Vol.73  「(DX+コロナ)×リニア」 で国土が変わる   -東京一極集中是正の好機が到来-

我が国国土は、東京一極集中の是正が重要課題として長らく位置付けられてきた。累次にわたる国土計画が策定されて様々な取り組みが重ねられてきたが是正効果を上げることはできなかった。ところが、2021年の住民基本台帳の集計で、東京23区の転出超過が明らかとなった。脱・東京の潮流が芽吹いたように映るが、これを国土計画としてどのように受け止めていくべきなのか。今後の日本の国土の望ましい発展のあり方について考えてみたい。

1.国土計画の変遷  -交通インフラの整備は進んだが地方に疲弊が残る現状-

我が国では、1962年に策定された全国総合開発計画以降、5次にわたる国土計画が策定され、その後は国土形成計画にバトンが渡って国土整備の在り方を定めている。図表1では全国総合開発計画の変遷が示されている。表中の基本的課題を見ると、全総では「都市の過大化の防止」、新全総では「国土利用の再編成」とされており、東京一極集中是正の必要性が認識された課題となっている。三全総では「居住環境の総合的整備」、四全総では「世界都市機能の再編成」とあり、これらは地方の活性化を図る必要性を課題視しているものであり、背景には東京一極集中問題がある。五全総にあたる21世紀の国土のグランドデザインでは「国土の安全と暮らしの安心の確保」とされ、阪神・淡路大震災の経験と教訓が色濃く反映された課題設定となったが、東京一極集中が是正されたわけではない。

表中の基本目標をみても、東京一極集中の国土構造を変えたいという狙いが全計画にわたって見て取れる。全総で「地域間の均衡ある発展」、四全総で「多極分散型国土の構築」、21世紀の高度のグランドデザインで「多軸型国土構造形成」と謳われているが、これらはいずれ一極集中を分散する国土のあり方として位置付けられた目標だ。

筆者は長らく民間シンクタンクの立場から国土計画に関わる業務に携わってきた。国土形成計画に切り替わった後は、全国計画と広域地方計画の二段構えとなったため、中部地域の広域地方計画の策定に携わってきた。政策立案の中心にいたわけではないが、一貫して国土計画と歩みを共にしてきた身として振り返れば、達成感と徒労感が同居する。達成感の代表は交通インフラの整備の進展である。高速道路、新幹線、空港、港湾などは確実に整備が進み、水準の向上が全国に広がった(勿論、愛知県もそうだ)。一方で、徒労感の代表は「均衡ある発展」は泡沫(うたかた)の夢であったと思わざるを得ず、悔恨の念に苛まれることだ。多極分散型国土や多軸型国土を目指したことは正しいと今でも思うが、均衡ある発展などは現実性に乏しい。

愛知県の県土は、名古屋市という大都市はあるが、それ以外にも中核市をはじめとする拠点都市が分散していて多極分散型の県土であり、首都圏とは明らかに異なる地域構造だ。その結果、東京圏や大阪圏に比して交通渋滞問題は深刻ではなく、通勤時間も短くて家賃水準も相対的に低いから、空間的・時間的・経済的にゆとりがある。一極集中を是正した方が好ましいことを実感できる県土だ。しかし、国土全体としての東京一極集中は是正されないまま今日を迎えており、その弊害を日本社会全体が抱えている。

2.東京一極集中のもたらす弊害   -高コストを強いる国土構造からの脱却を-

東京一極集中の最大の弊害は、国土が高コスト構造となっていることだ。東京には行政の中枢と大企業の本社が集積しているから、これらに物理的距離が近い場所に居た方が仕事上のアドバンテージが高い。官庁にアクセスしやすい方が情報収集や許認可を得るには都合が良いし、大企業とコンタクトしやすい方が取引を得やすいからだ。このため、邦人企業は東京にオフィスを設置するのだが、その代償として高い立地コストを強いられることとなる。また、地方の若者が東京の大学に進学したいと言えば、親はその背中を押してサポートするのだが、東京での生活を支える仕送りは家計を圧迫する。

つまり、日本の国土は、東京一極集中構造であるが故に、邦人企業の発展や若者の成長の陰で高コストを強いる国土となっている。このことは、日本の国際競争力の低下と無縁ではないと筆者には思われてならない。

一方、地方では進学・就職を契機に若年層が東京に流出するから生産年齢人口が細り、自然減と社会減が常態化している。日本の総人口が減少する以前から、地方の人口は減少を続けている。東京一極集中の国土構造が、日本の企業活動や家計のコスト増を招くとともに、地方社会は人口減少を止めることができずにもがき続けてきたのである。

