Vol.179 中部圏広域地方計画は全国計画に正対せよ!  -東京一極集中是正に踏み込みの深度化を-

2024年12月に公表予定の中部圏広域地方計画(2024年7月現在、策定中)は、ポストコロナのタイミングでリニア時代の幕開けに向き合う重要な計画だ。衰退ムードが漂い始めている中部圏にとって、地域の将来をどのように描き、国土の発展に如何に貢献していくかを明示する役割を担わねばならない。しかし、2023年12月に公表された有識者会議資料を拝見する限り、そうした主旨は読み取れず踏み込みの不足感を禁じ得ない。

1.新たな中部圏広域地方計画の策定経過  -国土形成計画(全国計画)に応えるとき-

中部圏(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県南部)は、圧倒的に強いモノづくり産業の集積を基軸に日本経済を牽引してきた。また、東日本と西日本の中間に位置する事から、基幹的な陸上交通基盤(幹線道路・高速鉄道網)の要衝としての役割も担っている。つまり、中部圏は日本の国土において特質の際立つ地域ブロックと言って良い。

しかし、中部圏の人口は既に減少に転じ、その速度が加速し始めている。今のところ、産業活動が堅調であることからGRPは維持されているが、今後は人口減少が一層に加速していくことで家計消費が失われるから、ベースロードの消費需要が減少してGRPの縮退は避けられない。既に、中部圏の全ての県・地域で人口は減少しているが、その主因は首都圏への若者の流出にある。中でも強い警鐘を鳴らしているのは愛知県西三河地域の人口動向だ(vol.158ご参照)。モノづくり産業の心臓部地域である西三河地域では、これまで「自然増+社会増」で人口増加を続けて来たが、2024年には大きな自然減となり、社会増がゼロ近くに萎んで人口減少に転じた。ここでも若者の流出が主因に上げられる。この事は、モノづくり産業だけでは若者の首都圏流出を止める事ができないことを示唆しており、中部圏の将来に暗い影を投げかけている。

中部圏で衰退傾向が萌芽している今、新たな中部圏広域地方計画(以下、中部圏計画)の策定が進められており、R6年12月に公表が予定されている(図表1)。広域地方計画とは、国土形成計画全国計画(以下、全国計画)の地方版であり、国が策定する全国計画を踏まえ、各地方圏で広域地方計画を策定して国が承認する枠組みとなっている。新たな中部圏計画は、2050年を見据えた概ね10年の計画となるから、リニア開業後の国土における中部圏の役割と発展方向を示す必要がある。

2.全国計画が打ち出した国土コンセプトとは   -場所と時間の制約を克服する国土へ-

R5年7月に閣議決定された全国計画では、「デジタルとリアルの融合により、場所や時間の制約を克服する国土に転換する」ことで東京一極集中を是正し、東京と地方がwin-winの関係を構築できる「シームレスな拠点連結型国土」を目指すことを掲げた(vol.136ご参照)。

コロナ禍を経験した今日において、この全国計画は正鵠を射た計画であると筆者は得心している。過去に目指してきた「均衡ある国土の発展」を望む事にはリアリティがない。だからと言って、人口減少を甘受したまま交流人口のみに依存していては地方圏は活性化しない。全国の若者が東京に吸い上げられている事で地方が疲弊しているのだから、若者たちが地方に居住しながら東京と関わりを持ちつつ活動できる国土の姿を希求すべきだ。そして、コロナ禍が産み落としたリモートスタイルが、その扉を開いた。これを国土計画として描いたのが、今回の全国計画だと受け止める事ができる。

中部圏計画としてはこれに呼応しなければならない。中部地方整備局がとりまとめてR5年12月までに公表されている中部圏計画(策定検討中)の関連資料を要約すると図表2となる。これを全国計画と照合して気づく点を3つ指摘しておきたい。第一は、中部圏が東京一極集中是正の受け皿となりながら自立的な発展を遂げるという視点が伺えない事だ。首都圏に集中している人口や産業機能の中部圏への移転を促す方針を出さねば、一極集中の是正に貢献できない。そして、中部圏の中だけの取り組みでは人口増加にも産業振興にも限界があり、持続的成長を実現する事は困難だ。

