Vol.165 名古屋市に迫る都市経営問題と回避の処方箋  -趨勢的将来には市経済縮退への道が待ち受ける-

名古屋市は、国内3番目の大都市で経済規模も大きいが、少子化は確実に進行しており、社会移動では日本人に限ると社会減となっている。拠点性の高い大都市でありながら、なぜ日本人が社会減となるのか。そして、この傾向が長期的に続くと何が待ち受けているのか。趨勢的将来に待ち受ける問題を念頭に置き、これを回避する処方箋を考えておく必要がある。手を打つべき期間はリニア開業までの10年だ。

1.名古屋市の人口動向が抱える課題  -最大の課題は東京への若者流出。他にも…-

図表1は、2023年(R5年)の名古屋市の人口動態のうち、社会増減のデータを年齢階層別・地域別に集計したものだ。縦方向は地域別で、各地域との社会増減の状況が分かる。横方向には年齢層別の社会増減が示されている。表中の小計は、日本人だけの合計を3つの年齢階層パターンで集計したものだ。この表の中に名古屋市の人口動向に潜む主要な課題が凝縮されている。

まず、社会増減の総数を確認しておきたい(図表1の①)。11,782人の社会増となっているが、このうち国外からの社会増(主として外国人)が11,951人であるから、日本人に限ると-169人の社会減であることが分かる。名古屋市における日本人の自然増減は、当然にして自然減で推移しているから、名古屋市では日本人に限ると「社会減+自然減=人口減」という人口動態になっている。総人口230万人の維持は、主として外国人の転入超過によって支えられているのだ。

次に、どの地域への転出超過が多いかを見ると、圧倒的に関東に対する社会減が大きく、年齢階層別に見れば全年齢層で関東への転出超過になっている(図表1の②)。つまり、東京への転出超過が非常に大きい(-6,232人)ことが、日本人で社会減となる最大の理由だと分かる。

特に、若い世代の社会増減に留意したい。15~24歳では社会増となっており(図表1の③)、学生層については広域から転入超過となっているものの、25~39歳では社会減で関東に転出超過(図表1の④)している状況が分かる。つまり、名古屋市は学生を吸着する力はあるものの、社会人としての活躍機会を求める層(就職・転職層)は東京に吸い出されている構図が読み取れる。

そして、30代~40代という子育て層が社会減になっているから子供を伴う転出に繋がっており、子供の社会減も大きい(図表1の⑤)。既に自然減が加速している中で、子供の社会減が大きい状態が続けば、名古屋市は今後一気に高齢化都市に加速していくと覚悟しなければならない。

名古屋市の社会増減には、以上のような課題が潜んでいるのであるが、筆者はとりわけ活躍機会を求める若者層の東京への流出が止まらないことに強い危機感を覚えている。

2.趨勢的将来に待ち受ける問題   -このままでは名古屋市経済は縮退する-

以上に述べた名古屋市の人口動態の特徴と課題は、近年は毎年同じ傾向が続いており、中でも東京への流出超過は拡大傾向を辿っており、日本人の社会減の主因となっている。この状況が長期にわたり続けば、名古屋市の人口再生産力は一層に低下することとなり、自然減は加速していくだろう。その先にあるのは、高齢化の加速と本格的な人口減少だ。

人口減少が本格化すると家計消費が消失し、市内総生産(GRP)の減少へと直結する。つまり、名古屋市経済の縮退へと進むことになるのだ。市内の消費需要の減少が商業機能の衰退へと結びつき、名古屋市の基幹産業である小売・飲食業が衰退して産業経済が不活性な状況へと進展していってしまう(図表2の左側)。

3.問題回避に向けた2つの処方箋   -①交流消費の増進と②付加価値創出力の向上-

こうした趨勢に歯止めをかける転機は、リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業に伴い訪れ得ると筆者は見ており、この好機を最大限に活かして名古屋市経済の不活性化トレンドを回避していくための2つの処方箋を考えてみたい(図表2の右側)。

第一は、交流消費の拡大増進だ。リニアの開業によって品川~名古屋間が40分で結ばれると交流人口が増加し、交流消費の増加が期待できる。この交流消費の増分で、人口減少による家計消費の減少分を補う事ができれば、名古屋市経済(GRP)の維持増進に寄与することとなる。

