諸物価の上昇が様々な分野で話題になっているが、建設コストも代表的な例だ。2021年年下期から2022年6月時点までの間に建築資材が急騰している。まちづくりに関わる機会が多い筆者は、時として公共事業の発注者たる行政から、また時として建設事業者から建築資材の高騰に直面していると聞く。まちづくりが停滞しかねない状況を危惧しつつ、どのような状況なのかを建設業界の情報提供を頼りに概観し、善後策を考えてみた。
1.建築資材の価格動向 -2021年初比25%の急騰、建設業界の肌感覚はそれ以上に-
建設コストの上昇を折に触れて聞く機会が増えている。東日本大震災直後は、復旧・復興事業に建設業界全体が集中的に資源を投入したから、調達が困難になってコスト上昇を招いた。また、震災以前から指摘されているのは慢性的な労働力不足による人件費の上昇である。しかし、ここへ来て聞かれる建設コストの上昇は新たな事情が加味された模様だ。
日本建設業連合会がまとめている資料(図表1)によると2021年1月以降、資材価格が急騰している状況が読み取れる。特に、建築部門が顕著で、2011年平均を100とした指数では2021年1月に108.4であったものが2022年6月には135.4まで上昇しており、この間の上昇率が約25%となっている。また、同期間の土木部門でも、15%の価格上昇率を示しており、土木・建築両部門の平均で資材価格は21%上昇したと示している。
建設コストは、資材費以外にも労務費、仮設費、その他経費などで構成される。仮に資材費の占める割合が50%だとすると、建築部門では12%程度の建設コスト上昇が生じていると考えられる。但し、労働力不足による労務費の上昇は不断に続いており、実際のコストにはこれらも加味されることから、建設事業者の肌感覚では更に激しいコスト増加に直面している状況だという。2020年比で1.5倍程度あるいはそれ以上のコスト増加が起きている可能性もある。
もう少し細かく資材種別に価格推移を見ると、異形棒鋼(76%増)、H型鋼(62%増)、鋼鈑中厚鋼(77%増)、ステンレス鋼鈑(70%増)、コンクリート型枠用合板(76%増)、ストレートアスファルト(86%)、管柱杉(92%増)などで価格上昇が著しい(カッコ内は2021年1月比2022年6月時点の上昇率)。各種鋼鈑等の金属類は、電力料と原材料(鉄鉱石、石炭等)の上昇が主要因とされており、木材類はウッドショックの影響を受けているものと考えられる。一方、生コンクリートは相対的に価格が安定しており、顕著な急騰現象を見せていない。コンクリートを多用する土木部門に対して、鋼材や木材を多用する建築部門の建設コスト上昇が著しい理由がここにあるものと解される。
また、日本建設業連合会資料によると、価格上昇に加えて建築資材と設備は納期も厳しい状況となっており、工期遅延に繋がる恐れがあることに警鐘を鳴らしている。
2.建設コスト上昇に伴うまちづくりへの影響 -官需・民需ともに事業の停滞を招く-
こうした建設コストの急騰は、まちづくりに影響を及ぼす。公共事業を担う官需部門について言えば、前年度(場合によっては前々年度)に徴求した見積もりを基に予算を措置して入札を行うため、見積もり時点と入札時点に1年程度もしくはそれ以上の時間差がある。この間に建設コストが急騰すると、受注を希望する事業者が予算内に応札することができない事態となってしまう。いわゆる「入札不調」が生じる訳で、この場合には再入札を行うために予算措置からのやり直しを余儀なくされる。再入札となれば最低でも半年は遅れることは必至で、1年単位で遅れる事案も多発しよう。工期が厳しい事業の場合は、着工が遅れるだけでなく、更に竣工が遅れる影響も想定される。こうした公共事業の停滞は、地域振興事業の停滞を意味するから、最終的には地域経済の停滞に繋がってしまう。また、建設コストの上昇分を予算措置しきれない場合はスペックを下げざるを得なくなるから、十分な行政サービスの提供が行われない可能性も否定できない。
