Vol.129 経済停滞と財政赤字から脱却できる日本へ  -債務拡大の中で打開の道はあるか-

「失われた30年」と言われるほど日本経済の成長は長期にわたり停滞を続けている。一方で、歳出は拡大を続けており、伸びない歳入との差額(財政赤字額)は拡大傾向だ。その結果、我が国の長期債務残高は1,000兆円を超えている。日本の国富からすれば、直ちに危うい状況にはないものの、拡大する財政赤字から脱却する努力は必要だ。この時、歳出削減か経済成長かはコロンブスの卵のようにも映るが、成長を追求しなければ活路はない。

1.失われた30年  -1990年から続く日本経済の長期低迷-

図表1は、戦後の日本の経済成長率の推移を示している。好況・不況を繰り返す中で、高度成長期(1956~1973年)の年平均成長率は9.2%あったものが、バブル期を含む調整期(1974~1990年)では同4.1%となり、バブル崩壊後から今日まで(1991~2022年)では同0.8%となっている。この間に日本のGDPは中国に抜かれて世界3位に後退し、4位のドイツ、5位のインドに肉薄されている。

1%成長すら維持できず、世界の中で日本だけが取り残されている経済状況について、2000年に米国から指摘された「失われた10年」は、今や「失われた30年」と呼べる状況となってしまった。戦後最悪の経済ショックとなったリーマンショックと未曾有のパンデミックとなったコロナ禍を含んでいるとはいえ、日本経済が長期低迷しているのは事実だ。

2.悪化が続く財政赤字  -税収が停滞する一方で歳出は拡大-

経済の低成長が続いているということは、税収の伸びは停滞することになる。しかし、歳出は増大する一方だから、日本の財政赤字は拡大基調を辿っている。図表2は、日本の歳入・歳出と国債発行額の推移を示している。歳出を税収で賄えない分は、赤字国債(図中では特例国債)を発行せざるを得ず、こうした財政赤字構造が定着している。

1991(H3)年にバブル経済が崩壊すると、それまで増加基調であった税収は減少基調に転じ、ここから歳出と税収の乖離は拡大を続け、財政赤字額は増大を続けることとなった。赤字を賄うための国債発行額が増加し始めたのは1996(H8)年以降で、1998(H10)年に国債発行額が年30兆円を超え、2009(H21)年以降の国債発行額は年40兆円前後で推移するまでに拡大している。

一方、増大の一途を辿っている歳出について、R5年度予算における内訳を見ると(図表3)、社会保障費が32.3%で最も大きく、次いで国債費が22.1%となっており、この二つの費目が突出して大きい。社会保障費の中には年金の国庫負担分が重くのしかかっており、国債費の内訳は債務償還費と利払い費で構成されている。

社会保障費(医療費、年金等)が大きいという構造は、高齢化が進展を続ける成熟国家日本にとっては避けることができない。特に、年金は国民の掛け金だけで回せておらず国庫負担が増加を続けている状態だ。また、赤字国債を頻発してきたために国債費が歳出の2割を超えて、他の歳出を圧迫している。この二つの費目を縮減できなければ、歳出削減効果を大きく出すことはできない訳だが、それは構造的に不可能だ。従って、財政赤字から脱却していくためには、歳入を拡大させる道を探ることが財政運営上の不可避の課題だ。

3.長期債務残高1千兆円超はGDPの2倍  -世界で突出した水準だが危険水域ではない-

経済の停滞→財政赤字→国債発行という流れを断ち切ることができず、日本の長期債務残高(国債残高)は増加の一途を辿り1,068兆円(R5)となっている(図表4)。その内訳は、赤字国債(図中では特例公債)が7割で、建設国債(図中では建設公債)が3割となっており、債務残高増加の主因は赤字国債であることは明らかだ。

財務省は、債務残高の対GDP比が200%(2倍)を超えており、世界各国と比べると日本は突出して悪い状況だと発信を続けている。確かにG7の国々と比べると、イタリア、米国、フランス、イギリス、カナダは100~150%の範囲に分布しており、ドイツは60%程度だから、日本だけが別次元には見える。しかし、2020年の日本の国富(正味資産=資産から負債を引いた差額)は3,669兆円であるから、今すぐ日本が転覆するような状況にはない。

筆者の推察だが、恐らく財務省は「借金残高が他国に比べて大きいので、これ以上財政赤字を続けると赤字国債でさらに残高が増えるから、歳入を増やすために増税が必要だ」という基本的姿勢が底流にあって、こうした情報発信に繋がっているように思う。

財政赤字を縮小し打破していく姿勢は必要だが、そのための手段として直ちに増税を求めるのは国家の舵取りとしては短絡的だ。まずは、経済成長を成し遂げるための戦略が最重要で、これが定まらないから日本経済は低迷を続けているのであり、日本が刻んできた時のカタチなのだ。