これを実現するためには、リニア開業後の交流人口の増加を確実に掴み取るディスティネーションの構築がまずは必要だ。河村名古屋市長が取り組んでいる名古屋城天守閣の木造再建はその重要な資源となるだろう。愛知県が整備している新愛知県体育館も新たな大型集客資源として期待できる。その他にも種々の取り組みの充実を期待したいところだ。

そして、さらに重要なことは、交流人口の滞留を増進する仕掛け作りだ。滞留時間が1日でも半日でも1時間でも長引けば、交流消費は確実に増進するからだ。そのために重要な役割を担うのがMICE機能だろう。名古屋市はポートメッセ名古屋(金城ふ頭)の建て替えと、名古屋国際会議場(白鳥)の機能更新を進めている。これらのMICE拠点で集客力のある国際的イベント等が高稼働し、観光資源と連携することで、名古屋市を拠点とした交流人口の滞留が生じるものと期待できる。

リニア開業を活かして交流消費が大きく増進すれば、人口減少による家計消費の喪失分を補えると筆者は数字をはじきながら見込んでいる訳だが、これを実現できれば名古屋市は「人口減少下でGRPを拡大する」という手品のような都市経営が可能になるのだ。

第二は、産業構造における付加価値創出力の向上だ。若者たちは、東京の付加価値創出力が高い事によって惹きつけられていると筆者は見ている(vol.154ご参照)。経済における付加価値額とは、企業財務における粗利に相当する。粗利とは、売り上げ高から原価等の直接経費を控除したものだから、粗利を生み出せなければ従業員の経済処遇も十分にできないし、社会への貢献投資(SDGsを含むCSR活動等)もままならない。現代の若者たちは、自身が勤める企業の発展を通して社会に貢献できる活躍機会を求めている。経済処遇と社会貢献が両立する企業に惹きつけられているのだ。

付加価値創出力は、産業の機能と業種に着目して考える必要がある。機能で考えれば本社機能の付加価値創出力が高い。従って、本社集積の高い東京に若者たちは引き寄せられていると帰結する。また、業種で言えば、一人当たり純付加価値額が高い業種が若者たちを惹きつけているはずで、その代表的な業種は情報通信産業や学術・専門技術サービス業などの知識集約型のサービス業等があげられる。こうした高付加価値型業種の集積状況を主要都市で比較すると、東京が圧倒的な集積量を誇るから若者たちが吸着されていると解することできるのだ。さらに、その他の主要都市について知識集約型業種の集積を比較した場合、名古屋市は大阪市や福岡市などに後塵を拝しており弱含みだ(vol.152ご参照)。名古屋市から、活躍機会を求める層(25~39歳)の流出が大きいのは、こうしたことが要因になっている可能性が高い。

従って、本社機能の集積誘導と、高付加価値型業種の振興を図る事が、若者たちはもとより子育て層にとっても魅力のある産業構造の構築に繋がるはずだ。そのためには、リニア開業後の名古屋市の立地条件を活かした産業振興策を講じていかねばならない。

第三次国土形成計画が掲げたように、デジタルとリアルの融合によって時間と場所の制約を克服できる国土を想起すれば、名古屋市は絶好の立地条件を得るのであるから、本社機能を東京から誘致する優遇策等を講じたい。東証プライムの大企業本社を誘致できなくとも良い。名古屋市の立地コストの安さと交通条件の良さを活かした経営環境を評価する企業を誘致できれば良いのだ。そして、情報通信業や学術・専門技術サービス業もそうした経営環境に鋭敏に反応する可能性があるので、意図的に誘致促進策を打つ事が奏功すると筆者は考えている。そのために、都心部で受け皿となるオフィス機能の整備を進め、転入者の子女たちが安心して学べるように公教育をリデザインしていかねばなるまい。

こうした2つの処方箋に基づく関連施策を体系的に講ずることにより、①交流消費を増進させる事と、②若者を惹きつける付加価値創出力の向上を図る事ができれば、趨勢的将来に待ち受ける名古屋市経済の不活性化を回避し、持続的な成長へと趨勢を転換する事が可能となる。折しも、JR東海がリニア開業は早くて2034年と改めて公表した。今後10年間に効果的な政策を立案して実施する事が、重要な局面に我々は今立っていると考えねばならない。

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