一方、民需部門で見ると、建設費用の上昇を官需よりも機動的に予算に織り込むことは可能だが、イニシャルコストが上がっても収入(賃料やテナントの売り上げ等)が同様に上げられる訳ではないから、収益率(投資効果)の低下に直結する。収益率の低下は民需では大問題で、事業の見直しや見送りを余儀なくされる事案も出てこよう。これも都市の新陳代謝を抑制することになり、まちづくりの停滞を招いてしまう。
3.対策のあり方は? -民活型公共事業における対応策-
筆者が関わりの多い官需部門における民活事業を中心に対策のあり方を考えてみたい。インフラ事業を除く多くの公共事業で民活手法(PPP/PFI)の導入が求められる現状において、その高度化を図る視点として筆者は都市魅力を上げるためのVFM検証が必要であることを主張しており(vol.66御参照)、良い公共サービスの提供を求めるためには、必要かつ適切な予算を措置することが基本姿勢として重要だと考えている(vol.45御参照)。極端な予算の切り詰めは民間の意欲を削ぎ、競争環境が不活性化し、結果として良い提案を得られないからだ。
しかし、今般の建設コストの上昇は、そうした領域を超えている可能性がある。即ち、行政が予算(債務負担限度額)を適正に措置していたとしても、1年の間に価格が大幅に変動してしまう事態なのだから、次元の異なる問題だ。今後は、こうした状況を踏まえた対策を想定しておかねばならない。自信を持って提言できる妙案がある訳ではないが、次善の策として検討すべき事項について、愚説をご紹介したい。
第一は、再見積もりの機動的な徴求である。価格急騰局面では、見積もり徴求時点と入札時点の間隔が開く場合に入札不調のリスクが高まるから、随時に再見積もりを徴求する機動的な姿勢が必要だ。一般的に、行政は一度徴求した見積もりの再確認を打診することはないが、今般の建設コストの急騰は半年間で生じているから、半年を超える場合を条件として予算措置の直前に再見積もりを徴求し、大きな変動が生じていないかを確認しておくと良い。再見積もりの徴求に応じた企業からは、当初の見積もり額に比して増額して返答される場合が多分に想定されるが、複数企業の再見積もり額をエビデンスと共に検証し、企業努力で吸収される範囲かどうかを吟味した上で予算措置すれば、不測の入札不調を避けることができるはずだ。
第二は、民活事業の契約締結後から着工までの間における建設費見直し条項を付加する事である。今般のような建設コストの急騰局面では、契約後の資材価格の動向を予測することは受注者にとっても不可能だ。このような状況下では受注を希望する企業側ではリスクマネジメントが働いて入札意欲が低下する。受注したら赤字を飲み込まねばならなくなるからだ。そのため、入札が成立して落札者と契約締結した後、着工までの間に著しい建設コストの上昇が確認された場合には、建設費を見直して契約金額を変更できる条項を契約書に入れておくことも検討に値しよう。PFI事業契約では、公共施設建設後の運営期間においては、著しい価格変動が確認された場合は支払うべきサービス対価の見直し条項を入れることが多い。これは、運営期間が長期間にわたるからなのであるが、短期間に建設費が急騰する事態を想定すれば、建設期間中の価格見直し条項があっても不自然ではなかろう。
第三は、建設コストの急騰局面に限らないが、競争環境を活性化する総合的な努力を図る事である。複数の応札企業が存在することが、市況変動の影響による入札不調を回避する上で基本だ。そのためには、必要予算額を見極めるテクニカルアドバイザーの技術力を適切に投入して見積もり精度を高め、財政折衝においては過度な切り詰めとならないように熟慮の上の協議をするとともに、事業条件における無理筋を極力排除して参入障壁をなくす努力をしておくなど、総合的な取り組みが必要だ。これは、全ての民活事業で真摯に取り組まれねばならない。
いずれにしても、民活事業の発注者たる行政は、適切な予算を措置することが大前提となるべきで、その上で企業努力を促す環境を整えねばならない。建設コストの急騰を単なる不可抗力として放置すれば、まちづくりの停滞を招くことになるため、官民双方が努力して乗り越えるための方策を模索していかねばならない。