Vol.86  名古屋の 「小1の壁」 を打ち破れ!  -新しい放課後施策が動き始める-

共働きをする夫婦にとって、保育園から小学校に進学した児童の放課後の居場所確保は重要な問題だ。小学校入学と同時に立ちはだかるこの問題は「小1の壁」と言われている。2021年に25年ぶりに人口減少に転じた名古屋市だが、その原因は社会増加の急激な縮小だ。特に、子育て世代の転出超過が目立ち、この傾向が続けば名古屋市の活力を着実に奪っていくと筆者は見ている。子育て世代が安心して住み続けられるために、「小1の壁」を打ち破る施策が動き始めようとしている。

1.放課後施策の現状  -空白学区の存在と子育て世代の転出超過-

子どもたちが豊かに育ち、保護者が安心して働ける環境を確保するためには、小学生児童の放課後の居場所の確保が重要だ。名古屋市は、留守家庭児童健全育成事業として、育成会(留守家庭児童育成会、通称:学童)への助成と児童館留守家庭児童クラブの運営を行うとともに、小学校施設を活用した放課後施策としてトワイライトスクール及びトワイライトルームの運営(委託)を行ってきている。

名古屋市のトワイライトスクールは既に全学区で開設済みだが、トワイライトスクールは18時までの運営となるため、共働きをする夫婦にとっては時間的に窮屈だ。このため、留守家庭児童を支援することを目的として19時まで運営されるトワイライトルームへの移行を、育成会のない学区を中心に進めてきた経緯がある。このトワイライトルームと育成会が働く夫婦にとっての拠り所となるため、その量的拡充が「小1の壁」を打ち破る中核的施策となる。

2022年4月1日現在、名古屋市内の全262学区における放課後の居場所の整備状況は図表1の通りだ。育成会が約5割の学区(9+123=131学区)で運営されており、トワイライトルームの開設(9+44=53学区)は約2割となっている。そして、何よりも問題なのは、育成会とトワイライトルームのいずれも無い学区が3割強(86学区)残っていることだ。

この「いずれも無い学区」を、本稿では「空白学区」と呼ぶことにする。空白学区では、共働きをする親が仕事から帰宅するまでの間、放課後に小学生児童が過ごす居場所がないことになるから、子供の不安は大きく、親は安心して働けないことになり、「小1の壁」が大きく立ちはだかっている学区と言って良い。子育て世代の人口が名古屋市から流出している原因の一端がここにあるとも考えられる。空白学区を少しでも早く解消していくことが、「小1の壁」を打ち破る第一歩であり、名古屋市が子育て世代に支持される都市となるために乗り越えねばならない喫緊の課題だ。そして、最終的には育成会とトワイライトルームの両方が各学区にあって、保護者が自由に選択できる環境を作り上げる事が理想だ。

2.空白学区解消に向けた問題の所在は?  -人材確保と体制整備-

筆者は、なごや子ども・子育て支援協議会の下部に設置された放課後施策検討部会に招聘された(R3年度)。ここでは、空白学区解消の前に立ちはだかる課題について実情を共有するとともに、今後取るべき方針について議論が交わされ、協議会に答申した。

育成会は、保護者の自主的な運営に委ねられており、任意団体として各学区で運営されている。つまり、運営事務は保護者のボランタリーな労務に委ねられているという事だ。仕事を持つ親にとって、育成会の事務を行う事が相当の負荷となることは想像に難くない。そうした労務を引き受ける親が途絶えることなくリレーされていかないと、育成会は続いていかないから、育成会の運営体制は非常に脆弱だと言わざるを得ない。名古屋市は、これを支援すべく助成を強化してきているが、助成金が多くなればなるほど事務量も増える訳で、何とも痛しかゆしの状況だ。これに対処するためには、法人により運営できる体制を整備して専従者が対応できる体制の構築が必要となろう。つまり、現状の任意団体を法人形態に移行するか、別の既存法人(社会福祉法人等)に運営を委ねるかの方式が考えられる。

