名古屋市は、産業振興ビジョン2028(2022.4策定)を掲げて産業経済の活性化に取り組んでいる。その中核に位置づく戦略はスタートアップ支援をはじめとするイノベーションの促進だ。この姿勢を筆者は支持したい。但し、今後の名古屋市が置かれる状況を見通す時、イノベーションだけで市の産業経済を持続的成長に導くことは困難になるとも考えている。イノベーション環境を整えながら、リニア時代の国土における名古屋市の産業構造改革に向けて、次なる段階を展望しておきたい。
1.現行ビジョンの特徴 -イノベーションを中核に置いた政策体系-
名古屋市が2022.4に策定した現行の産業振興ビジョンの特徴を整理しておきたい。まず、現状と課題の捉え方だが、丁寧かつバランスよく名古屋市の産業構造がまとめられている(図表1)。中部圏にモノづくり産業の高い集積がある事から、こうした産業との繋がりを持ちつつ、名古屋市の産業の中心は卸・小売業とサービス業で構成され、サービス業の中では飲食関連業のウェイトが高いのが現状だが、医療・福祉業、学術研究・専門・技術サービス業の従業者数が増加傾向にある事を近年の特徴として指摘している。
また、人口の社会動態では若者の東京への流出が顕著である事、コロナ禍以降は東京を中心に転職なき移住が増加した事、その背景にはテレワークが普及した事などを指摘した上で、こうした動きには注視が必要とするとともに、東京一極集中へのリスクに対応するため多核連携型の産業立地が必要であるとも指摘している(図表1赤下線部分)。
その上で、産業振興ビジョンの施策の柱は3本立てとしており、01「スタートアップ・エコシステムによるイノベーションの創出促進」、02「レジリエンスを備え挑戦を続ける中小企業の支援」、03「人材への投資と活躍できる環境の整備」で構成されている。
施策体系で目立つのは、スタートアップをはじめとするイノベーションの促進に力点が置かれている事で、起業家・イノベーション人材の育成やスタートアップコミュニティの形成などがハイライトとして映る。また、中小企業支援では従来から取り組まれている創業や事業継承支援、経営基盤の安定化支援に加えてGX、DX、SDGsの推進支援が位置づけられている点も時宜を得た施策体系と評する事ができよう。
このように、名古屋市の産業振興ビジョン2028は、どこに出しても恥ずかしくなく、批判を受けないプランになっていると解せる。但し、その反面、尖りを感ずることもなく、強い危機意識の上で練り上げられているとは伝わらない。筆者は、図表1で赤い下線を引いた部分への対策が強く打ち出される事を次のステップとして期待したい。
2.若者の東京流出への対峙 -産業構造改革による付加価値創出力強化が鍵に-
今、名古屋市は衰退前夜に立っていると筆者は捉えている。2024年は人口減少局面への転換直前にあり、その導火線となっているのは少子高齢化による自然減の拡大と、若者の東京への流出超過が大きい事による日本人の減少だ(vol.157、165ご参照)。若者が東京を目指す理由は、やりがいのある仕事が東京に偏在しているからで、これを表す指標としては付加価値額が有効と見ることができる。他稿でも述べてきたように社会増減の多寡は、立地する企業の平均規模水準と一人当たり純付加価値額で統計的に説明できるからだ(図表2、vol.154より再掲)。
若者の流出を抑止し、日本人の社会減を増加に転じさせる努力をしなければ、名古屋市の人口は今後減少を加速させることとなり、その先には人口再生産力の更なる低下と、家計消費の消失による市内総生産の縮退が待ち受けている。
名古屋市からの若者流出を抑止するためには、市内産業の付加価値創出力を強化していく必要があり、人口動態上の課題に対峙するためには産業振興ビジョンが極めて重要な役割を担う事となる。名古屋市にやりがいのある活躍機会を増やすことが若者を惹き付ける都市になるのであり、そのためには産業の機能と業種に着眼した産業振興戦略を立てねばならない。機能については本社機能の立地誘導を行う事が重要で、付加価値創出力が上がると同時に市内企業の平均規模を押し上げる事に寄与する(図表2の第一説明変数X1)。業種については、1人当たり純付加価値額が大きい高付加価値業種の集積強化を図る必要があり(図表2の第二説明変数X2)、情報通信業、金融・保険業、学術研究・専門・技術サービス業、医療・福祉業が代表的な業種だ。
産業振興ビジョン2028の中では、医療・福祉業と学術研究・専門・技術サービス業の従業者数が増加傾向であることを指摘しており良好な傾向だが、こうした高付加価値業種を一層に強化する対策は位置づけられていない。また、機能として重要なターゲットとなる本社機能誘致についても位置づけられていない。こうした事が、危機感の上に立った尖りのある計画として感じられない原因となっている。
3.「支援」から「誘導」へのシフトチェンジを -「育てる」から「掴み取る」への転換も必要-
高付加価値業種は、いずれも第三次業の中にあるため、第三次業を細分化して現状の課題を炙り出す必要がある。図表3は、第三次産業にお行ける知的集約型業種(高付加価値型業種と捉えて良い)の従業員構成比について主要都市比較している(vol.152より再掲)。名古屋市は51.1%で7都市の中では中庸な水準だが、名古屋市の若者の流出先となっている東京都区部(63.1%)との差は大きい。この差を埋めていく取り組みをしなければ若者を東京に吸い出され続けることになる。
一方、スタートアップ支援を核とするイノベーションの創出促進に異論は毛頭ない。それは、付加価値創出力の向上に寄与するからだ。但し、現状の産業振興ビジョンは起業に重点があり、起業後の産業集積の誘導についてシナリオは見えない。つまり、起業して経営が成長軌道に乗った後のオフィス立地についてだ。成長企業の本社が名古屋市に立地する事が最終的なアウトカムへと結びつくため、これを想定した施策が欲しい。
また、本社が圧倒的に集積しているのは東京だが、産業ビジョン2028が指摘しているように人口の脱・東京現象が生じた際には、本社の脱・東京現象も同時に生じている(vol.171ご参照)。将来、リニアが開業した国土を想起すれば、高コスト・ハイリスクを伴う東京立地よりも名古屋の方が本社立地に適していると判断する経営者も生まれるだろうから、これを積極的に誘致する取り組みが望ましい。リニア開業前(現状)であっても、テレワークを多用できる会社であれば、東京に縛られずにコスト効率の良い名古屋を選択する企業も存在するはずだ。
次の名古屋市の産業振興ビジョンでは、現行計画まで取り組んできたスタートアップを中核とするイノベーション促進策に加えて、東京に集中して立地している高付加価値業種や本社機能を名古屋市に誘導していく姿勢を示したいところだ。市内に立地する企業への「支援」から、東京一極集中是正に資する名古屋市への「誘導」にシフトチェンジを期待したい。起業家を「育てる」施策に加えて、東京から付加価値創出力のある機能・業種を「掴み取る」施策への転換とも換言できよう。
名古屋市の産業振興ビジョンは、総合計画に基づく個別計画であると位置づけられているから、総合計画の中で国土における名古屋市の産業集積の在り方を位置づける必要があるのだが、総合計画は2024.9に改定したばかりだ。次の改定においても産業振興ビジョンの方が先行する事になる。是非、産業政策側から若者を惹き付ける都市に転換する姿勢を打ち出し、総合計画を先導するビジョンを次の改定期を期待したい。