Vol.39コロナ禍の市長選で公約された給付金政策の是非-経済効果の観点から見た課題-

コロナ禍で行われた全国各地の市長選では、現金給付をはじめ商品券配布やポイント還元など、市民への消費支援策を打ち出す公約が多くみられた。財源をどのように捻出するかが共通した課題となるのだが、効果に自信があれば起債してでも実施すれば良い事だと思う。経済対策は効果を見極めた上で制度設計する事が肝要だ。そこで、給付金等の消費支援策の経済効果を紐解いておきたい。

1.コロナ禍の市長選で相次いで打ち出された公約  -現金給付、商品券、ポイント還元等-

まずは図表1をご覧頂きたい。2020年以降の全国各地の市長選挙で、緊急経済対策の一環として打ち出された消費支援策で、一律現金給付、商品券配布、ポイント還元などが公約された。いずれの公約も、当選後に物議をかもしており、その理由は共通して財源問題だ。

こうした消費支援策を含む緊急経済対策を評価する時、必ず財源問題で紛糾するのだが、その前に「何のための対策か」という目的の確認と、「本当に効果があるか」という見通しの把握が重要だ。国の特別定額給付金(1人10万円)もそうだったが、多くの場合は「コロナ禍で困窮した市民生活を支援するため」と謳われたり、「傷んだ経済を活性化させるための対策」と位置付けられている。いずれの場合であっても、最終的には、どのような効果が期待されるかを明確にしていれば目的も理解されやすいし有効性も理解されやすい。理解されなければ財源を確保することは困難で公約を実現できない。そこで以下では、経済効果の観点から是非を論じたい。

2.経済効果から見た課題  -問題は貯蓄と域外流出-

まず、消費支援策の経済効果の構造を整理しておきたい。第一の効果は、実際に消費が生まれることによって需要が顕在化する事だ(一次効果)。これは販売した小売店舗が潤う事を指す。第二の効果は、消費によって様々な調達が行われるため、こうした取引による波及効果が生まれる事だ(二次効果)。これは卸売りからの仕入れや原材料の調達などによる取引への波及を指す。これら二つの効果は連鎖的に伝搬するので、一次効果が生まれなければ二次効果も生まれない。従って、消費されずに貯金に回れば効果は一切出ない。国による特別定額給付金(10万円)の多くは貯金に回ったと解されており(民間実施の調査では45%が貯金としたとの結果。政府も認めている。)、この点で効果は限定的だったと考えるべきだ。

次に、効果の出る場所だが、消費による一次効果は消費された地域で発現する。従って、A市に住んでいる人がB市で消費すれば、一次効果はB市に出るのであってA市には出ない。つまり、経済効果は商業集積のある大都市等に集中して出るのであって、全国の津々浦々に均一に出るものではないと理解しておかねばならない。従って、国の施策であれば国内で消費されればよいのだが、地方都市にあっては現金を支給しても地元で消費されない可能性があり、その場合には地元経済の活性化には寄与しないという事に留意が必要だ。

こうしたことを踏まえて、各地の市長公約に見られた消費支援策について効果の見通しを評価してみよう。まずは「一律現金給付」についてだ。これは2つの問題を内包している。第一の問題は、一律だから困っていない人(この割合が大きい)に多くが給付されるため、結果的に貯金に回る可能性が高い事だ。コロナ禍によって本当に困っている人(売り上げを無くした人、職を失った人等)は給付金を直ちに消費するが、多くのサラリーマンのように困っていない人(コロナ禍前と給与水準が変わらない人)は貯金に回す場合が多いし、いつ消費するかも分からない。従って、「一律」であることが効果を薄めてしまう。第二の問題は、大都市等の商業施設で消費される場合や通信販売で消費される場合には地元経済が潤わない事だ。この事は、地方都市の政策としては、十分に勘案しておかねばならない。生活支援という目的は果たせても、地元経済の活性化には寄与できないということになる。これは「現金」を給付することに起因する。こうしたことから、「一律現金給付」は、貯金に回る可能性と、地域外に消費が流出する可能性の両方によって、ロスが大きいと考えられる。