また、育成会は事実上、一カ所しか運営できない規定となっている。育成会に入りたい児童がいても定員を超えていれば受け入れる事ができない。こうした事態にあたり、新しい育成会を開設しようとしても事実上困難な状況なのだ。このため、一つの主体が育成会を分割・拡張したり、学区を越えた複数の育成会を運営したりすることができるように制度を緩和することが急務だ。

次にトワイライトルームだが、当面の役割は育成会のない学区における児童の受け皿となることだ。育成会の運営が困難な学区では、トワイライトスクールのルーム移行を急がねばならない。トワイライトスクール・ルームは名古屋市が開設して民間事業者に委託する形で運営されるのだが、ここでも人材確保の問題が常態化している。地域協力員の賃金水準は十分とは言えず、雇用期間が限定されているため雇用条件は不安定だ。また、障害を持つ児童をはじめとして配慮が必要な児童への対応が可能な専門性の高い人材を確保することは、さらに困難な状況となっている。このため、必要人材の経済処遇の充実を図るとともに、人材募集の周知活動を名古屋市が支援するなどの対応を行っていかねばならないだろう。

3.新しい放課後施策が始動へ  -最重要ポイントはスピードだ-

こうした議論を踏まえて名古屋市では、「小学校年齢期における放課後施策の新たな方向性(案)」をまとめ、R4.9.12付で公開しパブリックコメントの手続きに入った。「新たな方向性(案)」では、上述のように必要視された課題解決策に取り組むことが示されており、「小1の壁」打破に向けて、本格的に取り組む姿勢が打ち出された。特に、名古屋市の方針で特徴的だと筆者が感じる事は、全学区でトワイライトルームを整備するという画一的な方針を取らず、育成会の充実強化を基本としながらトワイライトルームが補完していくという柔軟な姿勢が打ち出されていることだ。この柔軟な姿勢の背景には、各学区の実情が異なることに鑑み、無理のない量的拡充を実施することに重点を置くという配慮がうかがえる。各学区の事情とは、地域の親のニーズ、育成会の意向、放課後施策を求めている児童の数などが異なることに配慮するという事だ。特に、子供の数が少ない学区の場合は運営の持続性が危ういから、育成会やトワイライトルームを新設するよりも隣接学区での受け入れを図るなど、現実的な対応を模索していくことが企図されている。

他の政令市では、トワイライトルームの全学区整備に向けて動いている例もあるようだが、一律的な政策を取らずに学区ごとに丁寧な対応を図ろうとしている姿勢は、名古屋市が人間味あるコミュニティづくりを希求していると捉える事ができ好ましい。

「新たな方向性(案)」では、末尾に今後の予定が記載されている。そこには、R5(2023)年度から量的拡充に着手し、「次期子どもに関する総合計画で計画目標を定める」とされている。実に慎重な文面だ。次期子どもに関する総合計画の期間はR7(2025)~R11(2029)だと思われるが、仮にこの計画期間をかけて空白学区の解消を図るとして今後7年間を要することになる。今、保育園の年長組にいる児童が小学校を卒業してしまう期間だ。少しでも早く、空白学区を解消してもらいたいのだが歯がゆさが残る。

スピード感がこの問題にとって重要なファクターであるから、この点を踏まえた施策の組み立てをして頂きたい。そのためには、ルーム移行の舵取りが先行して重要だ。育成会の量的拡充を性急に求めることは困難だから、育成会によるカバーが困難な学区を見極めて、ルーム移行を早急に行うことがスタートダッシュに必要だ。同時に、育成会の量的拡充が可能と見込む学区について熟度を細分化し、早期取組が可能な学区に支援を集中していくことも必要だ。このように、各学区の実情に応じた処方箋をつくることは、大変手間のかかる仕事だろう。筆者は、当局に熱意を持った職員がいることを先の議論を通して知っている。名古屋市子ども青少年局子ども未来企画部の手腕に期待したい。

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