知立市は愛知県西三河地域に位置し、知立神社の門前町として由緒ある歴史とともに発展してきた。モノづくり拠点地域と名古屋市の間に立地し、交通の要衝としての好条件とも相まって人口増加が続き、現在の人口は7.2万人となっている。日本全体が少子高齢化問題に直面する中で、今でも自然増を続けている稀有な存在であるが、近年は総人口が減少に転じた。西三河の玄関とも言える交通結節都市は、都市経営の岐路に立っている。
1.愛知県知立市の特性 -自然増を続けている高密住宅都市-
東海道五十三次では三十九番目の宿(池鯉鮒(ちりふ)宿)が江戸時代に整備され、本陣1つとと脇本陣1つを構える宿場町として栄えた。近代に入ると、名古屋鉄道の名古屋本線と三河線の分岐点となる知立駅が設置されるとともに、主要国道(1号、23号、155号、419号)が整備され、交通結節拠点となった。
市域面積は16.31km2と小さいが、名古屋市から30km圏内と近く、豊田市や刈谷市などの日本を代表するモノづくり拠点都市に近接する事なども相まって、これらの都市に職場を持つ人々のベッドタウンとして発展した。人口密度は4,438人/km2と高い一方、昼夜間人口比率は78.06と低く、居住機能に特化した高密住宅都市と言える。名古屋市緑区の人口密度が3,260人/km2であるから、人口密度の高さが東海地域でトップクラスである事が伺える。
住宅都市であるから、市税に占める個人市民税の割合が41.3%と高く、固定資産税と合わせて市税に占める割合は8割に及ぶ。こうした税収から子育てや教育に力点を置いた政策に予算を割いてきた事が奏功し、若い子育て層に支持されてきた。人口の年齢構成も30代を中心に若い層の人口が厚く、高齢化の進行は全国平均と比べて遅い。
順調に人口増加を遂げてきた知立市だが、R1年(2019年)をピークに人口が減少に転じた(図表1)。住宅都市の都市経営においては、人口の減少や高齢化の影響は大きい。知立市の都市経営環境は、転換期に入ったと考えるべきだろう。
2.知立市の都市経営は岐路に立っている -人口減少による財政への影響は必至-
知立市の人口動態を自然増減と社会増減に分解すると図表2となる。最大の特徴は、自然増を維持している事だ。少子化の進展により自然減が全国的に構造化している現代においては稀有の存在である。子育て層の厚さがここに表れている。一方、社会増減は、R1年(2019年)から社会減となった。これ以降、「自然増<社会減」の構図に変化した事から、人口減少へと転じたと概括できる。
知立市が迎えている転機の構造を更に良く知るためには、拡大した社会減の状況を詳しく分解する必要がある。図表3は、知立市の社会増減を地域別・年代別に集計したものだ。世代総数で見ると、名古屋市を除く「県内」からは社会増で、30代を中心に転入者が多く(主として近隣市町から)、子育て層に支持されている様が見て取れる。しかし、社会増はこの地域からだけで、その他の地域にはすべて社会減となっている。特に、愛知県を除く中部地域、北陸・甲信越地域、名古屋市、首都圏に社会減が大きい。
年代別に見ると、20代と10代の社会減が目立つ。この年代の若者が、市外に転出超過している事が特徴として浮かび上がる。中でも着目すべきは、若者の首都圏と名古屋市への転出超過だ。子育て層を惹きつける一方で、知立市で育った若年層が高校や大学卒業を機に市外に流出している。そして、一度流出した若年層は、その後の年代になっても知立市に戻ってきている気配はない。維持している自然増以上に、若年層の流出が大きくなった事が、人口減少へと転換した主因と捉えて良いだろう。
