名古屋市白鳥地区にある名古屋国際会議場は、1989年に開催された世界デザイン博覧会のレガシーで、数々の国際会議の舞台となった名古屋市を代表するMICE拠点である。白鳥が羽を広げたような施設配置となっており、様々な規模の会議室、ホール等で構成される大規模な国際会議場である。しかし、築30年を越えて老朽化が進んだことから大規模改修を行う事になったのだが、事業者募集は多難の連続だった。
1.改修PFI事業としてスタートしたが… -2度の入札不調でPFIを断念-
施設の老朽化に直面して検討が着手されたこの事業は、建て替えではなく大規模改修を選択し、これをPFI事業として公募する手法を採用した。一般には「改修型PFI事業」と呼ばれ、先行事例は全国に幾つかあるが、恐らく国内で最も大規模な改修型PFI事業に該当したと思われる。
大規模改修をPFI事業として実施する場合、通常のPFI事業とは異なる困難が待ち受ける。第一は予算の精度だ。老朽化した箇所を特定して改修工事費の積算をする必要があるのだが、これが難しい。目に見える箇所は良いとして、目に見えない躯体内部や設備の劣化具合を診断するのは容易ではないから、精度高く積算することが難しいのだ。しかも、大規模な施設の改修となると、改修カ所が多岐・広範にわたるため一層に難しい仕事になる。小中学校などのように概ねのパターンが決まっている建築物とは異なり、完全にオーダーメイドの施設であることも難易度を高める要因だ。
第二の困難は、見えない改修リスクへの対峙だ。PFI事業者として応募する企業側は、改修工事着手後に判明する恐れがある劣化部分に対して設計変更を余儀なくされる場合は、設計変更に伴う予算増額を行政側に求めたいところだ。これは合理的な行為なのだが、PFI事業の場合は債務負担行為によって予算上限が議決されているから、行政側はこの範囲で納められるように対応を求める。このため、企業側はリスクマネジメント上、余裕のある積算を行う事が必要となるから、官民の間で積算見通しに乖離が生じやすい。
そして、これらの困難に加えて、今回は建設資材の高騰が直撃した。2021年初から急騰した建設物価により、工事費が短期間に高騰して行政側が措置した予算を越える事態となったのだ。予算措置をしてから公募を開始し入札までに半年以上を要するため、応札を準備していた企業側がこの間の費用変動に対応できるかどうかが入札成立の分かれ目だ。
こうした苦難と不運が重なり、名古屋国際会議場の改修型PFI事業の総合評価一般競争入札は、2回の不調を重ねることとなった。不調とは、応札者が現れないこと等により入札が成立しないことを指す。応札意思のある企業は存在したものの、各社が積算した改修費用が行政の措置した予算を大きく超えていたため、応札できなかったのである。
1回目の入札不調の後、名古屋市は約100億円の予算の積み増しを行った。しかし、それでも2回目の入札が不調となったのであるから、如何に価格高騰が激しかったかが伺われる。
不調が1回ならまだしも、2回連続となると只事では済まされない。最初に募集を開始した時点から2年近くが経過しているため、改修後のリニュアルオープンの時期に影響を及ぼすほか、事業構造自体を見直すべきではないかという批判にもさらされる。中でも、名古屋国際会議場1号館にあるセンチュリーホールは施設を代表するホールだが、老朽化対策の必要性が最も強く求められていたため、これを放置する期間が長引くのはどうしても避けたいところであり、急ぐ必要があった。
このため、名古屋市は改修型PFI事業を取りやめ、改修型デザインビルド(DB)事業に改めるとともに、工区を1号館と2~4号館に分けることで事業規模を限定するなど、関心企業の応札障壁を下げる工夫をして事業者募集を仕切り直すこととなったのである。行政当局としても苦慮に苦慮を重ねた上での判断であった。
2.事業構造を変更してようやく改修事業者が決定 -改修PFI事業の難しさ-
改修型PFI事業から運営業務を切り離し、改修型DB事業に切り替えて再々募集を行ったところ、2024年4月に2つの工区各々に応札があり、総合評価方式による審査の結果、各工区の落札者が決定した(2024年4月26日公表)。1号館は大成建設株式会社を代表企業とする企業グループが、2~4号館は清水建設株式会社を代表企業とする企業グループが落札した。各工区の応札者は各々に1グループずつで、落札金額は予算内ギリギリの水準であったことから、今回も厳しい入札であったことが伺える。
実は、各工区の落札者はいずれも元施行企業であった。つまり、新設時の施行を実施した建設会社が応札し落札者となったもので、元施行企業以外の企業の応札はなかった事になる。この点も改修型PFI事業の難しさの一面を表している。
改修工事の場合、元施行の建設企業には新設時の図面や工事記録などが残っているから多くの情報を保有しているのに対し、他社はこうした情報面のビハインドを乗り越えて改修リスクを取りに行かねばならず、応札障壁が高いのだ。PFI事業をはじめとする民活では、競争環境の活性化が鍵を握るが、改修型PFI事業の場合はこの点を乗り越えるのは容易ではない。
3.名古屋市のMICE拠点の役割 -交流消費の増進拠点に-
今後の名古屋市は、本格的な人口減少局面へと突入していく。人口が減少すれば家計消費が消失するから、その分、名古屋市経済は縮退する事となる。この家計消費の減少分を補う事ができる代表的な消費需要が交流消費だ。国内外からの交流人口が増えれば交流消費が増進するから、GRPの縮退にブレーキをかける効果が期待できる。
名古屋市はリニア中央新幹線の開業を控えているため、交流人口の増加が期待できるのであるが、ただ開業を待つだけでは経済規模を維持することは容易ではない。交流人口の増加に加えて、滞留時間の増進を図る事が交流消費を増やすために有効なので、滞留を増進する仕掛けづくりを貪欲に取り組まねばならないのだ。
その中核的役割として期待されるのがMICE拠点だ。名古屋市には大規模展示場としてポートメッセ名古屋があり、大規模会議場として名古屋国際会議場がある。これらのMICE拠点の機能を更新・充実させるとともに、機能を最大限に活用するイベントコンテンツの強化を図る事が効果的だ。展示会、会議イベント、音楽イベントなどが年間を通じて高稼働することがまずは必要だが、そのイベントの集客力や注目度を高める事も重要だ。交流人口の獲得と滞留の増進に寄与するからだ。
MICE施設の整備・運営をPFI方式で行う理由は、発信力のあるイベントコンテンツを高稼働させるために設計段階から工夫を凝らし、MICE運営者が施設の機能を最大限に活用したイベント誘致とオペレーションを実践できるように民間ノウハウを結集させることにある。名古屋国際会議場の改修型PFI事業にも、こうしたことが企図されたのであるが、DB方式に切り替えざるを得なくなり、運営業務が切り離されたことは残念なことであった。
今後は、落札した建設企業を中心に改修事業に着手されることとなるが、是非とも運営者や利用者の声に傾聴しながら「選ばれる施設」となるような設計を施してもらいたい。MICE拠点のリニュアルがリニア開業による交流条件の向上とシンクロして、名古屋市への国内外からの交流人口の誘致と滞留増進に貢献し、名古屋市経済における交流消費の増幅装置となる役割を果たすことを期待してやまない。