少子化問題がマスメディアで報道される頻度が高まっている。契機となったのは岸田首相が年頭会見で発した「異次元の少子化対策」だ。1980年代から顕在化していた少子化問題は人口減少に直面する事態となり、2023年3月時点で国会論戦の焦点の一つとなっている(vol.104ご参照)。議論の中心は対策予算の規模だが、国内の現状を前提として大型支援予算を組むことでは対処療法の域を出ない。日本が固有に抱える少子化問題の底流には国土の一極集中に大きな要因がある。
1.日本人が結婚しない理由 -価値観は変えられないが経済的理由は支援対象に-
内閣府が行った「少子化社会に関する国際意識調査(R2)」によると、日本人が独身でいる理由は図表1のようなランキングとなった。このうち、最も多かった「適当な相手に巡り合わないから」に始まり、2位「自由と気楽さを失いたくない」、4位「結婚する必要性を感じない」、5位「趣味や娯楽を楽しみたい」は価値観の問題だ。結婚しない理由上位5つのうち、4つが価値観の問題だから政策が介入する余地は少なく、手詰まり感を強める。
一方、3位にランクインしている「経済的に余裕がないから」は経済支援の対象になり得るから、ここに政治の論戦が集中するのは致し方ないとも映る。回答率で約3割の独身者が経済的理由で結婚しないと答えているのだから「経済支援を強化しましょう」となるわけだ。
尚、「結婚生活のための住居のめどがたたないから」の回答率は4%(11位)に過ぎず、住居問題は要因になっていないように見えるが、このアンケートは「結婚しない理由」なので「子供を産み育てるかどうか」を直接聞いていないことに留意が必要だ。「結婚をして、かつ子供を持つか」という問いになれば、東京都をはじめとする大都市圏では住居問題は顕在化する可能性が多分にあると筆者は考えている。
2.子育てにかかる経済的負担の中心は教育費 -塾と習い事がツートップ-
内閣府の同調査では、子育てにかかる経済的負担についてもアンケート結果を得ている。結婚をしない理由のうち、政策で支援対象となり得る経済的理由が3位と、一応上位になっていることを踏まえ、この点を確認しておきたい。図表2にランキング形式で示しているが、上位5つのうち1位から4位までが教育費と保育費だ。中でも、1位の「学習塾など学校以外の教育費」と2位の「学習以外の習い事」がツートップとなっている。
学校教育費は4位で先のツートップと比べると回答率も3割代にとどまっているから、異次元の少子化対策で対象になると思われる学校の無償化などは、一定の効果は期待できると思われるが特効薬とまではならない可能性がある。一方で、塾や習い事を対象とした経済支援を大規模に打つことはバラマキそのものになる可能性があるから、公的政策としては学校の無償化にターゲットが集中するのも致し方ないと見るべきだろう。
尚、ここでも住宅費の回答率は13.4%にとどまっているが、本調査は独身者を対象に結婚について聞いているので留意が必要だ。結婚した若い夫婦を対象に、子供を持つことへの不安を直接聞けば、住宅問題は一層に顕在化する可能性があると思われる。
3.都道府県別1人当たり教育費の格差 -東京都は全国平均の2倍以上-
それでは、負担感の中心となっている教育費について実態を見ておきたい。総務省が実施している「家計調査」を基に18歳未満の子供1人にかかっている各世帯の年間教育費用を都道府県別に算出してランキング形式で示したのが図表3だ。
1位は東京都で上位5位までの中に首都圏の4都県が占めた。中でも東京都の突出度が際立っている。東京都の1人当たり教育費の平均は年間455,022円で、全国平均(217,420円)の約2.1倍である。また、地域格差は大きく、47位の青森県は東京都=1.00に対して0.23だから5倍近くの開きがある。筆者の住む愛知県は13位で全国平均よりも高いものの(全国平均比1.1)、東京都比が0.526だから東京都の半分に近い。
また、1人当たり教育費が全国平均よりも低い(全国平均比が1.0未満の)都道府県は33道府県あり、東京都の水準=1.00に対して5割代以下(0.6未満)の道府県は42道府県もあるのだから、地域格差の顕在化は東京都をはじめとする首都圏の教育費の高さが大きな要因となっている。少子化問題を議論すると、地方においても教育費負担の重さを耳にするのだが、東京都の教育コストの高さは群を抜いており、教育負担の問題は均質的ではない。
結婚を阻む理由に経済不安があり、子育てにかかる経済的負担感は圧倒的に教育費だという構図の中で、家計が教育に要している費用は都道府県別に実に大きな格差がある実態を理解しなければ国策として正鵠を射ることはない。
4.教育費負担を軽減する経済支援は対処療法 -東京一極集中の是正が本源的処方箋-
さて、「異次元の少子化対策」では教育にかかる費用支援をはじめとした経済支援策が中心に盛り込まれる可能性が高い。また、東京都は小池都知事がチルドレンファースト予算を組み上げる姿勢を示し、大阪府は高校無償化を打ち出すなど、地方自治体でも「子ども」に対する経済支援を手厚くする方向で動き出す気配が濃厚だ。
子どもにかかる費用のうち、圧倒的に負担感が集中している教育費をターゲットに支援策を講じることは一見妥当に思われるが、筆者はこれでは対症療法の域を脱しないと考えている。このまま国が教育費支援を大規模に行えば、突出して高い東京都の教育費の現状を放置して公費を投入することなり、結果的にその支援費は東京都に集中することになるからだ。
東京都を中心とした首都圏の教育費が高いことが出産のハードルに繋がっているという課題を克服するためには、金を配るだけでなく、首都圏以外で教育するという選択肢もあり得る。前者は現状をそのままにして経済的支援を行うのに対し、後者は日本の国土の在り方を変えるという前提に立つ。筆者は、後者に目を向けた対策があって初めて日本の少子化問題の本源的な対策になると考えている。なぜなら、東京一極集中という国土の課題が日本固有の課題であり、そこから派生する高コスト問題が少子化に影響していると考えるからだ。
コロナ禍によって産み落とされたリモートスタイルを活用することで、東京都に居なくても仕事をする選択肢は広がった。法人がオフィス機能を首都圏以外に移転することや、個人が首都圏以外に移住することを国が支援すれば、家計における教育費用をはじめとして居住費やその他の生活費が安くて済み、子育てにかかる家計負担が軽減される。東京に過度に依存しているから子育て費用に大きな負荷がかかっているという構造を見直してこそ本源的な少子化対策に繋がっていくはずだ。ここに手を付けずに経済支援だけを実施すれば、過大なコストを投じることにもなり、効率的な公費投入とは言えまい。
遠隔地でも仕事ができる、家族や知人と交流ができる、人材育成ができる、医療を受けられる、という時代に突入しつつある今こそ、東京一極集中の是正に取り組む好機である。首都機能を移転するのではなく企業立地の地方分散を促すことであり、転職を奨めるのではなく働き方を変えることで地方への移住を促すことである。一極集中の是正は、日本企業の経営コストを効率化し、国際競争力を高め、個人のQOLを高めていくに違いない。そして少子化に歯止めをかけることにも繋がっていこう。結婚や子育てに関する価値観に介入することは困難でも、働き方や暮らし方の価値観の転換を促していくことは可能なはずだ。こうしたシナリオを打ち上げてこそ「異次元」の取り組みと言えるのではなかろうか。