Vol.74  パリの新陳代謝に学ぶ名古屋の発展課題 (その1)  -パリ・グラン・プロジェ (Paris Grand Projects) が示唆するもの-

「(DX+コロナ)×リニア=名古屋圏の時代」と筆者は表し、名古屋圏が東京一極集中是正の受け皿となるべきことを指摘している(vol.57、69、73等をご参照)。しかし、現状の名古屋市には東京から本社が移転できる十分なオフィス空間は存在しない。今のままでは、受け皿となり得ないのだ。国土の構造的な課題を克服し、名古屋圏が新たな発展ステージへと昇段する千載一遇の好機を目前に控えながら、誠に悩ましい実態である。名古屋圏が真の受け皿となるためには名古屋市の改造が必要だ。国内外には、大都市の改造例が存在する。本稿では、パリの都市改造に学び、名古屋市の今後に活かすことを考えたい。

1.19世紀のパリ大改造  -現代のパリの骨格を形成-

19世紀半ばまでのパリは、中世からの街並みのまま人口集積が肥大化し、狭隘な道路を挟んで建物が密集し、日当たりは悪く、汚水が悪臭を放つなど、衛星環境が劣悪の状況となっていた。この衛生環境の悪さから、コレラが大発生して多くの市民が死亡するなど、パリは重大な危機に直面した。時はナポレオン3世による第二帝政の時代で、パリの惨状に手を打つべく都市の大改造を指示し、セーヌ県知事に就任(1853~1870年)したジョルジュ・オスマンが大胆なパリ改造に着手した。

オスマンの改造方針は、①古い街路の拡幅と直線化、②幹線道路の複線化による交通の整流化、③重要な拠点と拠点は斜交路により連絡、を基本とし、道路・橋梁、上下水道、学校・病院の整備を強力に推進した。特に、道路整備を行うにあたっては、土地収用の対象を道路用地だけでなく沿道用地も対象とする超過収容を行い、スラム街の一掃を図った。また、道路と街区がきれいに整備された後に、地価が上がった沿道用地を売却して差益を整備資金の償還に充てるという開発利益還元方式も採用した。

こうして、エトワール広場(最も有名な凱旋門のある広場)を中心に12本の大通りを放射状に整備し、街路に面する建物の高さを揃え、ファサードも指定して統一感のある街並みを整備するとともに、建物内には中庭を確保して憩いの空間を確保するなど、現代のパリの骨格が形成された。この結果、パリは近代都市のモデルと評され、「世界の首都」とも謳われるようになったのである。

2.20世紀のパリ・グラン・プロジェ(Paris Grand Projects)   -9つの再開発事業で新陳代謝-

この19世紀のパリ大改造から約100年後の1981年にフランソワ・ミッテラン大統領が就任すると、フランス革命200年を記念する事業として大規模な再開発計画を打ち立てた。パリ市内で発展途上となっていた課題地区などを中心に再開発地区を指定するとともに、文化施設の新築・改修による文化振興を重点的に企図し、大胆な9つの再開発で構成される「グラン・プロジェ」計画を策定して1985年から実施した。文化振興に軸足を置くことが、パリの個性を際立たせるというブランディング戦略が伺われる。

9つの再開発計画の全ては歴史的建造物との調和を重視するとした上で、各再開発事業の設計者は国際コンペを実施して選定したため、世界中の建築家から注目を集めた。このコンペに採択されたことを契機に著名建築家として昇り詰めていった設計者もいる。国内外の英知を集めることに成功したのだ。筆者は1990年前後にグラン・パリによる再開発を調査・視察した。歴史ある大都市が挑む最先端の都市開発に着想を学ぼうとしたのであった。以下に、パリ・グラン・プロジェの9つの再開発事業を要約的に紹介したい(順不同)。

①アラブ世界研究所

1987年竣工。ジャン・ヌーベル設計。1980年にフランスとアラブ18か国が「欧州とアラブ世界が協力することを象徴する文化的発信拠点を作る」ことに合意したことを受け、フランスはアラブ世界研究所を整備することとした。観光都市パリ市内の中心部近くが発信にふさわしいとしてシテ島対岸が選ばれた。建物の全面はガラス張りであるが、その内側にアラブの模様をモチーフにした幾何学網をまとっており、来訪者に強いインパクトを与えている。アラブ諸国に関する博物館や図書館のほか、レストランやカフェでの食事も楽しめる文化施設として親しまれている。展望台からはシテ島が一望でき、ノートルダム寺院の全景を眺めることができる。アラブ文化の発信拠点としての役割とパリ市内観光の新しい名所としての役割の双方を担う施設となっている。

