Vol.182 名古屋市役所の空調時間が延長された!?  -夕刻1時間延長の舞台裏と限界性-

県庁や市役所等の庁舎では、空調設備の運転が極めて硬直的かつ限定的に運用されている。原則は就業時間内に限って運転されているため、始業前や終業時刻以降の時間外勤務は空調無しで行われている。今夏のような激暑であっても定時になると冷房が止まるし、厳寒期であっても暖房が止まるのだ。このような運用が強いられる道理があるのだろうか。庁舎の空調の運用は、もっと弾力的な運用がなされて良いのではなかろうか。

1.河村市長に空調の時間外運転を直言  -人権問題に抵触する恐れがあるのでは?-

2024年は猛暑、激暑、酷暑を超越した暑い日々が続いている。連日のように体温を超える気温となり、屋内でクーラーをつけて過ごしていても熱中症となる危険があるほどだ。そんな8月某日、某所で河村名古屋市長と同席する会合があった。筆者が定刻前に会場に着くと、河村市長は既に到着されていた。「お暑うございます」と挨拶をした後、「市長さん、こんなに暑いのに定時で役所のクーラーを切っていると人権問題に抵触しませんか?」と投げかけたところ、河村市長は即座に反応した。

「定時にクーラーを切っとるんか?」とオウム返しに問う市長。これに対して参加者からは笑いが漏れ、筆者が「市長さん、ご存じないのですか?市役所の皆さんは、定時以降は小さな扇風機を回して仕事してますよ。何とかなりませんか。」と畳みかけた。河村市長は「それはいかんでしょう」と答えると、すぐさま携帯電話を取り出し、市役所幹部におもむろに語り掛けた。「明日から定時にクーラーを切ってはいかんぞ。この暑いのに。」と強い口調で指示を出した。このやりとりの模様は筆者を含めて十人近くの会合参加者(ほとんどが市役所職員ではない)が聞いている。

筆者が驚いた事が2点ある。第一は、市長室以外の執務室で空調が定時に止められていることを市長が知らなかった事。第二は、携帯電話からの市長の一言で空調の運転時間が延びるとしたら、こんなにも簡単な事柄だったのかという事だ。

第一の、市長が初めて知った事についてだが、市長が職員の執務室に出向くことは通常ないため(どこの役所も同様だ)、執務環境の実態を知らない事は百歩譲ってあり得るとしよう。しかし、市長の周囲にいる人たちが進言していなかったのかと驚く。既に河村市長の在任期間は15年を超えているにもかかわらずだ。第二の、携帯電話からの一言で運転時間が延びるとしたら、どうしてもっと早く実現できなかったのかと不思議な事だ。

2.役所の意識と名古屋市役所の特殊事情   -市民目線への過剰意識と重要文化財-

当然のことながら、市役所は市民が納める税金で運営されている。従って、市民目線で反感を買うような言動や規則には極めて気を使って慎むような風土がある。定時に空調を切る事以外にも、昼休みに照明を消灯する、コピー用紙は再生紙を使う、庁舎の設備更新はなるべく行わない、などにそれが表れている。これらは名古屋市に限らず、全国の役所で共通して見られる姿勢だ。

一方、民間のオフィス等でここまで我慢を強いる事は稀だ。その端的な例が空調である。仕事をしている以上、電気をつけるのは当たり前だし、空調を入れることも当たり前に運用されている場合が多かろう。筆者も現役時代、無謀なほど残業を重ねたが、照明や空調に遠慮する気持ちは皆無に近かった。

自らの責任で利益を追求している民間と、市民が納める税金で仕事をする市役所とで意識が異なるのは仕方のない事かもしれない。しかし、度を超えた慎み方は職員のモチベーションに影響を与えるし、公務員を志願する若者の意欲を削いでしまう恐れがある。少なくとも筆者は、必死になって仕事している職員が空調を利用する事に対して違和感を覚える事はない。

