名古屋都市センター(以下、都市センター)が、3年間事務局を務めた三の丸研究会の報告書を公開するとともに(vol.192ご参照)、シンポジウムを開催した。多くの発見と気づきを与えてくれる報告書の中から、城下町や重要文化財を身近に感じる空間検討の結果を紹介したい。名古屋市は清州越しにルーツを持つ大規模な城下町だが、「尾張名古屋は城で持つ」を実感できる機会は少ない。報告書では、城下町を意識できる空間を創出できる可能性と、庁舎前空間を開放する事によるウォーカブル効果を視覚的に提示している。
1.お城が見える城下町の演出効果 -天守閣が見えるとシビックプライドを向上させる-
江戸時代の名古屋城下では、地上から天守閣が見えたはずだが、現代の名古屋市では地上から天守閣を見ることはほぼできず、名古屋城を意識する機会が少ない。戦災復興都市計画の上に成り立っている現代の名古屋市だが、そのルーツが城下町であるという認識が日常的に共有されているとは言えず、名古屋市の都市ブランドとなっていない。
都市セターでは、お城が見える事による影響を市民に意識調査した。図表1を見ると、現在の状況でお城が見えることが名古屋への誇りや愛着に寄与するかという問いに88.9%の人が寄与すると答え、そのうち天守閣が好きな人では96%が寄与すると答え、更にお城を見る機会が多い人に限ると97%の人が寄与すると答えた。つまり、名古屋城の天守閣が見える機会を得た人のほとんどが、名古屋への誇りや愛着に繋がると答えている。しかし、現在の名古屋市では、天守閣を眺望できる場所は少なく、日常的にこうした機会に恵まれている人は非常に限られている(市役所の職員やセントラルタワーズに入居している企業の従業員など)。
次に、図表2を見ると、名古屋城天守閣がグランドレベルからでも見えるように工夫できたと仮定して、天守閣が見える事で名古屋城への誇りや愛着の高まりに寄与するかと問うたところ80%の人が寄与すると答え、そのうち天守閣が好きな人に限ると85%の人が寄与すると答えている。そして、名古屋城への誇りや愛着が高まるとシビックプライドが向上するかとの問いに対しては、95%の人が向上すると答えたと報告されている。
つまり、このアンケート調査結果からは、名古屋城天守閣が日常的に見えるほど名古屋市への誇りや愛着に繋がり、シビックプライドが向上すると考える人が多いという事が把握される。姫路城や松本城、彦根城など、お城が代表的アイコンとなっている都市と同様に、名古屋市もお城をアイコンとした都市イメージを日常的に共有する事で、シビックプライドの醸成に繋がる事が期待できるという事だ。
そこで、都市センターでは、3Dモデルを活用した検討に合わせて(vol.192ご参照)、地上レベルから天守閣が視界に入いる空間イメージを検討した。図表3は、本町通から北方向を見たイメージだが、視界の中心に天守閣を望むことができる。実は、植栽を伐採するだけで天守閣が姿を現すのである。図表3では、本町通の歩道を拡幅するとともに、沿道に歴史的町並みを修景した建物を並べる事で、天守閣と共に城下町を演出している。
本町通がこの様な景観を持つ通りとして再生されれば、名古屋市を代表するアイコン的空間として広く認知されるだろうと筆者は想像する。市民の賑わいの場になるとともに、観光客にとってはお薦めスポットとして人気を博すに違いない。
また、名古屋城天守閣を最も間近に眺めることができる街区は、現在の愛知県警本部が立地している街区だ。この街区を広場とした場合のイメージが図表4だ。このような広場を囲むようにして隣接街区にオフィスが立地すれば、格調高いオフィス街として付加価値を生む事だろう。そして、図表3、4のような空間が生まれれば、お客様をご案内する場所として名古屋の代表的な空間になると筆者は想像するがいかがだろうか。
そして、先のアンケート調査結果に照らせば、日常的に名古屋城天守閣が眺望できる空間を創り出す事で、市民の名古屋の街に対する誇りや愛着が高まり、シビックプライドが向上すると考える事ができるのだ。お城を身近に感じる空間が存在する事で、名古屋市が城下町であることを日常的に共有し、名古屋市民が「わが街への愛着」を高めることができる可能性が見えたのだから、是非実現したいものだ。
2.二つの重要文化財庁舎の玄関前空間の活用 -公開空地化する事のインパクト-
三の丸地区には、特別史跡である名古屋城以外にも国が指定する重要文化財がある。愛知県庁と名古屋市役所の本庁舎だ。2つの本庁舎は共に、戦前に建築された帝冠様式と呼ばれる和洋折衷の意匠を纏った歴史的建築物だ。これらの重要文化財を庁舎としてではなく、他の用途に転用して保存・活用する事については別稿に委ねるが(vol.95、vol.192ご参照)、ここで紹介したいのは本庁舎の前庭空間を開放して歩道と連動したウォーカブル空間に改編しようという都市センターのアイデアだ。
三の丸地区には、郭内処理委員会申し合わせ事項という自主規制があり、壁面の位置や前庭に関する形式が規定されている。結果的に、各庁舎の敷地は植栽等で歩道からの進入を遮断し、余剰の空間は駐車場等として利用している。従来的に考えれば、威厳のある街区とするために遮蔽的に利用するのは当然だったのだろうが、現代的に考えればアメニティ空間として有効活用した方がウォーカブルで美しい。
都市センターの報告書では、前庭を広場的に開放して歩道と連続性を持たせることでウォーカブル空間にできると提案している。確かに、図表5のイメージパースを見ると、歩行者にとって快適な空間に変容する様が良く見て取れる。官庁街であるが故に、市民の足が遠のきがちである空間を、開放的で交流しやすい公園的な空間になるのは良い事だ。駐車場をどのように確保するかという大きな問題はあるものの、三の丸地区の空間の在り方として有益な提案であると筆者は思う。
3.名古屋の顔づくりに向けた検討の意義 -歴史的資産を活用した価値創出-
都市センターの報告書は、3Dモデルを活用した基盤・街区の再編と建物配置について提案するとともに(vol.192ご参照)、天守閣を眺望できる空間を形成する事でシビックプライドを向上させる効果が見込める事や、現状の建物と敷地についても前庭を工夫する事で現代のニーズに合った空間に変容する事が可能である事を提示した。
三の丸が有している最大の強みは歴史的資産である。それは名古屋城(天守閣、城郭を含む)という特別史跡であり、重要文化財である2つの本庁舎である。これらを有効活用する狙いは、①付加価値創出力の向上による若者流出の抑止、②交流人口の増進による市経済の活性化、③シビックプライドの向上である。都市センターが提示した庁舎の建て替えとMICE等の新しい機能の導入を可能とする3Dモデルを用いた空間形成案や、前庭空間を開放したウォーカブル空間の創出提案は、以上3点の狙いに応え得るアイデアと言って良いだろう。
こうしたアイデアを単なるお勉強、単なるお絵かきで終わらせては勿体ない。三の丸地区を経済活動の舞台として投資を呼び込む空間に改編し、交流消費を生む機能を導入し、天守閣を身近に眺望する事でシビックプライドを向上させる演出を行う事は、名古屋市が抱える課題の克服に寄与するのであるから、実現に向けて地に足の着いた取り組みに繋げていく事が肝要だ。
都市センターが三の丸研究会の成果としてとりまとめた報告書「三の丸地区再生に向けて」が、三の丸再生に向けた地権者の合意、市民が期待する機運の高まり、市外から見た名古屋市への憧れの醸成に向かって確かな萌芽となり、本格的な議論へと点火する役割を果たすことを切に願いたい。