4.現状打破の道は効果的な投資  -閉塞状況を打破するためには地方も同じ-

財政赤字の打破は一朝一夕に成し得るものではないので、中長期的なシナリオが不可欠だ。定着してしまった経済の低迷を打破しなくては税収が拡大しないのだから、日本経済を浮揚させるための中長期的戦略が必要だ。

それは、日本経済を再び成長させるために効果的な投資を見極め、大胆に実施を続けることを意味する。日本の財政に投資余力はないから、拡大投資をするためには国債の増発を余儀なくされ、長期債務残高は一層に増大してしまうが、その先に日本経済の成長が軌道に乗ることで長期的には財政が健全化していくこととなる。効果的な投資分野としては、①東京一極集中の是正、②子ども・若者への投資、③成長産業支援などが挙げられよう。

第一の東京一極集中是正の切り札は、リニア中央新幹線(以下、リニア)だ。東京に依存せざるを得ない国土であるがゆえに、我が国の企業と家計は高コストを強いられている。リニアが開業すればDXとも相まって距離の障壁を克服し、東京以外の立地選択が多様に可能となる。例えば本社が東京から名古屋に移転すればオフィス賃料という高い固定費が縮減して利益を出しやすく投資に回しやすい経営環境を得ることとなる。しかし、現時点でリニアの工事は静岡県で着工できていない。静岡工区の遅れを取り戻し、さらに名古屋~新大阪間についても早期実現を図るために国は投資を惜しむべきではない。

第二は子ども・若者への投資だ。現在、少子化対策について出産と子育てに関する給付金に焦点が当たっているが、東京における教育費の高さは問題だ。教育費の負担を軽減しつつ日本の教育水準を一層に高めていくためには、公教育(効率の小中高)のリデザインが必要だろう。東京に限らず、日本の公教育の先進化を図るために、「一斉同質型教育」から「自律的学習者の育成」に転換していかねばならない。そのためには、カリキュラムと学校空間を抜本的に変えていく必要があり、投資が必要だ。

第三に成長産業支援については、ICTや医薬品など世界各国が凌ぎを削っている分野で日本が抜け出すことができるかどうかを、企業任せにせず国も積極的に手を打つ事が必要だ。発展が期待されているメタバースやWeb3.0といった新しいコンピューティング市場で世界標準を勝ち取る準備ができているか、巨大市場でユニコーンを輩出する環境が整っているかなど、徹底的に検証して支援策を導出しなければならないはずだが、そうした報道に接する機会は少ない。また、コロナ禍では治療薬の開発において日本企業が先頭ランナーに立つことは現時点までになく、心配は尽きない。スタートアップに期待がかかっているものの、鋭い目利きのVC(ベンチャーキャピタル)が登場しなければ起業家育成の加速は心もとない。こうした国内産業の国際競争力強化について、勝者となるための抜け目ない戦略を打ち出すことが必要だ。

国は防衛費の拡充に追われ、打ち上げた「異次元の少子化対策」も霞が掛かったように見えるが、国家経済の成長に結びつく大胆な投資を戦略的に掲げるべきだ。そうした投資は、単年度で終わるものではないから「戦略的投資10か年計画」などを立案して長期的に取り組むことが必要だ。その間に国債の増発は余儀なくされるから長期債務残高は一層に上がってしまうが、日本の経済成長を2~3%或いはそれ以上に維持できるようになれば、そこから20年程度をかけた財政再建の道が開けてこよう。

また、こうした財政再建の間には、歳出の中で重くのしかかっている年金をはじめとする社会保障費の改革も必要だ。特に、年金については、高額所得者に対する給付金の見直しが必要ではなかろうか。今のままでは国庫負担は更に重くなっていくことは目に見えている。  増税に代表される短絡的な政策では、構造化した財政赤字と経済の低迷から脱出する事は叶うまい。長期的視点に立つ腰の据わった戦略が必要だ。大胆な投資を逡巡していては打開の道を開くことは困難だろう。GDP比2倍超の長期債務残高を一層に増やしてしまうことには強い抵抗が生まれるに違いない。しかし、そうした逡巡の積み重ねが今日の閉塞状況を招いている。現状打破に向けて胆力のある挑戦が必要ではなかろうか。

こうした姿勢は、地方においても同様に求められる。累次にわたる行財政改革を重ねてきた地方自治体では、投資拡大に対して通念的否定論が固定化しているように見える。しかし、戦略的な投資を集中的に行うことは地方にあっても重要だ。何に投資をすることが効果的なのかを見極めることが重要なので、ここに英知を集めてもらいたい。国と地方が発展に向けた投資シナリオを分担して断行できる日本になってほしいと願って止まない。

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