Vol.85  民活シリーズ⑩ なぜ進まぬ名古屋のPFI事業  -全国平均を下回る状況に未来はあるか-

名古屋市の一人当たり公共事業費が主要9都市中で最下位(2019年実績)であることはvol.63「これでいいのか?名古屋の公共投資」で指摘した。今回はPFI事業の導入件数について名古屋市の状況を全国と比較したところ、判明したのは名古屋市の驚くほどの少なさである。PFI至上主義を強いるつもりは毛頭ないが、PFI事業で求められる民間能力の活用スキルが、名古屋市に培われていない可能性を懸念せざるを得ない。進まぬ理由は一体何なのだろうか。

1.全国のPFI事業導入状況  -愛知県は全国第2位の先進県-

全国のPFI事業の導入実績件数は、2020年(R2)で739件であるが、その地域別内訳は図表1の通りで、大都市圏ほど多く、地方圏ほど少ないという二極化が進んでいる。都道府県別の1位は大阪府で71件、2位は愛知県で63件、3位は神奈川県で46件と続いている。これで見れば、大都市圏に導入実績が集中している状況が見て取れ、中でも愛知県はPFI先進県と言える状況である。対照的に、導入実績が5件未満と著しく少ない県が8県あり、この中に中部地域では岐阜県が含まれている。

但し、大都市圏は公共事業の件数が多いので、PFI事業の件数が多くても当たり前だとも言える。そこで、標準化して比較するために人口100万人当たりの件数でPFI事業の導入状況を比較したものが図表2だ。これによると、大都市圏では人口100万人当たり4.16件で、地方圏では人口100万人当たり3.55件となった。やはり、大都市圏で導入がより進んでいるという見方は正しいと解される。大都市圏と地方圏で二極化している理由については、vol.60「民活シリーズ⑥ PFIの導入地域が二極化するのはなぜか」でも述べたが、筆者の経験から、地方圏ほど公共事業に対する護送船団方式の慣習が色濃く残っており、PFIの導入によって大企業に公共事業を奪われてしまうという危機意識が地元企業に根強く、地方自治体がこれを忖度しているからだと指摘した。

2.名古屋市の導入件数の少なさに啞然  -名古屋市はPFI後進都市だ-

さて、それでは名古屋市はどうか。名古屋市には、初導入となった鳴海工場整備・運営事業(H15年)以来、7件のPFI事業導入実績がある(図表3)。但し、2件目の守山スポーツセンター整備・運営事業(H18年)の後は、3件目の北名古屋工場整備・運営事業(H26年)まで8年間が空いており、その後も数年に1回というペースで今日を迎えている。現在は、名古屋国際会議場整備運営事業が公募中だ(2022.9.12時点)。

この名古屋市の導入実績を、人口100万人当たりの件数に置き換えると3.02件となる(図表4)。図表2のデータと比較すると、大都市圏平均(4.16件)には遠く及ばず、全国平均(3.95件)にも及ばないばかりか、地方圏平均(3.55件)にも届かない。愛知県が全国2位の導入実績となっているのは、愛知県庁と名古屋市以外の自治体で実績が積み上がっているということであり、名古屋市が牽引しているのではないということだ。確かに、愛知県はPFI事業の中でも民活深度の深いコンセッション方式4件をはじめとして積極的に導入しているし、豊橋市、豊田市、岡崎市、一宮市などの中核市でも多様な分野でPFI事業を実施している。

因みに、首都圏で実績の多い神奈川県の県都である横浜市では、人口100万人当たりで4.51件となっており、名古屋市とは非常に大きな開きがあると言わねばならない。この唖然とする少なさは、一体何に起因するのだろうか。

PFI事業を多く導入することが即ち栄誉だと断定するつもりは毛頭ない。但し、PFI事業を導入する際には、検討段階、事業者募集段階、実施段階を通して、民間能力を活用するノウハウが行政側に培われていく。事業パートナーとなる民間の意欲を喚起する事業スキームを構築し、事業遂行を導く契約を締結し、ガバナンスの利いたモニタリングを行う事は、行政運営手法として必要な知見だ。PFI事業の導入が少ないという事は、こうした民活スキルが、名古屋市の中に蓄積されていない可能性を懸念せざるを得ない。

3.原因は何処にあるのか  -行政と市議会の両方に問題-

少なくとも、名古屋市は現時点において民活先進都市ではないという事は断言できそうだ。その理由が何なのかはエビデンスがある訳でもなく、筆者には分からない。ここからは筆者の主観と想像でお伝えしたいと思う。着眼点は行政内部の問題と市議会の問題だ。

