自民党の石破茂・元幹事長が「リニアは本当に必要なのか」と疑問を投げかけたという(2024.5.10毎日新聞配信)。リニア中央新幹線(本稿ではリニア)の工事を拒み続けてきた川勝静岡県知事の辞任によって着工への期待が膨らむ中で、大物議員からの水をかけるような発言に筆者は驚きを隠せない。リニアは国土観を持った議論が必要だ。報道された石破元幹事長の考えをよく吟味してみたい。
1.石破茂氏の発言内容 -「東京から大阪まで通すリニアが必要なのか」議論は未成熟だ-
石破氏はいくつかの疑問を提示した上で、リニアの議論は十分に成熟していないという認識を示したとされる。毎日新聞が配信した記事から石破氏の疑問を分解して拾うと論点は次の4つだ。(1)東海道新幹線が老朽化したからリニアが必要というのは論理の飛躍がないか、(2)新幹線より早い列車のニーズはどこにあるのか、(3)財政投融資3兆円を充て約30年も据え置く優遇には納税者が納得する説明が必要だ、(4)東京一極集中からメガリージョン集中へ加速するだけだ、と指摘した。これらについて一つ一つを考えてみたい。
(1)東海道新幹線が老朽化したからリニアが必要というのは論理の飛躍がないか
東海道新幹線は1964年の開業以来60年が経過しており、老朽化が進展していることは異論のないところだろう。ここで石破氏が指摘する問題は、「対策の在り方」になると思われるが、老朽化対策としては本線改築かバイパス整備しかない。本線改築は、営業しながらの整備となるため制約が非常に強い一方で新たなメリットが生まれにくい。これに対してバイパス整備は、新たなルート沿線に時間短縮のインパクトをもたらすから地域振興を広域的に巻き起こすメリットがあり、加えて1本であったルートが2本になるのだからリダンダンシー(冗長性)が格段に高まる。本線改築は、バイパス路線のルート選定が不可能な場合に余儀なくされる手法と考えるべきで、リニアの場合は新たに「リニア中央軸」が形成されることを国土上の大きなメリットと考えるべきだろう。
尚、石破氏は意図していないと思うが、「日本の人口が減少するのだから新規路線は不要」という主張ならばご免こうむりたい。地球上の国家が日本だけであるのならまだしも、各国が国際競争力向上に向けたインフラアップにしのぎを削っている中で、日本だけが人口減少を理由にインフラアップを放棄すれば、日本の競争力低下は目に見えている。東海道新幹線がそうであったように、他国が持たない新技術を投入してインフラアップを図る事は、国際社会における日本の地位を築くためにも必要なことだ。
(2)新幹線より早い列車へのニーズはどこにあるのか
石破氏は、東海道新幹線よりも早く移動したければ飛行機を利用すれば良いではないかと考えているようだ。確かに、リニアは超高速鉄道で、その営業速度は500km/hを超えるから航空機並みのスピードである。但し、陸上交通のリニアと航空機利用を比較すると、図表1に示す通りリニアの方が格段に利用しやすく便利だ。実際、東京~大阪間では新幹線と航空機の利用を選択できるが、新幹線:航空機=7:3となっており、新幹線利用者が圧倒的に多い事でも陸上交通の使い勝手の良さが実証されている。航空機並み速度の列車を整備しなくても飛行機に乗ればよろしいというのではインフラアップとは言えない。
品川~名古屋が現状の89分から40分に短縮されることを喜ばない人がどれほどいるだろうか。半分以下の所要時間で移動をこなし、なるべく早く家に帰れることは幸せなことだ。移動時間が圧倒的に短縮されれば、その分を他の時間に割り当てられるのであるから生産性を高めることも論を待たない。リニア開業後も東海道新幹線を利用したい人は、ゆっくり駅弁を食べたい人、車窓から富士山を眺めたい人、うたた寝を楽しみたい人などだと思うが、決してマジョリティではあるまい。現状の新幹線よりも速い列車のニーズは、疑うべくもなく強く存在すると考えるべきだ。
(3)財政投融資3兆円を充て約30年も据え置く優遇には納税者が納得する説明が必要
本来、リニアはJR東海の独自事業として自社単独の費用負担で整備するとされていたが、安倍政権時にリニアの新大阪までの開業をなるべく早期化する事を企図して財政投融資を3兆円つぎ込むことを決めた。石破氏の指摘は、リニアの効果は全国に均質に行き渡るものではなく沿線地域に色濃く発現するため、財投を投入するには公平性の観点から国民に対する説明責任が強く求められるはずだという指摘と解される。
確かに、高速交通プロジェクトの経済効果は、2つの条件を具備する地域に強く発現する。①時間短縮効果を享受する地域に効果が大きく発現し、②現状の経済産業集積が高い地域が効果を吸着する傾向が強い。図表2は、リニア開業による経済効果を、都道府県別の帰着便益で示したものだが、2つの条件を高い次元で具備する東京都が圧倒的に大きな経済効果を享受すると見通され、都道府県別の効果の濃淡は大きい。