第二は、場所と時間の制約を克服する国土に転換するために、中部圏がそのモデルとなるという姿勢が明示的に見えない事だ。日常は地方圏で生活や仕事をしながら、必要に応じて首都圏に移動して目的を果たすライフスタイル、ワークスタイルを実現する事が地方圏にとって望ましいあり方だ。しかし、場所と時間の制約度合いは、地域の立地条件によって異なる。いざと言う時の移動しやすさは、立地条件と利用できる交通手段によって大きな差があるからだ。リニアの開業によって、中部圏は首都圏との間で高速移動が短時間で可能な立地となるため、モデルになり得る圏土だという点を主張したいところだ。

第三は、デジタルとリアルの融合により若者たちが中部圏で活躍する地域づくりが計画として体系化されていない事だ。若者たちが居住地として中部圏を選択し、デジタルを活用しながら国内に限らずワールドワイドに活躍できる地域づくりを行わねば、中部圏からの若者流出は止まらない。若者流出の抑止こそが、中部圏が直面している衰退傾向から脱却するためにどうしても必要なアウトカムとして設定されるべきだろう。
少なくとも、これらを中部圏のミッションして設定しなければ、全国計画に正対した中部圏計画にはならないのではなかろうか。

3.中部圏計画は全国計画と正対しているか   -踏み込み不足の一極集中是正への姿勢-

図表2に示した中部圏計画(策定検討段階)の要約から読み取れる事は、強靭化、モノづくりの高付加価値化、日本中央回廊の形成、QOLの向上が強調されている点だ。これらについては何一つ否定されるものではないが、先に指摘した3つのミッションについて、踏み込みの不足感が否めない。だから全国計画と正対していないように映るのだ。

データが示している中部圏の衰退傾向の典型は、若者の首都圏への流出が著しい事だ。この点は中部圏の課題(図表2左側中段)で触れられているが、そのための目標設定が体系化されねばならない(図表2右側で)。若者たちは、経済処遇と社会貢献の両立にやりがいを求めるミッションドリブン志向だ。この志向に応えるためには、付加価値創出力の高い地域づくりを行わねばならない(vol.152、154、159ご参照)。

そこで、中部圏は産業の機能と業種の観点で産業構造改革を進める必要がある。機能の観点とは、本社機能をはじめとする業務中枢機能の集積を図る事だ。本社機能は事業所の中でも付加価値が高く、高度な立地条件が求められる。例えば、国内移動を容易にする高速交通体系はもとより、国際空港が利用しやすい事、国際港湾を背後に擁している事などのインフラ条件に加えて、ゆとりあるライフスタイルを構築できる住環境も必要だ。この際、首都圏よりも立地コストが明らかに安ければ、本社を移転する経済合理性が整う事となる。リニア開業後の中部圏はこうした資質を有しているから、首都圏から本社機能の移転を受け入れる準備をしなければならない。また、業種の観点で言えば高付加価値業種にターゲットを充てることが望ましく、代表的な業種として情報通信業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業などが対象となるべきだろう。中でも、情報通信業は首都圏へのアクセス性が重要条件となるから、リニア開業後の中部圏は好条件を備えている。

こうした機能と業種を念頭に置いた産業構造改革を圏域として推進すれば、20代~40代の若者や子育て世代が居住地選択の対象として中部圏を評価するだろう。但し、これを実現するためには、いくつもの関連課題に同時に取り組んでいかねばならない。例えば、名古屋都心部をはじめとした拠点駅周辺のオフィス供給計画の促進、子育て世代の立地選択を後押しする公教育の高質化に向けたリデザインなどは必須の取り組み課題だ。リニア開業前に、都市整備と産業振興および公教育等を連動させて地域づくりに取り組む必要があり、本来は中部圏計画がこの観点を提示する役割なのだ。

いずれにしても、モノづくりを基軸とした産業構造のまま高付加価値化を促そうとしても若者流出は止まるまい。また、中部圏のパイだけで持続的発展を考えるには限界が見えており、首都圏からの移転需要を掘り起こし受け入れていく戦略が必要だ。こうした視点に立った中部圏計画を立案することが、デジタルとリアルの融合した国土の転換を促し、場所と時間を克服する国土のモデルとなり、以て東京一極集中の是正に貢献し、同時に中部圏の持続的発展を両立する道なのだと筆者は考えている。

今回策定される中部圏計画は、これまでの圏土計画の中で最も重要なタイミングでの計画だ。残された時間でブラッシュアップされることを切に願いたい。

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