Vol.2 リニアの経済効果に見る期待と課題 -名古屋圏の頑張りどころ―

1.歴史的に大きな経済効果

リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業による経済効果は、交通プロジェクトとしては歴史的な大きさになると見込まれる。高速道路や新幹線と言った社会資本の経済効果は、50年便益という指標で表現される。一定の理論に基づいて50年便益を算定すれば、道路でも鉄道でも空港でも比較して良いという考え方で、わが国の社会資本整備の手続きでは、その必要性を評価するうえで重要な指標となっている。

私は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(以下、MURC)在職時代に、社会資本の経済効果を分析する多くの業務に携わった。東海北陸自動車道、東海環状道路、新東名高速道路、新名神高速道路、三遠南信自動車道、中部国際空港などを含め、性格の異なる多種多様な社会資本を扱った。その中にリニアもあるのだが、その算定結果は実に記憶に残る大規模な効果額となったのである。

MURCが算定したリニアの経済効果(50年便益)は10.7兆円(図1)。新東名も新名神も10兆円を超えることはなかったが、リニアは少なく見積もっても10兆円を超える経済効果が得られることが分かった。交通プロジェクトとしては歴史的な規模だ。今後の日本経済の成長率の見通しが厳しく、折しものコロナ禍で先行き不透明感が増す中で、最も明るいプロジェクトはリニアと言って良い。東京五輪も大阪万博も明るい話題だが、リニアほど日本経済を浮揚する効果が期待できるものはない。

だから、リニアの経済効果を最大限に生かす取り組み、或いは経済効果をさらに引き上げる工夫を国土的観点から議論する事は大変意義深いと思うのである。

図1 リニア開業による経済効果

2.地域別には大きな濃淡が顕在

10.7兆円の経済効果は、日本全国に均質に発現するわけではない。むしろ地域別に大きな濃淡が生じる。リニアによって大きな経済効果が発現する地域の条件は二つある。第一は、時間短縮を享受する地域であること。第二は現在の産業経済集積が大きいことだ。

第一の時間短縮を享受する地域とは、端的に言えばリニアの駅ができる地域を指す。リニアを容易に利用して時間短縮効果を存分に活かすことが出来る地域である。名古屋で言えば、現在は品川までの所要時間はのぞみ号を利用して約90分だが、開業後のリニアを利用すれば約40分で往来可能となり、利用者は50分の時間短縮を享受する。このように時間短縮が大きな地域が第一の条件を持ち合わせるわけだ。

第二の産業経済集積とは、GRP(地域内総生産)の大きさで表現できるもので、多様な産業による経済活動量が大きな地域がリニアの経済効果を吸い上げる傾向が生じる。仮にGRPが同じであっても、地域によっては産業構造が異なる場合があるので、経済効果の発現傾向が変わる。特に人が動くことで取引が交わされるサービス産業が集積する地域はリニアの経済効果を吸着することができる。

そして、この二つの条件の双方を持ち合わせている地域こそが、リニアの経済効果が最も大きく得る地域となるのである。それは東京都だ。東京都は品川にリニア駅ができるから都民は時間短縮効果を享受しやすい。そして金融業を筆頭にわが国最大の産業経済集積があるから、二つの条件を高い次元で兼ね備えているのである。図2のグラフをご覧頂ければ東京都の帰着便益(東京都に出る経済効果)が他の地域よりも格段に大きいことがお分かりいただけると思う。そして、東海地域を含むリニア沿線地域でも二つの条件の充足レベルが異なるため、沿線地域の中でも濃淡が生まれることもお判り頂けよう。

図2 都道府県別帰着便益

3.このままだと東京経済の中枢化を助長する

リニアによる経済効果が東京都に集中して発現する事が見通されるので、このままでは東京の経済の中枢性は一層高まることが想定される。東京の経済力が高まれば日本の経済エンジンとして機能するのであるから日本経済をけん引するが、vol.1で指摘した通り高コスト構造の国土から脱却する事はできない。換言すれば、日本の企業や家計は高コストを負担しながら東京による経済のけん引に身を委ねる構図となるのである。