次に「商品券」の配布だ。これは、使用できる期限を付けておけば、多くの人が使い切ることを促せる。また、使用できる地域を限定しておけば大都市に消費が流出せず地元経済の活性化に繋がる。もとより商品券は通信販売には利用できないから、小売店舗の売り上げに直結する。従って、期限や地域に条件を付けることで効果を発生させやすいから、現金給付より効果が期待できるが、一律配布という点に疑問が残る。本当に困っている人に焦点を絞っていないからだ。

このように、現金の給付は条件を付けられないので、狙い通りに地元地域で消費されずに域外流出する可能性が高くあり、加えて一律給付にすると貯金による空振りが発生するので、地方自治体としての効果は低いと考えて良い。効果としては、現金をもらえることによって市民の気分が良くなることだが、これだけだと「票取り目的」のバラマキと指摘されても仕方あるまい。確保した予算(税金)の全額が地元地域で消費されて初めて効果が最大化する事を念頭に設計されていない公約は無責任な公約であって、地方自治体における「一律現金給付」はその典型だと断じておきたい。

3.経済効果を最大化させるために  -期限付きで市内の消費に限定を-

名古屋市の河村市長が公約した「ポイント還元」は、相対的に筋が良い(2021年10月現在では予算化されていないが)。詳細設計は今後ということだが、公約によると電子マネー利用を前提に買い物した額の30%相当を上限2万円まで還元するというもの。キャッシュバックとも言われているが、電子マネーでの還元とされているので、ポイント還元と捉えて良いと思われる。年間50億円を予算化し4年間で総額200億円規模の経済対策と公約されている。

この方式では貯金に回るということはないし、市内の小売店舗での消費に限定したポイント還元とポイント利用を条件づければ、効果が市外に流出する事はない。そして、生活必需品の購入にあたってポイント還元されれば、困っている人への救済に繋がる。困っていない人は面倒くさい手続きをしなければ済むことだ。ポイントの利用期限を付しておけば、確実な消費喚起につながるだろう。

商品券と類似しているが、一律ではないので、利用したい人が積極的に利用することを暗に促すことが出来る。利用したくない人にまで配布しない点で商品券よりも筋が良い。また、必ずしも全市民に行き渡る予算を付けなくても良い。予算を使い切ったら終わりという割り切りをすれば、身の丈の予算で実施する事も可能だ。早い者勝ちになるではないかという指摘もあろうが、そこは更なる工夫と市民の良識に委ねても良いと筆者は思う。

これが実施された場合は、確保した予算の全額が市内で消費されるとの前提に立てるので、筆者の経験上、一次効果と二次効果を合わせて予算額の1.5~1.7倍程度の経済効果が見込まれる。この経済効果額から市税が納められるのだが、投じた予算の全額が市税に還流することは到底期待できない。民間投資と異なり、公共投資は投資利回りを期待するものではなく、長期的な発展につながる事が役割だから、投じた予算以上の経済効果が見込まれるならば「良し」としなければならない。こうしたことから、名古屋市の河村市長が公約した「ポイント還元」は、困窮者の救済につながる可能性が相対的に高い事、名古屋市経済において予算額以上の経済効果が出ると見込まれる事から、目的にかなった公約と見て良いだろう。残るは予算の規模だ。先に述べたように、長期的な発展に繋がると見込めれば起債をしてでも実施すれば良い。今後の論点はここに絞られるべきではないかと筆者は考える。

いずれにしても、コロナ対策の一環とするのであれば、困っている人への救済と地元経済の活性化に結び付くかどうかの観点で政策が立案されねばならず、安易な現金給付を公約する事は目的と効果の整合が取れないから、財源確保の実現性は低い。一方、名古屋市の河村市長の公約のように工夫次第では目的に叶う方式もあるので、こうした場合は財源確保のあり方と予算規模の見極めが論点となろう。名古屋市の今後の対応を見守りたい。

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