高市首相は、人口減少を「我が国最大の問題」と位置づけ、官邸主導で総合的な対策を進めるとし、その司令塔となる「人口戦略本部」を設置した。2025年11月18日に第1回会合が開催され、対策の枠組みと役割分担が取り決められた。意義ある取り組みだと支持したいが、国土改革の姿勢が見えない点が気がかりだ。東京一極集中の是正なくして日本の人口問題を克服できるのだろうか。
1.人口戦略本部の論点と構成 -社会・経済・地域政策に踏み込む壮大な試みだが…-
人口戦略本部は、立ち上げ早々に論点と対策の柱立てを構築し、検討に着手している。ここまでは極めてスピーディで高市首相のリーダーシップが発揮されていると映る。論点は5つの柱で整理されており、各々の柱に検討や対策の課題が整理された(図表1)。

5本柱が企図する狙いを要約的に読み解くと以下のようになるだろう。①「全世代型社会保障改革」では高齢化の進展に対応した社会保障制度の改革を企図し、②「子ども・子育て支援の加速」では子どもを増やす環境づくりを、③「地方経済の再生と成長戦略」では若者や女性の地方定住を、④「公共サービス維持のDX」ではデジタル化により効率性を高め公共サービスの水準維持とコスト抑制を、⑤「外国人との共生受け入れ設計」では労働力の確保を各々企図していると解される。
しかし、国土改革の姿勢は読み取り難く、東京一極集中是正は5本柱の中に明示的には入っていない。R5.7に閣議決定された国土形成計画全国計画や、R7.6に内閣官房が示した地方創生2.0基本戦略では、いずれも東京一極集中是正に軸足を置いた国土改革が打ち出されたが、人口戦略本部では③地方経済の再生と成長戦略の中に埋没している感がある。人口減少問題は少子高齢化によって生じているが、日本人の長寿化は今後も大前提となるのだから、少子化問題を克服する姿勢を強化する必要があるはずだ。その際には、東京一極集中の是正に正面から取り組む姿勢が必要と思うのだが、必ずしもそうした論点構成にはなっていないようだ。
2.地域別合計特殊出生率が示唆する国土改革の必要性 -東京の出生率が際立って低い-
日本の合計特殊出生率は1.15(R6年)で、人口を維持できる水準の2.07(人口置換水準)を大きく下回っているため、人口が増加しない構造となっている。加えて、長寿化に伴う高齢化率の高まりにより高齢者の死亡数も増加しているため、これらが相まって人口減少が加速中だ。人口減少を克服していくためには、子どもを増やす必要があるため、合計特殊出生率を視野に入れずには議論できない。
図表2は、都道府県別の合計特殊出生率だが、東京都が極めて低く(0.96)全国最低の水準となっている(グラフ中の赤棒)。これに対して合計特殊出生率が高いのは福井県、鳥取県、島根県、宮座会見、沖縄県だが(グラフ中の黄棒)、それでも1.4~1.5の水準だ。

従って、全ての都道府県の合計特殊出生率を高めていく必要があるのだが、東京の人口が地方に分散すれば、現状よりは出生数が増加する可能性がある。しかし、東京の人口を合計特殊出生率の高い県に移転させるのはリアリティに欠けるため、政令指定都市への分散を考える方が現実的だろう。
図表3は、東京特別区と全政令指定都市の合計特殊出生率だが、ここでも特別区が最も低い(0.99)。政令市の平均が1.12であるから、特別区の人口が政令市に移転すれば、相対的に出生数が増える可能性がある。政令市には都市機能の集積が一定水準以上にあり、行政サービスも手厚く、交通結節性も高いため、仕事さえ確保されれば移転を希望する人々も多数潜在しているはずだ。地方政令市の方が、特別区よりも経済負担が少なく、ゆとりのあるライフスタイルを構築しやすいから、本来であれば地方回帰の人口動態が出現しても良いはずだが、そうした状況にはならず、東京一極集中が一向に是正されないのは仕事の問題が大きい。つまり、やりがいのある仕事が東京に偏在しているために地方の若者が東京に流出し、故郷に戻れない国土となっているのだ。