また、名古屋市役所の場合には特殊事情も重なっている。名古屋市の本庁舎は戦前に建築された帝冠様式という美しい建築物で、愛知県本庁舎とともに重要文化財に指定されている。重要文化財は、改築は勿論のこと改修にも強い制約があり、設備の入れ替えから窓のサッシの修繕に至るまで原則不可となっている。このため、名古屋市本庁舎の空調は、相当に古い設備を使い続けており、加えて全館空調という古いタイプのシステムのままとなっている。

全館空調は、文字通り建物全体を対象に空調を運転するので、人がいない部屋にも空調をかけてしまう。これがムダと扱われるため、定時以降の運転が憚られてしまうのだ。それでは個別空調に切り替えればと思うのだが、重要文化財であることが設備の入れ替えを阻んでいる。結果的に、燃費効率の著しく低い旧式設備を使い続けているのだ。そして、断熱性の低い建築物であるため、運転していても空調の利きは悪く、空調が止まるとすぐに外気の影響を受けてしまう(夏は暑く、冬は冷える)。誠に過酷な執務環境だ。

3.さて、事の顛末は?   -名古屋市役所の空調運転の取り扱い-

河村市長の携帯電話からの一言で、その後どのような事態へと展開したのか。筆者は興味津々で市役所の知人に尋ねた。すると、現状は7時45分から18時30分までの運転時間となっていたものを、1時間延長して19時30分までの運転とする事を総務局が決め、市長の電話の翌日に市長に報告されたという。本庁舎と東庁舎、西庁舎が対象だ。これを聞いて2つの感想を持った。

第一は、「延長された!」という実現への喜びだ。これまで長年にわたり、幾代もの市長の下で続けられてきた「役所の掟」の一部が変わったのだ。市長の意向一つで変わるのであれば、他の市町村でも是非倣ってほしい。盛夏や厳寒の時期には、空調運転時間の延長を躊躇なく実践してもらいたい。

第二は、「たったの1時間か」という失望だ。聞くところによると、燃費が悪い全館空調方式のため、予算との兼ね合いで延長時間は1時間が限界だと判断したという。しかも、延長は8/31までの期間に限られるという。詳しい事は分からないから批判し難いのだが、空調が停止すると夏は卓上扇風機を、冬は暖房器具を各職員が使用しているから、電気代に換算すると全館空調とどちらが経済的なのだろうか。9月も残暑が厳しいので、引き続きの柔軟な検討を望みたい。

一方、お隣の愛知県庁では、働き方改革の一環で時差出勤を奨励していることから、これに合わせて運転開始時間を早め、夕刻の運転時間も延ばしているという。愛知県の方が若干弾力的な運用がなされていたようだ。要するに、首長の腹と予算次第という事なのだと解される。

全国の自治体の空調の運転が柔軟に行われ、職員の執務環境が少しでも改善する事を筆者は願いたい。また、老朽化している庁舎の建て替えについても、もう少し積極的に検討がなされて良いのではないかとも思う。老朽化した庁舎は、建て替えと長寿命化が天秤にかけられる事が多いのだが、長寿命化は躯体の耐震度は上がるものの設備の改修がどこまで進むかは別問題だ。役所の執務環境を近代化する事は、決して血税の無駄遣いだと筆者は思わない。むしろ、節度のある近代化は、是非実施して頂きたいと願う。その事で、役所の生産性を向上させ、政策立案力を強化し、都市の新陳代謝を促す事が期待できるからだ。首長の腹と予算次第の事案であるならば、是非、胸を張ってご検討願いたいと願う。

今回、河村市長に空調の件を直言して和んだのは、「知らなかった」というシンプルな現実と「人権問題」というワードに即座に反応して指示を出した人情味だ。そして、大盤振る舞いとはいかなかったものの、当局が迅速かつ素直に対応した事も喜ばしい。人情市長の横顔を垣間見る出来事でもあった。

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