公共投資は事業効果(フロー効果)と施設効果(ストック効果)をもたらし、最終的には地域の発展をもたらすのであるが、常に財政規律とせめぎあい、大胆な公共投資を行うことには多くの自治体に躊躇い(ためらい)がある。名古屋市の公共投資はどうだろうか。長らく抑制的なトレンドにあるように筆者には映る。公共投資の効果を共有した上で、効果的な公共投資を大胆に実行するためには、「公民連携」が今後の重要ポイントだ。名古屋市に焦点を当ててこれを考えてみたい。
1.公共投資のフロー効果とストック効果 -民間投資を誘発しQOLを上げる-
公共投資がもたらす効果には事業効果(フロー効果)と施設効果(ストック効果)がある。それぞれの効果の概要についてまずは共有したい。
事業効果(フロー効果)は、主として建設期間中に発現する短期的効果で、景気浮揚効果、人材育成効果、技術開発効果などがあるが、代表的な効果は景気浮揚効果だ。図表1は、我が国の経済成長率(図中の青い折れ線グラフ)と公共事業費対前年比(図中の黄色い折れ線グラフ)を示しているが、両者の増減は互い違いに推移していることが分かる。つまり、景気が冷え込んだ時に公共投資を大きく投入して景気を浮揚させてきた経済政策の歴史が読み取れるのだ。このように公共投資の事業効果(フロー効果)は、景気対策としての側面を強く有している。
一方、施設効果(ストック効果)は、公共施設が完成した後、これが機能発揮することで生まれる効果で、長期にわたって積みあがっていく。効果の内容としては安全性の強化、経済の活性化、QOLの向上などがあり、公共施設に求められる重要な役割がここにある。従って、公共投資の意義を判定する際には、この施設効果を対象として有効性を吟味する。
施設効果は、公共投資によって整備される公共施設の種類や提供されるサービスの内容によって詳細の効果体系が異なるため、事業ごとに効果を検証することになるのだが、安全性の強化も経済の活性化もQOLの向上も都市にとって重要だ。とりわけ、有益なインフラが整備されて便利になれば、経済活動が活性化して更なる民間投資を誘発するし、クオリティの高い公共サービスが提供されれば市民の満足度が向上する。これらはいずれも都市の魅力を創出していくもので、良い公共投資が都市ブランドの構築に繋がることを意識しなければならない。
2.名古屋の公共投資には積極姿勢が見えない -財政規律偏重の傾向から脱却を-
公共投資のうち、道路、学校、公園などの建設費や用地取得費に充てられる普通建設事業費について、国内主要9都市を対象に人口当たりの額にしてランキングしたものが図表2だ。ハード整備だけを対象とした指標ではあるが、名古屋市は9都市中で最下位の状況だ。神戸市や横浜市とは大きく差が開いている。
各都市の予算は、膨大な事務事業等にも振り分けられて、福祉予算や教育予算などとして執行されているから、普通建設事業費だけを捉えて断定的に評価することは難しいが、少なくともハード整備費が少ないことだけは確かだ。この普通建設事業費は、先述した施設効果(ストック効果)をもたらすものであるため、名古屋市においてはこれが他都市と比べて発現量が少ないことが懸念される。
次に、実質公債費率の推移を5大都市で比較したものが図表3だ。実質公債費率とは、地方公共団体の借入金(地方債)の元利返済額の大きさを、その公共団体の財政規模に対する割合で示す指標だ。名古屋市の推移を見ると、H26年度以降は低下し続けている。借金返済の負荷による財政の硬直化を避けるために、起債を抑制して公債費率を下げる財政運営に努力されている様が伺える。
しかし、一方的に下げる事だけが適切な都市経営とは限らない。都市を取り巻く環境は中長期的に変わるので、好機が到来した際には集中的に投資を行い、施設効果(ストック効果)を発現させて都市の成長を促す努力も必要だ。ポストコロナに向けて東京都心部からの人口流出が始まっており(vol.57ご参照)、リニア開業後の国土における立地条件が圧倒的に優位となる(vol.62ご参照)ことが目前となっている今、名古屋市は積極的に投資を行って都市としての新陳代謝をぐっと上げる戦略が必要なタイミングだと筆者は考えている。
しかし、名古屋市の一人当たり公共事業費が低いこと、実質公債費率が低下の一途を辿っていることを見ると、財政規律を偏重した財政運営がなされているように思われ、戦略的な投資を行う姿勢は感じられない。実質公債費率の上昇を放置することは無論できないものの、都市の成長に効果的に繋がる集中的な投資を時として是とする財政運営も必要だと思うのだが、現状の名古屋市にはこの点が欠如しているようで残念だ。