しかし、これはリニアだけの効果を示したものであり、北海道新幹線や北陸新幹線などでは各々の沿線地域に経済効果が発生するのであるから、全国の新幹線計画を着実に推進・強化していくことが重要であり、リニアの効果が沿線地域に偏るから不公平だとするのは当たらない。但し、リニアに財投を投入する事の意義と正当性については政治判断であるから、しかるべき説明が政治サイドからは必要だろう。しかし、これはリニアの要否とは次元の異なる話だ。
因みに、世帯当たりの便益を都道府県別に見ると(図表3)、大きいのは山梨県、長野県、三重県などと見通されることから、大都市だけを利するプロジェクトと限定せず、地方の活性化にも寄与するプロジェクトであることにも十分な留意が必要だ。
(4)東京一極集中からメガリージョン集中へ加速するだけだ(むしろ地方鉄道の高速化を)
石破氏は、リニア開業による国土へのインパクトは、東京一極集中からスーパーメガリージョン(リニア沿線の都市圏)への集中に変化するだけだと述べたという。東京一極集中の是正は、1962年に策定された全国総合開発計画から掲げ続けられている我が国国土の積年の課題であり、半世紀以上が経った今も克服されていない。
東京一極集中の是正は、東京があまりにも過密化し、それが肥大化していることで、交通問題や住宅問題を引き起こしている事を踏まえて掲げられた課題だが(1962年当時)、今日的な問題はさらに大きい。筆者が強く主張したいのは高いコストだ。オフィスコストや住宅コストが高いことが、立地する企業の固定費を圧迫しているし、従業員は長い通勤時間や十分に広いとは言えない住居での暮らしを強いられている。
図表4で大都市の平均オフィス賃料を比較すると、東京を100とした場合には名古屋や大阪は概ね60だから、東京の企業は4割も高いコストを抱えながら経営を余儀なくされている。東京都から愛知県や大阪府にオフィス立地を変更するだけで固定費は大きく圧縮されるのだ。
また、図表5で家計における1人当たり教育費を都道府県別に比較すると、東京を1.0とした場合の愛知県と大阪府は0.52~0.54だから、概ね2倍の開きがある。東京都で1人を育てる教育費で愛知県や大阪府なら2人を育てることができるということだ。
このように、東京に強く依存している現在の国土では、企業も家計も高いコストを強いられているのであり、国際競争力を高め、国民の幸福度を上げるためには、東京以外の立地選択肢を現実的なものとすることが必要だ。名古屋圏、大阪圏に選択肢が広がれば、高コストな国土構造からの脱却に寄与することは間違いない。スーパーメガリージョンへの集中ではなく、スーパーメガリージョンへの分散と捉えるべきで、このことで日本の国土はコストの観点から発展性が高まると考えるべきだろう。
また、石破氏は、リニアよりも地方鉄道の高速化を進めるべきだという主旨の持論を述べたという。地方鉄道の高速化は意義があるし必要だと思うが、そのことがリニアを否定する事にはならない。高コストでハイリスクな国土構造を打開し、スーパーメガリージョン一帯で新しい立地選択肢が生まれることは、日本の発展のために意義ある事だと筆者は疑わない。
2.リニア論議を成熟化させることを意図したのでは -ベテラン政治家の高度テクニックか-
このように、石破氏が指摘した4点を一つ一つ吟味していくと、リニアの意義や必要性が改めて浮き彫りになるように思う。日本を代表するベテラン政治家は、リニアの必要性について論議の成熟化を狙って意図的に発言したのではなかろうか、とも思いたくなる。
筆者は、石破氏は国家観を持つ政治家としてかねてから好感を持ち、政治活動の実績についてもリスペクトしている。その石破氏が、国土におけるリニアの必要性に対して真に疑問を呈しているとしたら大変残念だ。均衡ある国土の発展は理想だが夢でしかない。国家経済の発展を牽引するエンジン地域を東京以外に形成・強化していくことが、結局は日本の発展に結び付いていくと考えねば隘路から脱却することはできまい。
石破氏は政界きっての鉄道オタクだという。そんな石破氏は「鉄オタとしてリニアほどつまらないものはないのだよ」とつぶやいたらしい。確かに、リニア(品川~名古屋)は8割がトンネル区間で、明かり区間(地上を走る区間)は2割しかないから、旅情をくすぐらない。しかし、超高速移動の実現によるメリットを踏まえれば、リニアと東海道新幹線を選択できることは重要な意義だ。石破氏の「リニアは本当に必要なのか」という発言が、リニア議論の成熟化に結び付く契機となることを願いたい。