他稿(vol.154ご参照)でも述べてきたように、若者は付加価値創出力の高い都市に惹きつけられている。それが大都市の吸引力という事で、知立市の若者も例外ではなかろう。都市の付加価値創出力を高めるためには産業振興が重要で、機能としては中枢機能、業種としては高付加価値業種の集積を誘導する事が有効だ。しかし、知立市のような住宅都市が産業都市へと政策を大転換する事は容易ではない。だからと言って現状を放置すれば、税収は落ち込み、都市経営は困難な状況へと陥ってしまう。この転換期にあたっては、知立市の資質を最大限に活かした税源涵養に打ち手を尽くす事が肝要だろう。
3.交流消費の獲得を軸に税源涵養を -付加価値創出力と居住地としての魅力向上にも-
知立市では、知立駅の立体交差化事業が進展しており、これに合わせて駅前広場の整備や区画整理事業が推進されている。交通結節性を特質とする知立市のゲートウェーで新陳代謝が進もうとしているのであるから、都市経営の転換期にあってはこれを活かすことが定石だ。また、中長期的にはリニア中央新幹線(以下、リニア)が品川~名古屋間で開業を控えているから、名古屋を介した広域的な交通条件の変化も念頭に置く必要もある。
若年人口の流出を主因として人口減少が進むと、高齢化の加速が同時進行的に起きる。人口の減少は家計消費の消失を意味するから知立経済は縮退するとともに個人市民税が減収するし、高齢化は扶助費の増加に直面する事となる。従って、財政運営が厳しくなることが必至だから、苦しくなる前に税源涵養に狙いを定めた打ち手が必要だ。そこで、3点を進言したい。
第一は、交流消費の獲得だ。家計消費の減退に直面するのだから、これに変わる消費需要を獲得しなければ知立経済は縮退の一途を辿る。知立駅の立体交差化事業に合わせて、鉄道と自動車交通の結節性を高め、この交通結節点に交流人口が滞留して消費する仕掛けづくりが必要だろう。駅前広場の整備は計画があるようだが、平凡な計画で終わるのは勿体ない。多モード交通が結節する利便性を追求した交通広場となるよう知恵を絞りたいところだ。四日市市が進めているバスタなどは参考に値するだろう。そして、鉄道と自動車を乗り継ぐ人々にとって、滞留時間を快適に過ごせるように利便機能や商業機能を適度に導入する事が交流消費を獲得する基本だ。
また、知立まつりをはじめとする観光資源に関しては、リニア時代を想定して来訪客の増加を念頭に置いた受け入れ環境の整備が必要だ。観覧空間を確保するとともに、休憩機能も必要になるし、観光バスの乗降や駐車を円滑に処理できる計画も必要だ。観光資源を交流消費に結びつける姿勢が求められる。
第二は、付加価値創出力の向上に向けた取り組みだ。産業都市への転換ではなくとも、駅周辺地区における産業機能の強化は考えた方が良い。リニア時代にポテンシャルが高まる名古屋市の都心に立地にする産業機能の代替の受け皿を用意する事も考えるべきだ。また、知立市内で活躍するミッションドリブン人財(経済処遇と社会貢献を両立して取り組む人財)に焦点を当て、こうした人財の輪に加わりたいと若者たちが発起するような情報を発信する事も必要だ。
第三は、居住地として選ばれる都市魅力の向上だ。交通条件が良くて子育て政策が充実している知立市だが、今後はDX型の都市サービス・公共サービスを高度に提供する事や、公教育のリデザインに取り組むことが望ましい。共働きの夫婦世帯にとって、DX型のサービスの充実や高質な公教育は居住地選択における重要な条件となるはずだ。住宅都市としての資質を一層に磨き上げる上で重要なテーマになるだろう。
自然増を維持してきた知立市でも、人口増加の時代は終焉を迎えている。しかし、知立市には誇るべき資質があるのだから、これを活かした税源涵養策を積極的に打ち出すべきだ。中でも交通結節性は得難い資質であるから、ここに軸足を置いた都市経営への舵取りを期待したい。愛知県西三河地域にキラリと光る存在感を打ち出す好機と捉え、勇躍して取り組んでほしい。