Vol.186 公立大学の新設を打ち出した四日市市の挑戦  -高等教育の強化が人口問題に寄与する道は-

三重県四日市市が公立大学の新設を検討している。場所はJR四日市駅前を想定し、三重県における若者定着の一翼を担いたいとしている。この構想に接し、新設する公立大学が担うべき役割を考えてみたい。大学の新設が若年人口のダム機能を果たせるかが本構想の成否を分ける。人口減少下で四日市市が挑む持続的成長シナリオの論点は何か。

1.人口のダム機能を果たせるか  -大学が若者の通過点にならないために-

三重県の人口は、2020年国勢調査によると177万人で、2005年をピークに減少傾向で推移している(図表1)。少子高齢化がもたらす自然減と、転出超過がもたらす社会減の同時進行による人口減少だ。このうち、転出超過の中心となっているのは若年人口で、20~30歳代の県外流出超過が課題視されている。つまり、進学・就職・転職を契機として若者たちが三重県から流出を続けているのである。

中でも三重県が課題視しているのは、県内大学の受け入れ許容量の少なさである。図表2は、県民の大学進学者数に対する県内大学入学者数の比率を都道府県別に比較したものだ。100を超えていれば、県民の大学進学者数よりも県内に入学する者の数が多く他県からの流入が大きい事を指し、100を切っていれば他県に進学している者が多く他県への流出が大きい事を指しており、三重県は46.7で全国最下位となっている。つまり、三重県では高校卒業後に若者が他県に流出しており、その原因は県内大学の受け入れ許容量が少ない事によると捉えている訳だ。

別の統計によると、三重県の大学進学者のうち、三重県内の大学に進学する者の割合は2割に留まっており、県外が8割となっている。県外の進学先は、1位が愛知県(約40%)、2位が三重県(約20%)、3位が大阪府(約8%)、4位が京都府と東京都(各6%)となっている。大学進学者の多くが愛知県に転出している状況だ。

こうした三重県の人口問題を踏まえ、四日市市が公立大学の新設構想を立ち上げた。三重県民の大学進学の受け皿となり、四日市市が三重県における人口のダム機能を果たそうという意気込みが伺える。但し、事は容易ではなく、四日市市が公立大学の新設に当たって入念に検討すべき課題があると筆者は考えている。

図表3に見るように、四日市市の人口は2020年国勢調査で30.5万人を維持して三重県では最大であるが、今後は人口減少が見込まれている。県下最大の都市が、大学を創設して進学者の受け皿となり、人口減少に歯止めをかけようとする姿勢は、県土振興においても、都市経営においても非常にアグレッシブな挑戦だ。

2.名古屋市における人口動態に学ぶべき示唆   -学生は集めるが就職で東京に送り出す-

図表2で愛知県を見ると121.8であるから、愛知県は大学生を他県から集めている(流入超過)県であると分かる。その中心が名古屋市であることに疑問の余地はない。しかし、名古屋市の人口動態を見ると、社会増減(日本人)において20~24歳は社会増であるが、その他の年齢層では転出超過となっている。とりわけ、東京への転出超過が大きく、対東京に限れば全年齢層で転出超過だ(図表3及びvol.165ご参照)。

つまり、名古屋市には大学の立地集積があるため中部地域から多くの入学者数を集めているが、その一方で東京との関係では流出超過が更に大きいため(特に、20~39歳)、その結果名古屋市の人口は日本人に限れば社会減になっているという構造だ。ここから得る教訓は、大学が近隣地域から進学者を集めていても、卒業後の就職、転職で東京に転出するボリュームが大きければ、大学は若者たちの通過点になっているに過ぎないという点だ。

この現象の原因は産業構造にあり、名古屋市内に若者たちの活躍機会となる産業集積が不足している事が東京への流出を招いていると筆者は考えている。大学で学んだ知識や育んだ価値観に対し、名古屋市に集積する産業でマッチングしないのは、名古屋市産業の付加価値創出力が東京に比して低い事が要因と見ている(vol.154ご参照)。

