2021年10月1日、久しぶりに緊急事態宣言が全面解除された。過去最大の感染者数を蔓延させたデルタ株の猛威(第五波)が不思議と収まり、ワクチン接種の進展とも相まって感染者数が全国的に減少して、多方面で一息ついた安堵感が広がっている。社会を強く揺さぶり続けた新型コロナ感染症は、日本人のパラダイムに変化をもたらしたように思う。それは、自分に合ったライフスタイルと向き合う居住地選択ではなかろうか。
1.住み良さ回帰の時代へ -リモートスタイルがもたらす居住地選択-
コロナ禍によって半ば強制的に慣れ親しんだ新しいライフスタイルがリモートスタイルだ。仕事でも、学業でもリモートスタイルの導入が一気に普及し、その便利さと有効性を身を持って体験した人々は、今後の居住地選択の基準を変えると筆者は想像している。それは「住み良さ回帰」だ。これまでは、勤める企業の近くに移り住み、通勤しやすい住居を選択していたものが、通勤という就労スタイルから解き放たれたとき、人々は自分にとって住みよい街を居住地として選択するのではなかろうか。仕事優先で妥協してきた居住地選択から、自分が求めるライフスタイルを優先する居住地選択に変わっていくと思われる。
DX時代が本格化するに従い、仕事や教育に加えて、医療や介護など多様な分野で、これまでの対面スタイルがリモートスタイルやオンライン形式に置き換わっていくに違いない。遠隔に居ながら様々な活動ができることになると、大都市圏に縛られる必要はないから、大都市圏居住者の一定層は地方圏に移住する事を考えるだろう。その理由は、第一に大都市圏に潜む過密リスクに気づいたからだ。第二の理由は、リモートスタイルを有効に使えば高コスト負担(家賃、高額の通勤定期など)から解放されることが明らかになったからだ。余裕がある人は二地域居住を選択する可能性もある。いずれにしても、リモートを活用できる度合いが強い人ほど、住み良さを優先した居住地選択に舵を切る可能性が高くなるはずだ。
地方からすれば、この潮流に乗ってUIJターンを呼び込もうと躍起になるだろう。しかし、リモートスタイルを前提とした時、地方ならどこでも良いというわけにもいくまい。どんなにリモートスタイルが普及したとしても、対面形式がゼロになるとは筆者は考えない。仕事で言えば重要な商談の節目の機会、学業で言えば学友との交流や重要な審査・表彰の機会などにおいては、対面での活動が求められるはずだ。だとすれば、「いざという時に大都市にアクセスしやすい地方」での暮らしが有利となる。普段の活動はリモートで行い、重要度に応じて対面での活動を自在に織り交ぜることができれば、日常の生活は地方ならではのゆとりを満喫したものとなる。大都市にアクセスしやすいということを前提に、住み良さを求めた居住地選択が進みやすいものと考えられる。
そして、住み良さに重点を置いてリモートと対面の両スタイルをうまくミックスしたライフスタイルを確立しようとするとき、社会においてはサイバー空間とフィジカル空間の使い分けに適した社会システムと都市空間が求められる時代になると思われる。
2.移動が持つ重要性の変化 -1回あたりの移動の重要性が増す時代-
住み良さを優先する居住地選択とライフスタイルの構築が希求される時代には、移動が持つ重要性に変化が生じると思われる。筆者は二つの変化を想定している。
第一は、1回の移動に求められる重要度の高まりだ。普段は地方でリモートスタイルの仕事をしていて、重要な商談や緊急な会議のために大都市に移動するとなると、この移動は重要度が高いから、高速性、定時制、代替性が高い移動手段が求められる。早く移動出来て、所要時間が正確で、不測の事態には別の移動手段が選択できる交通条件が適している。具体的には飛行機よりも地上交通が有利だし、高速道路よりは新幹線が有利だ。そして、新幹線も二重化されていることが理想的だ。これを満たすのはリニア中央新幹線が整備される東京~名古屋間が当てはまる。
