国土交通省中部地方整備局は、2022年2月(R4.2)に中部圏長期ビジョンを公表した。法定計画である国土形成計画の広域地方計画に反映することを念頭に置いた中部圏独自のビジョンであり、中長期的・広域的な観点に立って策定されたもので、地域づくりを行う上で中部圏全体が共有すべきビジョンである。今回の長期ビジョンに感じる特徴点と課題について述べてみたい。
1.中部圏長期ビジョンの特徴 -QOL向上の打ち出しに拍手-
我が国の国土計画は、国土形成計画の策定によって法的にマネジメントされている。この国土形成計画は、全国計画と広域地方計画の二層で構成され、中部圏にも広域地方計画が存在しているが、国土交通省中部地方整備局はこれとは別に長期ビジョンを策定している。それは、法定計画である広域地方計画よりも自由で独自性の高い地域ならではのビジョンを持つことで地域の一体的な発展を一層に促すとともに、広域地方計画に盛り込むべき事項を吟味することも兼ねて累次にわたり自主的に策定されてきているものだ。
2022年2月に公表された新たな中部圏長期ビジョンは、第1章「社会経済情勢の変化」、第2章「中部圏の主な特徴」、第3章「中部圏の目指すべき将来像」、第4章「将来像の実現に向けて」という4章構成で策定されている。このうち、第3章の第2項に目指すべき将来像が示されている(図表1)。
ここに見られる特徴点は、人に着眼して「QOLを高める」ことを第一番に位置付けていることだ。クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life)とは直訳すれば「生活の質」となるわけだが、転じて「豊かさを実感し生きがいを持って満足度高く暮らせること」を意味している。社会基盤整備が一定水準まで進み、産業経済の集積も高い中部圏としてQOLを第一に置くということは、次のステップに向けて地域の豊かさを一段と発展させようという意図が読み取れて好ましい。
また、世界的なモノづくり集積によって日本経済を牽引してきた中部の産業特性を踏まえ、二番目に位置付けられている産業面ではSDGsへのチャレンジやクリエイティブな仕事やイノベーションが生まれる地域を目指すとしており、自動車産業や航空宇宙産業といったこれまでの主力産業だけに依存しない産業構造を構築していく意図が読み取れる。そして、ともすれば産業面が目立つ中部圏の特性を踏まえ、敢えて産業面を二番目に記述して一番目に人への着目を掲げたことにも、ネクストステージへの発展が意識されていると解することができよう。
そして第三にはハード・ソフトのネットワークの充実が掲げられた。これは、策定者が国土交通省中部地方整備局であるから国土交通行政が意識されている面もあるが、中部地域が広域的に発展するためには更なる交通ネットワークの充実強化と強靭化は不可欠であることから必然性が高いと思え、得心できる打ち出しだ。
2.禁じ得ない不足感 -ポストコロナの国土像に迫れ!-
但し、筆者は物足りなさを禁じ得ない。それは、ポストコロナの国土像が描かれておらず、そこでの中部圏の役割や発展の在り方が伝わってこないからだ。上記で紹介した目指すべき将来像の第三にあるネットワークの充実の中に「我が国の社会経済を牽引するスーパー・メガリージョン」という記載はあるが(図表1参照)、スーパー・メガリージョンとは首都圏、中部圏、関西圏がリニアによって一体化する巨大都市圏を指しており、中部圏の役割や発展像が描かれているものではない。
日本の国土計画の歴史は1962年に策定された全国総合開発計画に始まり、五次にわたる策定を経て国土形成計画へとバトンが渡ってきた。この半世紀以上もの間、一貫して東京一極集中を是正することが国土の課題として位置づけられてきたのであるが、今日においてもなお解決されていない。今般の中部圏長期ビジョンにおいても、第1章の社会経済情勢の変化の中で「東京一極集中の継続」が記されている(図表1では省略)。
これを是正する国土の在り方を打ち出すことが国土形成計画・全国計画のミッションであり、その方向の中で中部圏がいかなる役割を果たすべきかを打ち出すのが中部圏広域地方計画であるべきだ。その観点に立てば、独自ビジョンである中部圏長期ビジョンでも東京一極集中是正に向けて中部が果たそうとしている国土への貢献像を提示しておく必要があると思うのだが、そうした記述がみられないことが筆者の感じる物足りなさの所以である。むしろ、自主的に策定している中部圏長期ビジョンだからこそ自由に主張できるので、筆者としては「中部圏長期ビジョンよ、大胆にかぶけ!」とエールを送りたいところだ。
東京一極集中が続く国土では、オフィス機能や商業機能、学術研究機能等の諸機能が東京に強く依存しているから、その立地コストを諸機能が負担しているという事だ。つまり、高コストを強いる国土と解すことができる。これでは、日本の国際競争力を再び高めていく上でハンディを背負っていると言わざるを得ない。東京以外の地域で諸機能の立地を受け止めることができるような国土に転換していくことが日本の発展に必要だと筆者は考えており、そうした際には中部圏が受け皿となることが有効であるはずだ。中部圏長期ビジョンには、そのような姿の打ち出しを求めたい。それは、ポストコロナの国土像を描き、中部圏の立地有効性を主張して国土における役割を提示することに他ならない。
中部圏を一極集中是正の受け皿として活用していくためには、名古屋市都心では再開発による業務・宿泊・都心型居住機能等の供給が必要であるし、愛知県をはじめとするその他の都市・地域においてはMICE関連機能や郊外型居住機能、産業機能等を誘導しなければならないから、具体的なプロジェクトとしてはそれらの都市開発を地域全体で計画せねばならないのだ。
3.国土における中部圏の役割を打ち出したい -東京一極集中是正の受け皿に-
筆者は、「(DX+コロナ)×リニア」で一極集中の国土構造を転換できる機会が到来すると考えている(vol.73ご参照)。2021年に顕在化した東京都からの転出超過は、「脱・東京」の潮流を示唆している。諸機能の過密がパンデミックに発展するリスクがあることを認識した人々は、リモートスタイルの定着を機に東京からの脱出を図っているのである。但し、現時点の脱出先は首都圏の中に限定されている。しかし、リニアが開業すると名古屋市をはじめとする中部圏は有効な転出先になり得るだろう。
DXは今後も一層に進むであろうから、リモートスタイルは一般的なワークスタイルとなり、医療や教育などあらゆる分野においても遠隔地間での実践が可能になるはずだ。そうした情勢下では東京立地に拘る必要はなく、時間的・空間的・経済的なゆとりのある地域にオフィス機能を立地させ居住地を選択すれば良いのだから、地方圏は有効な立地選択対象となるだろう。この時、リニア沿線地域はとりわけ優位な立地条件を備えることとなる。いざという時に東京に高速アクセスできるということがアドバンテージになるからだ。
高コスト負担から解放された国土に転換できれば、企業の立地コストが軽減し、家計負担も軽減される。利益を確保しやすくなり、設備投資や研究開発投資へも回しやすくなるだろう。折しもの物価高騰や円安不安の中にある時こそ、日本の長期的な発展シナリオを共有する必要があると思われ、国土計画に携わってきた先人たちが掲げ続けてきた東京一極集中是正という課題を今ほど取り組むべき時はないではないか。
今回の中部圏長期ビジョンでは、QOLの向上が特徴的に打ち出された。その背景には、中部圏には総合的なゆとりが資質として備わっていることが認識されているからだろう。であるならば、次期の国土形成計画・中部広域地方計画では、国土としてこれを活かす方向性を打ち出して頂きたい。日本の発展のために中部圏を有効に使うべきだという主張を展開することが、中部圏側の役割でもあると筆者は思っている。