Vol.238 あいち経済労働ビジョン2026-2030がパブコメへ  -若者流出と産業構造の結び付けを支持したい-

愛知県が次期経済労働ビジョンの素案を策定し、パブコメを開始した(2025.11現在)。県人口が減少期に入っている事を念頭に、若年層の首都圏流出と労働生産性の特性とを結びつけ、付加価値額の産出力を高める産業構造が必要と打ち出した事を大いに支持したい。ビジョンで目指すべき姿は「経済的な豊かさを享受し続けられる」地域とし、基本理念を「イノベーションと多様性を通じた変革の加速」と打ち出した。一見新味が無いように見えるが、明確に盛り込まれた特徴点を紐解きたい。

1.現状分析に見るポイント  -人口減少と産業構造の結び付け-

ビジョンの第二章では愛知県の経済労働分野に関する現状分析がなされており、世界的な不確実性の高まりや日本経済のインフレ転換など多面的な整理がされた中で、人口問題を取り上げるとともに、愛知県の労働生産性が低い事について記載された。

人口問題で焦点が当てられたのは若年層の首都圏への流出だ。図表1は、愛知県の生産年齢人口の年齢別移動状況(男性)で、20~29歳を中心に東京圏への転出超過が大きい事が示されている。東京圏へは全年齢層で転出超過だが、男性だけで年間約6,000人の転出超過となっていると分かる。実際には女性も同様に東京圏に転出超過しているため、年間1万人以上が流出している状況で、愛知県人口の減少を招く大きな要因となっている。

若年層が進学・就職を機に愛知県から東京圏に流出している現象を、産業振興の観点から重要な課題として明示的に位置づけたと受け止められる。この点は、この次期ビジョンの特徴に繋がっていく。また、少子高齢化と若年人口の流出は消費の縮退をもたらす事から、県経済に負の影響をもたらす現象でもあると記述されている。

次に、愛知県の産業構造についても大きく紙面を割いている点も印象的だ。図表2は、業種別の労働生産性と従業員構成比について、愛知県と東京都を比較したものだ。読み取りが難しい図だが、訴求ポイントは①愛知県は製造業の従業員数構成比が大きい事、②高付加価値業種(情報通信業、金融・保険業、学術・専門・技術サービス業等)の構成比は東京都に比して愛知県が著しく低い事、③高付加価値業種の労働生産性も東京都よりも低い事、を指摘している。つまり、愛知県に集積する製造業は誇るべき産業であり今後も重要な基幹産業である事に変わりはないものの、その労働生産性は低く、若者の活躍機会の受け皿となりきっていない事を示唆するものだ。知的集約型で高報酬な職場が若者を惹き付けていることを背景に、東京都や大阪府との産業構造のギャップが、若年層流出に起因しているという論旨となっている。この論旨が本ビジョンの最大の特徴へと方向づけている。

2.随所に現れるフレーズ  -付加価値の高い第三次産業や大企業等の本社機能の誘致-

本編を通して読むと、随所に現れるフレーズがある事に気づく。それは「付加価値の高い第三次産業や大企業等の本社機能の誘致」を図るというフレーズだ。第6章「5つの政策と取り組みの方向性」の中で、政策5本柱のうち3本で4カ所にわたり記載されており、本ビジョンの特徴として印象付けられる。

図表3はその一例で「愛知からの人口流出を止め、愛知で働く人を増やす取り組み」の部分を紹介している。ここでは若者の定着・流入とUIJターン促進の観点からスタートアップと同時に高付加価値な第三次産業や大企業等の本社機能の誘致が必要だと建付けている。その他の箇所では、産業競争力強化の観点、産業の進化と成長加速の観点からこれが必要だと建付けており、愛知県の産業構造は労働生産性を高める高付加価値型へと転換する必要性があるという論旨となっている。

実は、筆者は本ビジョン策定期間中にヒアリングを受けた。この際に伝えたのは本コラムで繰り返し主張している「若者流出抑止に向けた産業構造改革」の必要性だ。若者は「経済処遇と社会貢献の両立」というやりがいを求めて東京に流出しているとの仮説に基づき、経済処遇と社会貢献の原資となる付加価値額の産出力を高めなければ、若者の流出を止められないと主張した。産業構造改革に向けては、産業の機能と業種に着眼した産業振興の必要があり、機能とは高い付加価値額を産む本社機能を、業種とは一人当たり付加価値額の高い高付加価値業種を指すもので、これを実現する戦略はスタートアップ支援も重要であるが、同時に東京からの移転誘致を促す政策が必要だと訴えた。今回のビジョン素案の随所に盛り込まれた「付加価値の高い第三次産業や大企業等の本社機能の誘致」というフレーズは、これを受け止めて頂いたものと分かる。従って、筆者としてはこれを大いに支持したい。

なお、付加価値額の産出力を高める取り組みは、愛知県の誇る製造業や農業においても必要で、AIやロボティクスなどの積極活用により労働生産性を高める事で基幹産業の競争力を高めねば、愛知県らしい産業振興に繋がらない事にも留意が必要だ。

本ビジョン素案が掲げる目指すべき姿は「経済的な豊かさを享受し続けられる地域(一部略)」とし、基本理念は「イノベーションと多様性を通じた変革の加速」と位置付けた(図表4)。これらの表記からは、本ビジョンが狙う意図がどこにあるかは伝わり難い。豊かさにしてもイノベーションにしても、キーワードとして新味のあるものではないからだ。しかし、現状分析で若者の東京圏流出に焦点を当て、その背景に愛知県産業の労働生産性の低さ(東京比)が起因しているという構図を明示し、政策として本社機能と高付加価値業種の誘致を強く位置付けた事は、本ビジョンの代表的な特徴点として受け止める事ができる。

3.実現に向けて臨みたい事  -名古屋市との連携・協働をコアに-

本ビジョンの最終章「計画の推進」の中に、推進体制の記載がある。ここでは、「県内企業や大学、経済団体、労働団体、支援機関、金融機関、国、市町村など、多様な主体との連携により地域全体での実効性のある展開を目指す」とされている。

この趣旨には全くの異論がないところだが、「本社機能や高付加価値業種の誘致」を目指すためには、名古屋市との連携が圧倒的に重要であるため、名古屋市の産業政策とのコラボレーションを特記する事が望ましい。愛知県内の中核市が担う役割と名古屋市が果たすべき役割にはおのずと大きな違いがあり、とりわけ東京圏からの誘致を想定する上ではリニア中央新幹線のターミナルが整備される名古屋市の立地条件を有効活用する事が何よりも大切で、愛知県から名古屋市にそのエールを送り、率先垂範を促すことが県行政の役割であるはずだ。当たり前だから書かない、という考え方もあるだろうが、県土の危機感を共有したならば、特記事項として名古屋市の取り組みを喚起する姿勢を打ち出してほしいところだ。

名古屋市が、あいち経済労働ビジョン2026-2030を如何に受け止めるか、が重要な局面であるということを、経済労働政策に関わる関係機関が共に認識し、名古屋市の姿勢を良い意味での緊張感を持って見守るとともに、愛知県としてこれを支援する関係を実現する動きに繋がるよう、本ビジョンの最終策定とその後の諸政策に期待したい。

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