第二は、1回の移動による移動先に滞在してまとまった仕事をこなすようになるのではなかろうか。移動先では対面スタイルの活動はもちろんだが、リモートスタイルでも仕事をすることができ、滞在期間中にこれらを組み合わせて集中的に仕事をすることができれば、1回の移動にぶら下がる業務処理量が多くなるから効率的になるはずだ。この滞在型の業務スタイルは、対面スタイルを織り込む必要があるのだから滞在先は大都市であることが多いだろう。東京から見れば名古屋や大阪をはじめとした政令都市がこれに当り、地方から見れば大都市、政令市に加えて地方中核都市などもこれにあたるだろう。勿論、ワーケーションなども普及する可能性があるが、ワーケーションはフルリモートが前提となるから、相対的には大都市に滞在してリモートと対面を織り交ぜて集中的に仕事をするスタイルの方がより普及するのではなかろうか。
いずれにしても1回あたりの移動の重要性が増す時代であって、複数の高速交通手段が利用できることが大都市圏からの移住先として有利になると考えて良いと筆者は思う。こうした観点に立てば、地方の発展戦略は交通条件を高める取り組みが重要なはずだ。東海エリアについて言えば、上記に照らして名古屋は圧倒的に有利になるわけだが、名古屋以外でもリニア駅(中間駅を含む)にアクセスしやすい地域、高速道路と高速鉄道を複合的に利用し易い地域が有利になるので、この観点で自地域の交通条件のインフラアップを考えて行く必要があろう。
3.新しい国土計画の策定を -大都市圏と地方圏の新たな役割分担-
日本の国土計画は、五次に亘った全国総合開発計画から国土形成計画へと変遷したが、一貫して「国土の均衡ある発展」を目指して「東京一極集中の是正」を図ることを企図してきた。しかし、総人口が減少時代へと突入し、地方において減少が加速しつつある状況下においては、「国土の均衡ある発展」を掲げ続けるのは空虚感に苛まれる。そのため、人口減少を直視し、これを受け止める前提で減少の歯止めや活力維持を考える「地方創生」の時代となった。しかし、コロナ禍を経験して、これもまた転換期を迎えることになりそうだ。当初の地方創生ではリモートスタイルは想定されていないからだ。コロナ禍直前になってDX時代の到来が掲げられたが、ポストコロナでは一気にDX前提の時代認識で物事を考える必要がある。リモートスタイルを自在に活用できることを前提とすれば、「住み良さ回帰」の時代となり、その結果地方圏に一定の人口回帰が生じることになろう。
一方で、大都市圏から全ての機能が地方に流出するとは考えにくい。大都市圏には業務中枢機能は残るはずだ。取引を創出してGDPを生み出す業務機能(本社機能がこれに該当する)は大都市圏に集積して経済のけん引機能を担い、取引の成立を支える企画、調査、事務などの業務は地方圏で担うという役割分担が明確に進めば、大都市圏の過密問題は緩和され、地方圏では生産年齢人口のUIJターンを受け入れ、日本全体では高コスト負担から解放されるという国土を意識した国土計画が必要だ。
このような国土を目指すとすれば、「国土の均衡ある発展」というよりも「大都市圏と地方圏の相互依存による発展」を目指すべきで、「東京一極集中是正」は引き続き解決すべき課題と位置付けられるだろう。こうした国土では、これまでのような地方圏から大都市圏への一方通行的な人口移動ではなくなり、大学等の高等教育機関が集積する大都市圏に一旦は若者が集中するが、卒業後は就労スタイルの多様化によって「住み良さ」を重視する子育て世代の一定割合が地方へと回帰する。この事で、大都市圏ではオフィス需要や住宅需要は減少するので価格は下がり、東京一極集中による高コスト構造が改善されて、最終的には日本の国際競争力が高まって行くはずだ。
同時に、地方においては「住み良さ」が評価される取り組みが必要だ。先述したように大都市圏へのアクセス性を高めるとともに、教育環境や医療・福祉環境を整えていく努力は、選択されるために重要性が増していく。こうした「住み良さ回帰」が進展すれば、愛知県や名古屋市が課題としている若い女性の東京への流出超過も自然に収まって行くだろう。これまでは、地方における定住促進は、産業振興が中核的な役割を担ったが、これからはリモートで大都市企業の仕事を地方で行える時代だから、住み良さに繋がる都市空間の高質化をいかに実現していくかが重要になる。この事を意識した地域づくりを行っていくことが肝要だ。