望ましくは、リニア沿線地域全体が経済効果をより大きくすることで、東京だけに依存することなく日本経済をけん引する国土に構造転換を図って行くことが理想的だ。つまり、東京以外のリニア沿線地域に経済効果が大きく生まれるようなプロジェクトを創出していく必要がある。それが実現すれば、リニアのもたらす経済効果は10.7兆円よりも大きくなり、日本経済の浮揚力を更に高めていくことになるから、沿線地域の取り組みは極めて重要だ。

4.名古屋圏の課題と役割

愛知県の帰着便益額(愛知県に発現する経済効果)は東京都や神奈川県以外の地域と比べれば大きいが、東京都の帰着便益額とは大きな乖離がある。愛知県には日本一の製造業集積があって、戦後の日本経済の成長を強く支えてきた地域であり、名古屋にはリニアの駅が整備されるから、前述した二つの条件を満たしているように見える。にも拘わらず、東京都に発現する経済効果には遠く及ばない。

その原因は何か。実は愛知県の県土構造にその原因は潜んでいる。製造業日本一の集積を誇る愛知県であるが、その集積は西三河地域に集中している。しかし、西三河地域は名古屋駅からのアクセスが良くないのである。図3はリニア開業の前後で品川への時間短縮率の大小を示している。ここで分かるのは、西三河地域におけるリニアによる時間短縮効果は、尾張地域に比べて少ない事がお分かりいただけよう。象徴的な例は豊田市。名古屋駅から鉄道で豊田市に向かうとおよそ1時間を要してしまうため、リニアが開業しても品川への時間短縮効果が限定的になってしまうのだ。つまり、豊田市をはじめとする西三河地域は、製造業の集積は大きいものの、リニアの時間短縮効果を享受し難い地域となっているのである。リニアの経済効果を大きくする二つの条件のうち、時間短縮条件が備わっていないのだ。この西三河地域へのアクセシビリティを改善すれば、愛知県に発現するリニアの経済効果は一層大きくなるわけで、その結果、日本全体の経済効果も10.7兆円から増進し ていくこととなる。それゆえ、産業集積のある西三河地域への名古屋駅からのアクセスを向上させることが有効だ。リニアで名駅に降りた乗客が、鉄道でも高速道路でもモードを自由に選択してスムーズに西三河地域に移動できるようにインフラアップするのである。筆者は、①名駅への高速道路直結、②名鉄三河線の豊田方面への直通特急の運行、③鉄道各社によるリニア接続ライナーの運行をこれまでに提唱してきている。

図3 リニア開業による名古屋圏の時間短縮率

一方、名古屋市は二つの条件を具備している。リニア駅がJR名古屋駅の地下に整備され、サービス業を中心に東海地域随一の経済集積を誇っているのであるから、名古屋市に帰着する便益は大きい。別の言い方をすれば、愛知県の帰着便益のうちのほとんどが名古屋市に帰着することが見通され、名古屋独り勝ちの程なのだ。しかし、このことで名古屋市はヌクヌクト喜んでいるわけにはいかない。折しものコロナ禍で、東京一極集中の是正の必要性が再認識される昨今、名古屋市が国土における諸機能の受け皿となるような街づくりを展開していく機運が高まりつつある。名駅地区を中心に市内の随所に業務機能、商業機能、交流機能、居住機能の集積を計画的に高めていく取り組みを進めていかなければならない。さすれば、名古屋市の帰着便益はさらに高まることは論を待たない。

このように、名古屋圏はリニアの経済効果を享受する地域ではあるものの、日本経済の成長力を押し上げ、けん引していく自負を持って、リニアを最大限に生かす地域づくりをしていくことが使命だと銘じて大胆な地域づくりに取り組む必要があると思っている。

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