従って、産業集積の東京一極集中を是正する方向へと舵を切らねば、人口の移転を実現する事は叶うまい。産業の移転と言っても、1960年代の「新産工特」(新産業都市建設促進法と工業整備特別地域整備促進法を合わせた略称)のような事を言っている訳では勿論ない。現代の若者たちを吸引できる産業の機能や業種(後述)を地方の政令指定都市に移転させる事が、人口の分散を促す必要条件だと主張したい。
3.「若者・女性の定着促進」のための政策は何か -付加価値産出額を高める産業移転-
この観点に最も近いのが、人口戦略本部が掲げる5本柱の3番目「地方経済の再生と成長戦略」の中にある「若者・女性の定着促進」だ。どのような政策を講ずる事で、これを成し遂げるのかに関心を寄せたい。これまでの延長線上で考えれば、「地方の産業を育成する」となるのだが、これだけでは日本の人口減少トレンドに歯止めをかけるには事足りないだろう。無論、地方の産業にイノベーションを促し、スタートアップを支援するという現在進行形の産業振興政策は重要だが、地方の若者の東京流出を止めるには至っていない現状を踏まえれば、新しい追加的発想が必要だ。
それが、首都圏からの産業の移転だと筆者は考えている。特に、政令指定都市への移転を念頭に置いた促進策を講ずる事を焦点としたい。その際のキーワードは「付加価値額」で、これを産み出す産業機能や高付加価値業種が地方の政令市に移転すれば人口も分散し、その都市圏に経済波及効果が生じる。全国約1,700市町村の全てに移転対策を講ずるのではなく、政令市をターゲットとして移転を促し、都市圏単位の活性化を促す事が現実的で、豊かさを実感する国民を増やせるはずだ。
図表4は、全国の政令指定都市と県庁所在都市をサンプルとして構築した社会増減を被説明変数(左辺)とする重回帰関数だ(R2;0.9083)。説明変数(右辺)は企業当たり従業員数と純付加価値額で、これらを増進させれば社会増加が進むという関係を示唆している。本社機能を増やせば事業所規模は大きくなり純付加価値額も高まるし、1人当たり付加価値額の高い業種(情報通信業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業等)を増やす事でも純付加価値額が高まるから、こうした産業機能・業種を首都圏から移転させる事が受け入れた都市の社会増を増進させる事となる。特に、これらの機能・業種の移転は若者(20~30代)や中堅層(30~40代)を吸引する事に繋がる点が重要なポイントだ。

地方における人口減少の要因は、出生率の低下もさることながら、適齢期の若者層が流出してしまう事が大きい。地方に若者・女性の定住増進が叶えば、現状の出生率でも子どもを増やす方向へと働くので、東京一極集中を是正する国土改革を掲げる事が重要なはずだ。国土形成計画全国計画や地方創生2.0との整合性も図りながら、首都圏に立地する企業の経営者に移転を啓発し、その実践を促す効果的な政策を制度設計してほしい。
一方、全国の政令指定都市は、これに呼応した受け入れの競争力を高めねばならない。十分なオフィス供給計画はあるか、オフィスワーカーが英気を養うアーバンリゾート空間があるか、子弟の教育環境は質の高い状況か(魅力的な公教育が展開されているか)、大規模災害への備えは強靭かなど、課題は多いはずだから、一極集中是正の受け皿となるべく準備を進めねばならない。
人口戦略本部は、2025年内に「地域未来戦略」の総合戦略を取りまとめるとしており、各分野で短期施策の実行と長期施策の設計を目指すとしている。極めてスピード感のある取り組みだが、「地方の疲弊は若者の流出にある」事を十分に踏まえ、正鵠を射た戦略を組み立てて頂きたい。東京一極集中の是正を掲げ、産業の移転を促す政策は、東京都からの猛烈な抵抗が想定されるが、「我が国最大の問題」と掲げた以上、覚悟を持った取り組みを期待してやまない。


















