「DX+コロナ」でリモートスタイルが生活様式に根付き、「脱・東京」の潮流が萌芽しているが、愛知の人口は東京に吸い出され続けている。住民基本台帳で中部5県から東京への人口流出状況を見ると、愛知の流出超過傾向が突出して著しい。一方、長野県と静岡県ではコロナ禍に入って転換の兆しも見える。リニア開業による立地条件変化が生まれないと愛知県の人口流出は止まらない恐れもある。
1.コロナ禍前後の東京への流出状況の変化 -中部では愛知だけが顕著に流出-
人口は自然増減と社会増減の合計で変動する。このうち、少子高齢化問題が直撃するのが自然増減で、転出・転入の影響を受けるのが社会増減だ。本稿では社会増減について焦点を当てる。中部5県(長野、岐阜、静岡、愛知、三重)について、東京への人口流出入状況を住民基本台帳で見てみたい。コロナ前のR1(2019)年とコロナ禍に入って2年目のR3(2021)年を年代別に比較したものが図表1だ。プラスが流入超過、マイナスは流出超過を表す。
5県とも共通しているのは、15~29歳で東京に流出超過となっている点で、これは中部に限らず日本全体の構造となっている。全国の若者たちが進学や就職を機に東京に集まり、国土の東京一極集中が続いているのであって、中部5県も例外ではないことが分かる。
次に、各県の特徴を見ると、愛知県だけが全ての年代でマイナスとなっており、合計で見るとR1では約8,000人、R3では約6,000人が東京に流出超過となっており顕著だ。特に愛知県で目を引くのは、30~44歳での流出超過傾向が大きく、45~59歳でもその傾向は続き、不思議なことに60歳以降でもわずかだが流出超過となっている。30~44歳の子育て期の流出超過が大きいから子連れで転出していると解され、0~14歳の人口も流出超過となっている。
一方、長野と静岡では30~44歳の人口がR3年に流入超過に転じた。長野県では長野新幹線沿線地域で、静岡県では東部地域で東京からの転入が増加した模様だ。「DX+コロナ」で発生した脱・東京の潮流が、長野県と静岡県には及び始めているものと考えられる。長野と静岡は45~59歳と60歳以降でも流入超過が増加しており、長野県ではR3の転出入合計がほぼプラスマイナスゼロとなった。岐阜と三重は東京への人口流出超過量は相対的に規模が小さい。
このように、中部5県の中では愛知から東京への人口の吸い出され続けている傾向が著しい。但し、愛知は、中部の中の近隣県から多くの人口を吸着しているため、これが東京への人口流出を埋め合わせており、愛知の社会増減の合計は若干のマイナスに留まる(vol.67ご参照)。愛知は近隣から人口を吸着する反面、東京に大きく吸い出されているという構図だ。
2.「DX+コロナ」で萌芽している脱・東京の今後は -日本人のワークスタイル次第-
「DX+コロナ」でリモートスタイルが定着すると、人々は「通勤」というワークスタイルに拘らなくなった。東京の鉄道輸送人員はコロナの沈静期でもコロナ前比で2割減を続けており、通勤という形態が減少していることが裏付けられている(vol.103ご参照)。また、特別区部(23区)の人口がR3(2021)年に社会減に転じたことは、通勤しなくても良いと考える人々が東京を脱出し始めていることを示した。これらは全て「DX+コロナ」が産み落とした「リモートスタイル」に端を発しており、今後の日本人のワークスタイルが、働き方改革とも相まって「通勤大前提」に戻らなければ、コストの高い東京からは人口が流出すると考えて良いだろう。通勤という大前提がなくなれば、安くて住みよい居住地を選択するのが道理だからだ。
但し、vol.57「コロナ禍で鮮明化した東京脱出の動き」でも述べたように、現在の脱出先は首都圏の郊外都市が中心で、首都圏以外では先に見たように長野の長野新幹線沿線地域や静岡東部地域などに限定されている。これは、「東京に居なくても良い」が「東京に行けなくては困る」という新しい前提が居住地選択の条件となっていることを示唆している。従って、現時点で東京からの脱出先とはなっていない愛知は、東京からの時間距離が長いと評価されていると捉えることができよう。
3.「(DX+コロナ)×リニア」で愛知の資質を活かせ -防衛を強める東京との知恵比べも-
通勤を前提とせずリモートスタイルを前提としたワークスタイルが今後も定着していくとした場合、東京という高いコストが強いられる都市は生活拠点としては選ばれ難くなっていくのが自然だ。長い通勤時間と高い家賃から解放された人々は、東京よりも広い居住空間で豊かな暮らしの実現を求め、東京を脱出して時間的・経済的・空間的ゆとりを得てQOLを高めていくだろう。その舞台となるのが、首都圏郊外と首都圏近隣地域に限定されるのはもったいない。
この動きを日本の国土において広域的に普及させていくべきだ。居住地選択が多様化すれば個人のQOLが高まると同様に、産業機能の立地選択をも多様化させれば、企業の立地コスト負荷は低減して経営効率は高まり、日本の産業の国際競争力を再浮上させることに寄与しよう。個人も企業も立地選択の多様化を享受し得る国土とするためには高速交通網の強化が有効で、代表例がリニア中央新幹線(以下、リニア)となる。「(DX+コロナ)×リニア」でリニア沿線地域が東京からの脱出先として選択肢に入ると、脱・東京のトレンドは広域化するだろう。
但し、東京は防衛を強めると思わねばならない。既に、小池都知事はチルドレンファーストを打ち上げているように、東京からの人口や産業機能の流出に歯止めをかけるべく施策を強めていくに違いない。しかし、日本の発展のためには、東京の高いコストを強いる国土よりも、立地選択の多様性がある国土の方が望ましいことは明らか(vol.104ご参照)で、少子化対策においても企業の成長促進においても有効だ。
但し、リニアが開業しなければこうしたシナリオは水泡に帰すため、リニア実現に向けて国土的観点から取り組みを強化しなければなるまい。また、リニアの開業までの期間においては、東京の防衛策に対抗した地方の政策が求められよう。住み良さ、子育てのし易さの観点から、東京vs地方の構図を鮮明化させていくこととなろう。子どもの教育費、医療費の負担をいかに減らすかが当面の焦点となる可能性が高い。既に、大阪は教育無償化を打ち出している。愛知はどのように対抗するか。愛知では30代・40代の人口流出が大きいことを踏まえ、子育て世帯に響く政策について知恵出しすることが急務だ。また、まちづくりにおいても魅力づくりに着実な手を打たねばなるまい。
愛知からは大量の人口が東京に吸い出され、近隣県から人口を吸着して約750万人という大規模な人口を維持している。しかし、近隣県からの人口吸着は減少傾向にあるから、愛知の社会増減の構造は負け越しが顕在化していく可能性がある。愛知県の政策はスタートアップ企業の育成に力点が置かれているが、子育て期世帯の獲得に向けて、総合的な政策パッケージを構築することも重要な課題だ。