こうした中、政府は2014年(平成26年)に地方創生を掲げた。東京一極集中の是正と、これに端を発する地方の人口減少問題に対応するため、国が打ち出した政策パッケージである。国の総合戦略を示した上で、人口減少を直視した地方人口ビジョンを踏まえた地方版総合戦略を地方自治体に策定させ、そこに掲げられる施策に対して地方創生交付金が予算措置されることとなった。また、政府系機関の地方への移転・新設、国家戦略特区や構造改革特区などの制度を設け、地方における若者の活躍の場の創出と定着を図る取り組みが展開されて今日に至っている。

このように、累次にわたる国土計画に地方創生が加わり、これらの両面から取り組まれてきたのであるが、東京一極集中は根源的に是正されていない。それほどに根が深く、容易ならざる課題なのである。

3.潮目をもたらしたのは (DX+コロナ)   -今後の期待は (DX+コロナ)×リニア-

2020年に新型コロナウィルスの感染が世界的に猛威を振るい、我が国でも緊急事態宣言が発出される事態となると、リモートスタイルが一気に定着した。折りしもDX時代の到来と言われていたタイミングであったことと相まって我々のワークスタイルが一変した。すると2021年の住民基本台帳では東京23区が転出超過に転じたことが確認された。(DX+コロナ)で脱・東京の潮流が芽吹いたのである。まさに、潮目とみるべきではなかろうか。

(DX+コロナ)がもたらしたのは、居住地選択と企業立地におけるパラダイム変化である。勤め先への通勤の容易さ、中央官庁や顧客との物理的な距離を最優先してきた立地選択に歴史的転機が訪れ、これらを最優先しない価値観へと転換させた。人々は「通勤し易さ」を最優先とせず、「住み良さ」を重視して人口が東京から脱出し、事業所も東京から脱出する傾向が生まれたのである。

そして、今後は「(DX+コロナ)×リニア」の時代を迎える。現時点では東京からの脱出先の多くが首都圏内にとどまっているが、リニアが開業すると、居住地や企業立地の選択行動は広域化する事が見込まれる。リニア沿線地域が新しい選択肢となるのだ。この時、東京一極集中の本格的な是正が始まる可能性がある。筆者は、「(DX+コロナ)×リニア=名古屋圏の時代」だと発信している。これは、名古屋圏が一極集中是正の受け皿となるべく使命感を認識して頂けるように促す趣旨で申し上げている。

名古屋圏は、長年にわたり是正できなかった国土上の課題を克服する重要な役割を担わねばならない。名古屋に立地した邦人企業は高コスト負担から解放されて国際競争力が向上しよう。空間的・時間的・経済的にゆとりのある名古屋圏に生活基盤を築けば、国民は豊かさを享受できる。国土的観点から見ても、名古屋圏の持続的発展の観点から見ても合理的なのだ。

しかし、リニアの開業をただ待つだけでは、こうしたことは実現しまい。名古屋圏は選ばれる地域となるべく、地域磨きをしなくてはならない。とりわけ、名古屋市は業務中枢機能の受け皿となるべき都心整備を急ぐ必要がある。そして、名古屋圏に憧れを持ってもらえるようなブランド性を培っていくことが何よりも重要だ。いかにしてブランド性を確立していくか、地域は汗をかいて考え、対策を実行しなければならない。

また、国には一極集中是正の受け皿となることを企図した地域整備に対して交付金を措置し、本社機能の移転を実践する企業に対しては助成する制度を設けて頂きたい。国土計画として制度化するのか、地方創生として制度化するのかは議論の余地があるが、半世紀以上にわたって課題視してきた国土構造を変える好機に投入を惜しんではならない。

東京一極集中の是正に向けて動くとき、東京都は異を唱えるであろう。しかし、実際には一極集中の是正の動きが本格化したとしても、東京が首都であり、国内最大都市であり、日本経済の中枢であることに変わりはない。一部の企業がダイナミックな東京転出を行うとしても、名古屋圏で受け止められるのは限定的だ。企業活動の中心は東京にあり続けるだろう。取引を増やしてGRPを生み出す拠点は東京なのだ。このGRPを支える業務を地方で行う割合を高めていくことが望ましい。

本社機能が東京から移転するともに、東京本社機能を支える機能を地方が担う。こうしたことがバランスよく進むとき、日本の国土は新しいステージに立つことになる。その機会が到来するのは「(DX+コロナ)×リニア」の時代だと筆者は考えている。

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