こうした事を踏まえれば、四日市市が公立大学を新設するに当たっては、大学が通過点にならないような対策を講じておく必要がある。三重県内の大学進学許容量を増やすことは一義的に大切な事だが、大学卒業後の若者が地元に定着できるよう十分に配慮をする事が、公立大学の創設に求められる重要なミッションだ。

3.地域に定着して活躍する人財 vs グローバル人財   -二律背反とならない人財育成を-

地方の公立大学では、育成する人財像について「地域に定着して活躍する人財」と「グローバルに活躍する人財」を掲げることが多いが、この両者は二律背反的に捉えられる場合もあり、時として散漫な議論となる。究極的には、「地域に根差しながらグローバルに活躍する人財」を育成する事が理想で、これが実現すれば地域の活性化に寄与できる。

但し、グローバルに活躍する人材の輩出はにわかに成し得るものではないので、地域に定着する人財を育成しながらステップアップするロードマップを描くことが現実的だ。四日市市の公立大学においても、こうした観点に立って大学経営の在り方を考えていく必要があるだろう。

しかし、地域に定着する人財の育成を目指すにしても、名古屋市の大学が若者の通過点となっている状況を見れば、これとて容易な事ではないと分かる。そこを実現する戦略を立案する事が大学新設に当たって重要だ。

そこで、四日市市が公立大学を新設するにあたって立案すべき戦略として3つの視点を進言したい。第一は、学部学科の見極めである。三重県における大学の現状からすると理工系学部学科の強化が課題である事、四日市市には石油化学コンビナートと半導体製造拠点という特徴的な産業集積がある事などを踏まえれば、素材系と半導体系の学部学科の創設が焦点となるだろう。その際、念頭に置きたい事は若者たちのモノづくり離れのパラダイムだ。日本のモノづくりの心臓部とも言える愛知県西三河地域で若者の域外流出が顕在化している(vol.158ご参照)。西三河出身の若者たちは、地元に集積する自動車関連産業をリスペクトしつつも、自分の活躍機会としては捉えず東京に流出しているのだ。従い、四日市市においても単純なモノづくりとしての素材と半導体に関する学問ではなく、情報系に絡む分野として焦点を当てることが望ましい。素材であれば製造ではなく制御分野、半導体であっても製造ではなく集積回路の活用分野を対象とした技術者を育成する学術研究体系を構築したい。

第二は、地域企業との濃密な連携体制の構築だ。四日市市内のコンビナートには三菱ケミカル、コスモ石油、東ソーなど多くの大企業が多数立地し、半導体分野では東芝から独立したXIOXIA(キオクシア)が製造拠点を形成しているため、こうした企業群と共同研究、インターンシップの受け入れ及び卒業生の採用について協力関係を強固に構築する事に拘りたいところだ。企業側は研究体制の強化と実践型人材の確保がメリットになり、大学側としては大手企業への就職有意性を打ち出す事で志望者確保上のメリットになるはずで、win-winの関係を構築できるはずだ。これができないと大学が通過点になってしまう恐れがある。

第三は、起業家の育成だ。各学科でアントレプレナー教育に力を入れ、四日市市や三重県による公的支援制度と絡めて四日市市で起業する人財を輩出し、卒業後も大学や企業と連携して活躍できる体制を整えたい。四日市市で学んだ若者が、四日市市で起業する事は、人口問題においても産業問題においても意義が大きい。

そして、これら3つの視点のいずれにおいてもグローバルに活躍できる人財を育むべく、教育研究者を配置する事が必要となる。単なる地元企業斡旋大学ではなく、世界に通ずる知識を修得し、世界を視野に活躍する気概を育む大学であることを印象付けたいところだ。

四日市市が新設する公立大学が、三重県における若者の学びの受け皿になるとともに、地域に立地する企業と連携関係を有しながらワールドワイドに活躍する人材を輩出する大学となれば、このアグレッシブな挑戦は四日市市の持続低成長に重要な成果をもたらすだろう。開学に向けた今後の取り組みに期待したい。

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