Vol.249 なごや水道・下水道シンポジウムR7第2回「災害への備え」  -市民による水文化の醸成-

令和7年度のなごや水道・下水道シンポジウム第2回が、「今できる災害への備え」をテーマに開催された。筆者は、パネルディスカッションのコーディネータを務めたので、シンポジウムの内容をご紹介したい。名古屋市上下水道局のこれまでの取り組みを踏まえると、組織強化と技術導入は着実に進歩している模様で、今後は市民側の自助・共助の備えが重要な課題となりそうだ。市民による水文化の醸成が焦点の局面と言えるだろう。

1.上下水道局が培ってきた技術、組織、経験  -東海豪雨と他地域支援の歩み-

名古屋市上下水道局の川合次長は、これまでの災害対策の取り組みについて総括的に講演した。ハード対策とソフト対策に大別された中から主要なものを振り返りたい。  ハード対策では、基幹施設・管路の耐震化、バックアップ機能の強化(停電対策等)、応急給水施設の整備、緊急雨水整備事業、総合排水計画の全面改訂が紹介された。管路の耐震化では病院や防災拠点など重要施設に繋がる配水管を老朽化に関わらず耐震化する「ルートの耐震化」を終え、応急給水施設では職員などが開設する仮設・常設給水栓213カ所と住民が操作する地下式給水栓398カ所を整備し、緊急雨水整備事業では60mm/hの降雨に対応でき100mm/hの降雨では床上浸水を防ぐ排水機能の整備を終えたと解説した。

ソフト対策では、他都市や民間企業との協定、協定に基づく訓練の実施、BCP・受援マニュアルの策定、雨水流出抑制、自助・共助の啓発に取り組む模様が紹介された。協定については横浜市や新潟市等と相互応援協定を結ぶとともに、民間企業とも応急給水栓の開設協力協定を締結し、協定先との訓練を実施しているとした。また、東海豪雨の経験から受援体制の強化が課題と捉え、災害時の混乱の中でも応援要請と到着した応援隊との役割分担が適切に行えるよう受援マニュアルとして策定したという。

一方、名古屋市上下水道局は阪神・淡路大震災(H7)以来、新潟県中越地震(H16)、東日本大震災(H23)、熊本地震(H28)、能登半島地震(R6)といった他地域の大規模災害において応援活動をしてきており、当日は東北と能登の被災地に赴いて応援にあたった碇(いかり)課長補佐も登壇して経験を語った。名古屋市は、東海豪雨(H12)以後は大規模災害に遭遇していないが、他地域への応援は数多くの派遣を重ねてきており、被災地の実態と復旧・復興実務に経験を積んでいる事が紹介された。

このように名古屋市上下水道局は、新しい知見や技術を導入しながらハード対策に取り組み、外部組織との連携を含めて組織力を強化し、他地域への応援経験を積み重ねて災害に備えていると解された。加えて川合次長は、上下水道一体の耐震化と災害情報システムの構築を名古屋市の特徴的な取り組みとして紹介し、今後必要な課題としてこれらの推進を後輩に託したいという思いを込めた。

2.災害文化が災害文明に追随できていない  -装置と機能で対応できる社会へ-

基調講演は、名古屋大学減災連携研究センターの平山准教授が「今からできる災害への備え」と題して講演し、近年の大規模地震に学ぶ視点と今後の備えに向けた論点について提唱した。

過去の南海トラフ地震の発生頻度を大きく見積れば100年間隔で繰り返してきており、最後の南海トラフ関連地震(三河地震:1945年1月13日)から80年が経過して次の発生サイクルが迫っているとした上で、この10年間に南海トラフ地震の被害想定は改善しなかったと指摘した。また、直下型地震と異なり、プレート境界型地震は震度が大きい事に加えて揺れの時間が長い事が特徴と指摘した。名古屋市内では、南部地域を中心に多くの区で強い震度と津波浸水が想定されている(図表2)ため、大規模地震への備えを強めねばならない。

平山准教授の指摘の中で筆者が重要と捉えたのは、名古屋市上下水道局が着実に備えを進める一方で市民社会での準備が進んでいないという警鐘だ。技術等による防災装置を「災害文明」、被害拡大要因を排除して防災力を高める社会の機能を「防災文化」と定義した平山准教授は、現代(名古屋市の現状)は災害文明に災害文化が追随していないと指摘した(図表3)。

我が国では核家族化が進行するとともに人口が大都市に集中する中で、市民の自助・共助意識が希薄化しており、結果的に災害文化の醸成が遅れているという見解だ。江戸時代から戦前までは「災害文化>災害文明」という構図であったものが、現代では「災害文化<災害文明」と言う構図になっているという指摘だ。

具体的に考えてみたい。南海トラフ地震の被害想定において10年間で進まなかったのは、全壊焼失棟数が250万棟(H26試算)から235万棟(R7試算)へと微減にとどまった点が象徴的で、そのため建物倒壊による最大死者数は33.2万人(H26試算)が29.8万人(R7試算)にまでしか縮小していない。これは、家屋を中心とした民間建築物の耐震化が進んでいない事によるものだ。また、推奨されている1人一日3リットル、3日分で1人9リットルの水の備蓄が完全に普及しているとは言えないとすれば、応急給水施設を利用できる知識を身に着けていなければ水を確保できない。これらは、市民一人ひとりによる防災意識が十分な対策に結び付いていない実情を物語っている。文明(技術)による社会的装置は強化されているが、文明だけでは大規模災害を乗り越える事はできまい。市民の自助・共助意識による社会的機能で乗り越える構図を作る必要があると解したい。

3.名古屋市民社会における「水文化の醸成」を  -自助・共助意識を高めたい-

戸建ての民家や老朽化の進んだ民間ビルの耐震化を進める事は現実的には困難が伴う。従って、せめて家具等の倒壊防止は徹底したいところだ。また、水の備蓄が重要である事は認知されていると思うが、現実に十分に備蓄できているかどうかとなると道半ばだろう。だとすれば、応急給水施設に行って水を確保しなければならないが、その方法をどれだけの市民が知っているだろうか。

自ら水を備蓄(自助)し地域で水を供給(共助)し合う社会的機能を、水文化として醸成する事が名古屋市民社会に求められる今日的課題と認識したい。

被災地の応援を経験した碇課長補佐に地下式給水栓の使い方について聞いたところ、市内の全ての小中学校に整備されている地下式給水栓は、専用の鉄の棒でマンホールをこじ開ける必要があるが、鉄の棒の格納場所と使い方のコツを知る必要があると説明した。こうした知識の習得は、地域の防災訓練が奏功するだろう。

名古屋市上下水道局の川合次長は、「皆様にお願いしたいこと」として「自分や家族の命は自分たちで守る(自助)」意識と、「地域で助け合い、皆とともに助かる(共助)」意識をお持ちいただきたいと結んだ(図表4)。これは、まさに、名古屋市民による水文化醸成への願いだと受け止めたい。大都市でありながら水文化を醸成できるとすれば、名古屋市が世界に誇れる資質をまた一つ加える事になるだろう。

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