中部国際空港開港20周年に寄せて(その2)
(vol.200「その1」からの続きです)
2005年2月17日、地域の期待に応えて予定通り開港した中部国際空港(セントレア)は、計画段階で推計された航空需要水準を達成したが、その後は開港時の水準を更新できない期間が続いた。3県1市の人々にとっては確実に航空機利用の利便性が高まっているのだが、開港から今日までの20年間は需要創出が課題となって立ちはだかっている。中部国際空港の利用実態からは、この空港が背負う宿命と壁が見えてくる。
1.開港した中部国際空港の概要 -3,500m滑走路1本で開港-
㈶中部空港調査会では、4,000m滑走路2本を備える空港像を描いていた。B747(通称ジャンボジェット機)に代表される当時の大型機の離発着には4,000m滑走路が必要であったし、洋上空港の利点を活かして24時間運用を行うためには、滑走路のメンテナンスが随時にできる複数本の滑走路が必要であったからだ。しかし、航空機の技術開発も目覚ましく、短距離離着陸能力が著しく進化していたたこともあり、3,500m滑走路でも大型機の運用は可能と見込まれた。
一方、㈶中部空港調査会が空港計画の前提としていた中部国際空港の航空需要は、旅客数1,200万人/年、発着回数10万回/年と推計されていた。当時の国の基準では、滑走路1本あたりの需要を17.5万回/年としていたから1本分の基準にも満たない需要であり、ましてや2本の滑走路を整備するなど国の理解が得られるものではなかった。こうしたことから、中部国際空港は、第一期として3,500m滑走路1本(幅員60m)で整備される事となり、将来構想として4,000m滑走路2本を想定する事となった。
これにより、空港用地は473ha、地域開発用地等を含む空港島面積は約580haとなり、コンパクトで使いやすい空港を目指そうというワイズスペンディングの発想に行き着いたと捉えて良いだろう(図表1)。
2.中部国際空港の利用実績の推移 -背負い続ける利用促進の壁-
開港した中部国際空港の2005年度の利用実績は旅客数が12,351,727人、発着回数が106,436回を記録し、2007年までは当初の需要見込み(旅客数1,200万人/、発着回数10万回)水準を達成した(図表2)。需要推計に関係した専門家も、資金調達やその他の協力を行った関係主体もさぞや胸をなでおろしていた事だろう。
しかし、国の航空需要推計では2005年から2010年までの5年間に日本全体の航空需要が3割増加する見通しを持っていたのに対し、中部国際空港の開港後3年間は横ばい(厳密には微減)で推移したため、利用促進を図る事が課題となった。
そんな折、2008年にリーマンショックによって世界経済が冷え込み、中部国際空港の利用実績は下降トレンドが顕著となった。結局、開港時の利用実績を上回る(2018年)までに13年を要してしまう(図表2)。そしてまた、新型コロナウィルスのパンデミックが大打撃となって2020年の旅客数は201万人にまで落ち込み、2025年1月時点で確認できる2023年度統計では旅客数も発着回数もがコロナ前の水準に戻っていない。コロナ後の旅客数は復調傾向にはあり、国内線旅客数はコロナ前水準に戻ったものの、国際線旅客数がコロナ前の半分の水準に留まっている事が大きな要因である。
中部国際空港が見舞われている利用実績の伸び悩みの理由は、リーマンショックと新型コロナだけではない。航空需要に対して空港処理能力が逼迫していた首都圏では、成田国際空港と東京国際空港(羽田)の機能強化が続けられた。成田国際空港では2009年にB滑走路の供用が開始された事を契機に2015年まで断続的に発着枠が拡大され、羽田空港では沖合展開によってD滑走路が整備・共用(2010年)されるとともに国際線枠が認められて国際線ターミナルの整備が段階的に進められるなど、首都圏の空港機能の充実強化が推し進められた。発着枠が拡充すれば、就航便数は首都圏に集まる事は避けられず、この点からも中部国際空港としては苦しい展開を余儀なくされて来た。開港直後こそ順調に滑り出した中部国際空港だったが、利用促進の壁と向き合う20年間となった。
3.中部圏における地域別利用空港の現状 -アクセス費用に見る需要流出現象-
中部国際空港の利用促進を図るためには、利用の実態を良く見なければならない。検討調査を受託した筆者らは、基本的な情報として中部圏内の各地域の人々がいずれの空港を利用しているかを統計から整理する事から始めた(現役時代の仕事であったからデータは少々古いが以下にご紹介する)。
図表3は、三大都市圏における居住地域別の出入国空港利用率である。中部圏について見ると、北陸3県は関西国際空港を軸に成田国際空港との使い分けが表れており、中部国際空港の利用率は低い。また、長野県北部と静岡県東部は成田国際空港の利用率が高く、中部国際空港の利用率が低い。そして、滋賀県では圧倒的に関西国際空港の利用率が高い。首都圏では成田国際空港、近畿圏では関西国際空港の利用率が圏域内で9割程度に集中しているのに対し、中部圏では中部国際空港への利用が集中せず、まだら模様となっている。愛知県西部ですら中部国際空港の利用率は8割に留まっている。図表3はビジネス目的の集計結果であるが、観光目的で集計しても同様の結果であった。
