Vol.196 なごや水道・下水道連続シンポジウム第3回「水の未来を考える」  -上下水道が直面する経営課題にどう向き合うべきか-

名古屋市上下水道局が2024年度に開催している「上下水道の将来を考える連続シンポジウム(計4回)」の第3回が「水道・下水道の未来を考えよう」をテーマに開催された。筆者はパネルディスカッションのコーディネータを仰せつかっている。東京都市大学の長岡教授と名古屋市上下水道局の横地局長とのパネルディスカッションでは、「水の未来を守る」ために、名古屋市上下水道局が持つヒト・モノ・カネの強みに着眼して議論した。

1.培われてきた技術力、施設・設備、財務基盤  -水道110年、下水道112年の歴史-

東京都市大学の長岡教授は、名古屋市の水道・下水道の強みとして技術力の高さを強調した。名古屋市だけに継承されている固有の技術(印籠接手、乙分水栓など)を紹介しながら、長期にわたり伝統的な技術を継承する組織力も全国の中で秀逸だと言及した。また、日本で最初に活性汚泥法を導入した堀留水処理センター(その後、全国に普及)や、緩速ろ過方式で機能更新した鍋屋上野浄水場(機能更新する際には急速ろ過方式や膜ろ過方式を採用する例が多い)などの例を挙げながら、組織が育む革新的風土も特徴点として指摘した。これらは、ヒトの強みである。

次に、名古屋市上下水道局の横地局長は、水道基幹施設の有形固定資産額が3,180億円、下水道基幹施設の有形固定資産額が1兆293億円にも上るとした上で、こうした膨大な施設の耐震化事業の進捗状況などを紹介した(図表1)。いずれの指標も大都市平均と比して明らかに良好な水準である。これらは、モノの強みである。

また、横地局長は、名古屋市の水道・下水道料金が全国の大都市の中で最も低廉である事を紹介した(図表2)。つまり、名古屋の水は安いのである。東京都や大阪市より安いのはもとより、静岡市や浜松市と比べると倍半分の違いとなっている。これは、人件費や資金調達費を縮減しながらコスト効率を高め、耐震化事業に投資を割きながらも料金単価を抑えてきた経営努力の結果であると解説した。これは、カネの強みと言えるだろう。

このように、名古屋市の水道・下水道は、長い歴史の中でヒト・モノ・カネの強みを培ってきたのだが、全国的に水需要は減少する局面に突入している。水を使用する機器の節水技術が格段に進化している事に加え、人口減少が拍車をかけて水需要は減少しているのだ。また、需要が減少トレンドとなった事に加えて、電気料金や諸資材、人件費等の上昇傾向が強まっている事から、水道・下水道事業の収支は全国で悪化している。名古屋市もご多分に漏れず、遂にR5年度に赤字に転落した。今日までに培われてきたヒト・モノ・カネの強みを活かして、将来にわたって安心・安定の水事業を持続していかねばならぬと横地局長は語った。そのポイントをパネルディスカッションで議論した。

2.ヒトの強みを如何に継承するか  -DXとNAWSの活用-

人口減少下では、当然にして上下水道局の職員数も減少していく事となる。しかし、これまでに築かれてきた膨大な施設規模を簡単に縮小する事はできないから、業務量は減らないと考えねばならない。長岡教授は、このギャップを埋めるにはDXと民間企業の活用が不可欠だと指摘した。

DXの潮流は今後も引き続き進化していくであろうから、これを積極的に導入して業務の効率化を図る事がまずは重要という事だ。手近なところから始め、将来的には現在開発中のスマートメーターを導入して水道メーターの検針業務を自動化する事も視野に入るだろう。一方、民間企業の活用は、ウォーターPPPと呼ばれる運営権の譲渡等を意味しているものではなく、名古屋市上下水道局は外郭団体にNAWS(名古屋市上下水道総合サービス㈱)を有しているため、その活用を強化していく事が合理的だという主旨だ。