3.民間の知恵とコラボレーションを -行政主導の公共投資計画では限界-
名古屋が都市としての新陳代謝を高めるための投資を積極的に行うタイミングは今後10年ほどが適していると筆者は考えている。「ポストコロナ×リニア」時代の到来に向けて、名古屋が飛躍的に発展する好機だということを、本コラムの別稿でも繰り返し述べてきた。 しかし、先のデータで見るように現時点での名古屋は積極的な投資に舵を切る兆候は見られない。どのような視点で名古屋の魅力を高め、到来しつつある好機を活かすべき投資計画を立案すべきか。3つの視点を例示したい。
第一は、清州越し依頼400年の歴史を再認識するルネサンス事業だ。名古屋城と熱田(神宮と宮の渡し)が名古屋の都市構築の基点であり、これらを結んだ本町通が当時の名古屋の背骨であった。名古屋誕生以来の都市構造の要素に着眼し、現代都市として活かし機能更新する計画的な投資が有効だ(vol.16ご参照)。
第二は、大胆な現状変更による新たな都心形成を期待したい。例えば、東京都港区にある六本木ヒルズを振り返りたい。ここは、約30年前までは「木賃地区」と呼ばれ、課題視された地区であった。木造賃貸家屋が密集していて耐火性が弱く、低所得者が多くて必ずしもエレガントな街とは言えない地区で、東京都としてはそのような現状を大きく変更したいと考えている地区であったのだ。それが今や、六本木ヒルズの誕生でステイタスの象徴と言える地区となっている。このように大胆な現状変更が行われた地区は名古屋にはない。筆者はオフィス機能の断続的な供給を続けることが名古屋には必要であると考えているから、金山地区や名駅西口地区を大胆に現状変更してオフィス機能を基軸とした新たな都心形成に繋がる投資がなされることが望ましい。
第三は、親水空間の再構築だ。堀川、新堀川、中川運河という名古屋市内の水辺は、貴重な水辺であるが必ずしも親水空間として有効活用されていない。水辺を利用したクオリティの高い空間に再構築できれば、人々は憩い、集い、飲食店等の収益機会場生まれ、アーバンリゾート空間(vol.37)となるだろう。それは名古屋市に乏しかった新たな魅力として認識されるに違いない。
他にも投資すべきテーマは多様に考えられよう。アイデアは無限にあるはずだ。しかし、そうした斬新で大胆な投資計画を行政の中だけで検討するには限界がある。六本木ヒルズの例も民間の突破力が実現の要因となった。アイデアの創出と突破力の投入に民間の力を有効に活用する前提で投資計画を練り上げるべきだ。そのためには、民間の発意を広く募り、検討の俎上に積極的に乗せて行く姿勢が不可欠だろう。図表2に見た人口当たり公共事業費が上位となっていた横浜市、神戸市にはこうした風土が培われている。翻って名古屋市には、民間と連携して大事を成す姿勢が十分には培われていないように思えてならない。
4.名古屋市に公民連携の窓口ができた! -ナゴヤフロンティアの誕生-
R4年度から、名古屋市総務局総合調整部総合調整室内に公民連携窓口が設置された。NPOや大学も含めた民間発意の受け入れ窓口機能が誕生したのである。大いに賛意を表したい。民間のアイデアを一元的に受け入れ、フラットに対話し、提案された内容を庁内関係部局に照会するコンシェルジュとしての役割で、「ナゴヤフロンティア」と名付けられた。魅力的で大胆な取り組み(公共投資等)を、加速的に増やしていくために重要な役割を果し得る仕組みだ。事業の実施段階で導入される民活手法に加えて、構想・計画段階から民間と知恵のコラボレーションを図る試みが始まると期待したい。
この窓口創設にあたっては、中田副市長と難波総務局長のリーダーシップが発揮されたのであるが、お二人とも名古屋市経済局長を歴任して民間との連携事業を濃密に経験されたキャリアを持つ。公民連携の経験を積まれたことで、役人だけで取り組む行政運営スタイルの限界を体現されたのだと拝察する。是非、庁内の他局を先導していただきたい。
今後、「ポストコロナ×リニア時代」でポテンシャルが高まる名古屋を舞台に、大胆でエポックメイキングなプロジェクトが次々と誕生してくることを期待したい。それは市民のQOLを向上させ、新たな都市魅力を生み出し、低いと評される名古屋市のシビックプライド(vol.12ご参照)を向上に導くに違いない。公民連携で大胆な公共事業を!目下の名古屋市に求められる重要な課題の扉が、今開かれようとしている。