②ラ・ビレット都市公園

1989年竣工。ベルナール・チュミ設計。パリ市内最大の公園であるが、第二帝政時代の屠畜場の跡地であったことを引きずり、周辺は観光客が足を運ばない沈滞したエリアであった。公園のほぼ中央を東西に横断するウルク運河は再整備を機にサンマルタン運河を介してアルスナル港と観光船で結ばれ、新たな観光ルートを創出した。北側のエリアはシテ科学産業博物館を中心に「科学と商工業都市」、南側のエリアはこの公園のシンボルともなっている巨大な球形のオムニマックシアターをはじめとしてコンサートホールも立地する「音楽都市」として整備された。博物館とホールを抱える大規模公園となったことで、市民や観光客の新たなディスティネーションとなり、人々の往来の増進が新たな民間投資を誘発して沈滞した地域の活性化に貢献した。

③ルーブルピラミッド (美術館のガラスのピラミッド)

1989年竣工。イオ・ミン・ペイ設計。ルーブル美術館は、世界からパリを訪れる観光客の代表的な目的地となっているが、入館者の多さに従来のエントランス空間では対応できないという課題を抱えていた。そこで、ルーブル美術館のメインエントランスを再構築することが企図され、グラン・プロジェの一角に位置づけられた。ガラスのピラミッドがメインエントランスとなり、地下ロビーに人々を誘導してから入館する動線を構築したことで、パリを代表する観光資源は円滑な入館者の受け入れが可能となった。この動線スタイルは、その後各地の博物館等でも採用されている。同時に、このガラスのピラミッドは、今やパリを象徴するランドマークともなっており、観光客が憧れるディスティネーションとしての役割を担っている。

④グラン・アルシュ (ラ・デファンス地区内、新凱旋門)

1989年竣工。ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン設計。ラ・デファンス地区内に建設された巨大な門型の高層ビルで、中央の空間はノートルダム寺院がすっぽり入るほどの大きさである。ラ・デファンス地区は、第二次大戦後の経済成長に伴うパリのオフィス需要の高まりを受けて整備された大規模な都市再開発地区である。地下に鉄道や高速道路が結節する交通拠点の上に人工地盤を大胆に整備し、超高層ビル群を連絡する空間構成となっている。この超高層ビル群には大企業の本社や欧州本部が数多く入居している。この地区はパリの歴史軸(カルーゼル凱旋門~シャンゼリゼ通り~エトワール凱旋門)の延長線上にあり、グラン・アルシュはこの軸線上に立地することで、歴史的空間と現代空間を結ぶというモニュメント性を表現している。業務機能集積地としてのラ・デファンス地区のブランド性向上に大きな役割を担っている。

⑤パレ・ロワイヤルのストライプアート

パレ・ロワイヤルは、ルーブル宮殿の北隣に位置する旧王宮で、現在は1階回廊にブティックや画廊等が入居し、上階には文化省や国務院等が入居している。もともとはルイ13世の宰相リシュリューの居城であったが、ルイ14世がルーブル宮殿から移り住んだことで王宮となった。その後、オルレアン家の所有となり、仏革命前には屋敷の庭園をぐるりと囲む回廊型の建築物に改修して物販店や飲食店を入居させた。その結果、ここは繁華街となり、娼婦なども溢れたという。革命家たちも集い、1789年7月12日の午後にカミーユ・デムーランが「諸君、武器を取れ!」と演説したことが仏革命勃発へと発展していった。仏革命後は劇場、賭博場、高級アパートと用途が変遷して今日に至っている。この数奇な歴史を象徴するモニュメント空間としてストライプアートが中庭に施されることとなり(1986年完成、ダニエル・ビュラン作)、文化発信拠点の一つとなった。グラン・プロジェが仏革命200年を期していることに起因した取り組みである。

(グラン・プロジェの紹介と示唆される学びは、vol.75「その2」に続きます)

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