DXの積極導入については、対象となる業務の選定と導入時期の見定めが重要となるだろう。また、ウォーターPPPを導入している自治体の多くが既に技術職員をほとんど抱えていない状況であるのとは異なり、名古屋市のようにヒトの強みを持つ自治体では、外郭団体との協業関係を見直し、ヒトの強みを活かしながら直営で業務の効率化を図る事が合理的と解される。

3.モノの強みに依存し過ぎては危ない   -名古屋市民による水文化の醸成を-

図表1で見たように、名古屋市の耐震化の取り組みは全国的に見て明らかに進展しているのだが、全てにおいて完全な準備ができている訳ではない。例えば、名古屋市における上水道の基幹管路の耐震適合率は79.9%だが、上水道の全管路の耐震化率は36.9%でまだまだ苦しい。従って、当局が知恵を絞り組織を挙げて取り組んでいるハードウェアの状態が早晩完璧になると過信する事は出来ない。

膨大な施設・設備で構成されている名古屋市の上下水道システムは、誇らしい技術と相対的に進捗の高い耐震適合を纏っているが、ハードに依存した強靭性だけでは乗り越えられない局面も想定される。いつ発生するか分からない大規模災害を念頭に置く時、市民が被災下の状況に耐える力、乗り越える力を培わねばならない。

そのためには、名古屋市民が上下水道に関する知識力を高め、非常時における自助・共助のパフォーマンスを身に着ける事が重要で、名古屋大学の平山教授はこれを「水文化の醸成」の必要性と説いた(第1回シンポジウム)。名古屋市上下水道局がヒト(技術力)とモノ(施設の耐震力)で支え、市民が水文化で補完するという共創関係が必要と考えねばならない。

4.カネの強みは守れるか   -眼前にあるのは赤字に転換した収支と料金改定-

名古屋市は安い水利用を長らく実現・維持してきたが、先の名古屋市上下水道審議会では11.8%の値上げが必要と答申した。水需要の減少と諸コストの上昇を考えれば、市民は必然性を持って受け入れねばならぬだろう。

また、横地局長は、料金単価の改定の必要性に加えて、料金収入の構造の中にある二つの偏りについて解説した(図表3)。第一は、水道事業の経費に占める固定費の割合が約9割であるのに対して現行料金では基本料金の割合が約3割だという不均衡だ。安定的な経営を行うためには、固定的な経費を基本料金で賄えることが理想的だから、現状の不均衡を修正していく必要があるという指摘だ。

第二は、20㎥/月未満の小規模使用者が全給水戸数の8割を超えるのに対し、給水収益の約25%を占めるのが301㎥/月以上の大型使用者となっている不均衡だ。負担の公平性という観点からは、この不均衡を修正していく必要があるという指摘だ。料金改定に合わせて、これらの二つの偏りを解消する方向へと料金体系を修正していく必要があるというメッセージと受け止めた。

まだまだ残る耐震化事業を着実に進めていくためには、上下水道の赤字を続ける訳にはいかないから必要最小限の料金値上げを市民は受け入れる必要があるし、経営の安定性と負担の公平性を実現する料金体系へとチューニングしていく事も公営企業として必要な姿勢だろう。

5.名古屋市上下水道局の今後   -経営理念に「信頼」を掲げる使命感-

上下水道事業審議会は、名古屋市上下水道局の経営理念として「信頼」を掲げ、つよく(強靭性)、やさしく(健全な水循環)、どんなときも(危機管理)、いつまでも(持続可能な財務基盤)を経営戦略として立案する当局案を適切と答申した。

その底流にある当局の姿勢は、名古屋市上下水道局が培ってきたヒト・モノ・カネの強みを名古屋市民の資産と捉え、これを将来に向けて守っていく必要があるという使命感だと受け止めたい。その使命感の上に立って全組織を上げて取り組んでいくためには、市民との相互理解が必要となるため、信頼関係を構築していく事が不可欠だという理念だろう。

我々市民も、信頼関係を構築するパートナーとして、名古屋市上の水道・下水道について関心を持ち、基礎的な知識を習得し、「なごやの水文化」を醸成する姿勢を持たねばならないだろう。

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