次に、一般化費用を用いて、経済合理性の高い空港選択がなされているかどうかを検証した。一般化費用とは、移動を貨幣価値換算したアクセス費用の概念で、運賃に円換算した所要時間を加えて算出する手法である。一般化費用(=運賃+所要時間)が小さいという事は、運賃が安くて所要時間が短い(アクセス費用が安い)事を総合的に表現しているから、利用者にとって経済合理性が高い。
図表4は、三大都市圏の各居住地(原則県単位、中部5県は県内を2分割)から、主要国際空港への一般化費用を算出して居住地別に平均値を図示している。中部圏では北陸3県と長野県南部の一般化費用が高い(色が濃い)事が分かる。これらの地域では国際空港へのアクセス条件が相対的に悪い事を意味している。一方、愛知県西部は東京都や大阪府と同水準に一般化費用が安く、岐阜県南部や三重県北部、静岡県西部は神奈川県や京都府と遜色ない水準(主要国際空港へのアクセス性が良い)である事も把握できる。新たな空港の整備によって東海エリアでは空港アクセス条件が確実に良化したのであり、これらは中部国際空港誕生の効果である。
次に図表5は、居住地から各主要空港への一般化費用を算定した全数値の一覧表である。これをじっくり見ると、中部圏では経済合理性の低い空港選択が行われている事が散見される。例えば、静岡県東部を見ると一般化費用は成田国際空港より中部国際空港の方が安いのに成田国際空港の利用率が高い。同様に岐阜県北部では、一般化費用は中部国際空港の方が安いのに中部国際空港と成田国際空港の利用率が同水準である。同種のことが長野県南部や三重県南部においても言える(以上、図表6赤楕円)。また、愛知県西部では8割が中部国際空港を利用しているものの16%は一般化費用が6倍もある成田空港を利用しており、大きな一般化費用の損失が生じている(図表6青楕円)。
つまり、中部圏においては、中部国際空港が誕生した事により、国際空港へのアクセス費用が多くの地域で安くなり、首都圏や近畿圏と遜色ない地域が増えたものの、わざわざアクセス費用の高い成田空港を利用している人々が多数存在しているのである。換言すれば、アクセス費用の安い地域(中部国際空港の背後圏)からの需要流出が生じている事を示唆している。
これは、就航先都市数と直行便数(一週間における発着便数)の多寡が空港選択に大きく寄与している事を物語っている。つまり、中部国際空港へのアクセス費用が安くても、行きたい都市へ乗りたい日に出発する便が無ければ中部国際空港を選択する事ができないのは自明だからだ。
従って、中部圏から首都圏等に流出している航空需要を中部国際空港が取り込むためには、就航先都市数と直行便数を増やす事が効果的で、関係者の多くが認識している事なのだが、これは「ニワトリと卵」の議論に陥ってしまう。需要が無ければ就航便を増やす事が叶わないからだ。就航便を増やす事が出来なければ需要流出を止められない。
結局は、中部圏の需要を増やすためにはどうしたら良いかに立ち返らねばならないのだが、これは容易な事ではない。例えば、県単位で見る出国率(出国者数/居住地人口)には差があり、出国率は1人当たり県民所得と一定程度の相関関係がある(図表6)。東京都は一人当たり県民所得が高く、出国率もひときわ高いから国際線需要が高い地域と言える。一方、愛知県の1人当たり県民所得は神奈川県と同水準だが、出国率は神奈川県よりも低い。静岡県も同様だ。つまり、経済水準に応じた出国率が顕在化していない県が中部圏には数多く存在する。ここを潜在需要として開拓する事も一つの課題と言って良いだろう。但し、出国率は県民性をはじめ産業構造等による要因もあり、一夕一朝で解決する問題ではない。
また、中部圏には日本一のモノづくり産業の集積があるが、産業側からの航空需要をもってしても、現状の利用実績なのである。ビジネス目的の需要の一定程度が、就航先都市と直行便が充実している首都圏の2つの国際空港を優先して利用している事だろう。
一方、コロナ禍による航空旅客の落ち込みが国際線で復活しない現状を顧みると、中部圏としてインバウンド需要を取り込むべく国際セールスに注力する努力は必要だろう。円安が進行している状況下で、インバウンド需要を掴めていないのは地域経済としても機会損失と捉えねばなるまい。
いずれにしてもコロナ前の利用実績まで復活する事が当面の課題だが、中部国際空港の誕生に至るまでに地域が投じた労苦と掲げた理想を思えば、それ以上の需要創出を目指さねばならない。開港後20年間は利用促進との戦いであったが、中部国際空港は需要創出の宿命を背負い、現状までその壁と向き合っている空港とも言える。将来構想に掲げた2本目の滑走路の実現に向けて、打開の糸口がどこにあるかを次稿で考えたい。
(その3に続きます)