのツインタワーズから名鉄再開発ビルを経由してささしまライブ21方面まで連続した歩行者動線が構成される。名古屋駅周辺地区の回遊性を高める上で重要なポイントになるだろう。
いずれにしても、地上に建築される再開発ビルと連動した工事となり、これを鉄道の運行を止めずに第1期と第2期の工事を実施するため、都市内の土木工事としては類例を見ない大規模な難工事となる。

3.名古屋市の課題克服に資する再開発の意義 -付加価値産出額の向上に-
さて、名鉄・名古屋駅の再開発が名古屋市の発展に及ぼす影響について考えてみたい。2025年現在、名古屋市の都心部で進行している新築オフィスビルの入居テナントは、その大部分が市内立地企業による移転入居である。つまり、名古屋市のオフィス需要は、卓上の麻雀パイを混ぜている状態に過ぎない。しかし、名鉄の再開発ビルが供給する200,000㎡に及ぶオフィスは、この延長線上で考えるべきではない。別の卓からパイを持ち込む発想が必要だろう。
そのマーケットはどこか。それは東京に立地する企業にターゲットを当てる事が必然だと思われる。リニア時代の名古屋は、東京都内との時間距離ハンデをほぼ背負わない立地条件を得る。東京都心部のオフィス賃料は高いから、名古屋との価格差を競争力としつつ、リモートスタイルの一層の進展を想定すれば、十分に東京からの移転立地を想定する事が可能だと筆者はかねてから考えている。そして、東京に立地しているオフィスは、ほとんどが本社機能だから、東京からのオフィス移転の受け皿になるという事は、本社機能の名古屋立地を促す事を意味する。名鉄・名古屋駅再開発ビルの基準階の大きさを考えれば、なおさらに本社機能の立地に適合する。
本コラムで繰り返し述べてきたように、名古屋が抱えている問題は、若者の東京流出だ。若者が流出する理由は、東京に付加価値額の大きな産出力があるからだ。付加価値額は、企業会計の粗利に相当し、経済処遇と社会貢献の両立を実現する原資で、これが若者の求めている活躍機会を表現する「やりがい指標」だと筆者は考えている。
名古屋の付加価値産出額を高めるためには、機能と業種に着眼した産業構造改革が必要で、機能とは本社機能、業種とは高付加価値業種(一人当たり付加価値額が大きい業種)を対象とした産業集積を高める事が有効だ。本社機能にしても高付加価値業種にしても、その集積が圧倒的に集中しているのは東京だから、東京からの移転需要を掴み取る都心改造が必要で、その先鞭となるのが名鉄・名古屋駅再開発ビルだと期待したい。駅上空の立地条件に日本最大クラスの基準階の大きさは、この点で有効に働くことだろう。
名古屋都心部の産業の付加価値産出額が向上すれば、若者の流出を抑止するとともに、広域から若者を誘引する事も期待できる。同時に、市民の平均所得を押し上げる効果も期待できる。それは、市内消費の活性化や新築マンション取得率の向上などに繋がるはずで、最終的には税収の増加にも帰着する。
このように、付加価値産出額の向上に直結するオフィス機能集積の受け皿となる事が、名鉄・名古屋駅再開発ビルに期待する最大のテーマだ。それは、名古屋市に若者が集まり、市経済を活性化させ、市民所得水準を引き上げる効果をもたらすので、名古屋市の抱える構造的な課題の克服に貢献する役割を果たす。また、これを起爆剤として名古屋の都心部に新陳代謝を促す事も期待できるだろう。

図表5は、夜景で表現された完成予想図だ。このビルを借景にしたレストランは、夜の憩いの場として人気を集めるのではなかろうか。名鉄・名古屋駅再開発ビルの中でも賑わいが創出されるだろうが、このビルが提供する美しい夜景が近隣エリアにも新しい賑わい空間を誘発しそうだ。平日の夜に、職場の仲間とリフレッシュできる空間(アーバンリゾート空間)が少ないのも名古屋の課題だ。
名鉄・名古屋駅再開発ビルは、付加価値産出額の引き上げと、アーバンリゾート空間の形成の双方に貢献する重要なプロジェクトと言え、いずれも名古屋の課題克服に着火できる起爆力を持つと予想する。だからこそ、その実現に向けて行政と財界が一丸となって応援したいところだ。そのためにも、名鉄・名古屋駅がもたらす意義について、まずは広く共有される事を願ってやまない。