まずは、行政内部の問題について。一般に、「PFI事業は時間がかかる」という印象を行政職員は持っていることが多い。これは、ある面では事実であり、時間的要素を理由にPFI事業を回避したがる行政側の姿勢に、筆者も数多く直面した。しかし、これは短絡的である。時間がかかる要素は、可能性調査という事前の検討段階があること、債務負担行為という議決を2度経なければならない事、事業者選定が総合評価方式になるために審査に一定の時間を要すことの3点である。ところが、事業者が決まると、従来型の公共事業では基本設計、実施設計、建設工事と多段階に発注を行うのに対して、PFI事業は設計から建設へとシームレスに事業を進められるから、設計にかかれば従来型手法よりもPFI手法の方が早いのである。検討着手から竣工までに要するトータルとしての時間は、PFI事業の方がやや長くなるが、さほどの違いとはならない。従って、時間的要素を否定の根拠に扱う姿勢は、「食わず嫌い」に他ならないのである。

次に、VFMが期待できないという理由もありそうだ。1999年(H11年)にPFI法が制定された直後の頃は、PFIの導入によって20~30%代のVFMが発現していたが、近年のPFI事業では10%弱といったところだ。VFMは、従来型の公共事業よりもPFI方式でやった場合に、どれほど行政負担が縮減するかを示す指標である。VFMが一桁代になっていることで、手間を要する割にメリットが出ないという見方が行政側にあるのかもしれない。しかし、これも片手落ちの判断だ。安くなる効果だけに着眼し過ぎてはいけない。本来のVFMの概念は、「安くて良いサービス」を得る事を言う。経費縮減率が10%を切ったとしても、民間のノウハウで良質なサービスが提供される側面を評価しないと、住民にとっては機会損失になってしまう。画期的なサービスが実現できれば、それだけで儲けものなのだ。

さらに、行政側には総じて「面倒くさい」という意識があるのではなかろうか。PFIは性能発注、PFI事業契約、プロジェクトファイナンスといった、行政が慣れ親しんでいない要素が随所に出てくる。従来方式であれば発注方式は仕様発注だし、契約行為は請負約款で良い訳で、これらを踏襲していれば前例が山ほどあって事務が簡単だが、PFIとなるとそうはいかない。ともすれば前例主義が横行する行政内部にあって、PFIを導入することは面倒を背負い込むことを意味し、回避したいという意識が芽生えてしまう事もあるだろう。

名古屋市で、これらの事情がどの程度実在しているのかは分からない。しかし、一般論としては、こうした障壁をPFIに感じている行政職員がいるのは筆者の経験から事実だ。但し、これらはいずれも住民不在の議論である。より良いサービスを提供することが軽んじられていると言わざるを得ず、住民ファーストの視点になった時にPFIの導入を回避する合理的な理由があるかどうか、今一度真摯に再考願いたい。

次に、市議会の問題だ。公共事業の計画や発注に関して、市議会は常に注視していると思う。チェック機関として、健全な注視であれば良いのだが、地元企業への利益誘導に絡んだ関心となる場合は厄介だ。PFIになると地元の公共工事を大企業に奪われるという意識を、市議会議員が強く持ちすぎるのは、不健全な発想に繋がりがちだ。あくまでも、より良い公共サービスを提供することが住民の利益になるとの観点に立ち、チェック機関として機能してもらいたい。行政側が、消極的な場合こそ、PFI導入の要否について十分な検討を促すことが市議会のあるべき姿だと思う。この点について、名古屋市の市議会がどうであるかを筆者は承知していない。しかし、冒頭に見たように唖然とするほどPFIの導入実績が少ないことを客観的に捉えて市議会活動をして頂きたいと思うのだ。

愛知県がPFI先進県としての実績を上げているだけに、名古屋市の後進性が際立ってしまう。愛知県は、PFI第一号案件が森林公園ゴルフ場で、数少ない独立採算型のPFIを成功させ、近年はコンセッション方式を4事業で次々に導入するなど、難易度の高い方式に挑戦を続けている。こうした姿勢は、民間能力を活用する手腕として蓄積されていくので、民間を上手に使う新しい取り組みに繋がり易い。翻って、名古屋市のようにPFIへの取り組みが少ないと、こうしたスキルに差が開いていく。筆者の懸念はここにある。名古屋市は、発展ポテンシャルが高い都市であるからこそ、民間の能力を最大限に活用する取り組みを積極的に行うことが、都市の魅力を高めていくことに繋がるものと思う。こうした観点にたって、名古屋市には民活と向き合って頂きたいと願う。

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