政府・行政によって公共投資が行われると経済効果が生まれる。しかし、同じ投資額でも政策分野によって発生する経済効果は異なる。インフラ整備、消費喚起(定額給付金等)、福祉助成の3つの政策による経済効果の違いを比較して、そこから見える定額給付金の効き目を指摘したい。
1.経済効果の計測概要 -産業連関分析によって分かる事-
ある政策によって生まれる経済効果を把握するためには、「産業連関分析」という手法を用いることが有効だ。これは産業連関表という統計を用いることで、経済波及メカニズムを再現して経済効果を計測する手法だ。産業連関表は、投資をインプット、効果をアウトプットとして表現する経済の見取り図だ。これを使えば、投資されたお金が、どのように流れて行くかを表現してくれるので、特定の投資を行った場合の経済波及による効果を知ることができる。算出される効果指標は、主に「生産誘発」と「雇用誘発」だ。生産誘発とは投資によって誘発される生産額(単位:円)であり、いわゆるGDPの押し上げ効果を知る指標となる。雇用誘発とは、誘発された生産に携わる事のできる雇用創出量(単位:人)を知る指標となる。これらを知ることによって、国・地方政府の公共投資がどれほどの景気浮揚効果となり、雇用創出効果となるかを見通すことができるので、政策の効き目を予測したり、政策の違いによる効果の違いを比較することが可能となる。
また、産業連関分析は、分析の仕方によっては業種や地域別に効果を知ることができるのも特徴で、「どの地域のどの産業にどれだけの効果が出るか」という答えが出てくるから便利だ。この手法を用いて、異なる政策によって得られる経済効果の違いを以下で比較する。
2.経済効果の政策別比較 -インフラ整備、消費喚起、福祉助成による経済効果の違い-
今回比較することとした政策的な投資は、インフラ投資(政策A)、消費喚起投資(政策B)、福祉投資(政策C)とした。インフラ投資とは、道路や港湾などの社会資本を整備するための建設投資である。いわゆる「公共事業」と呼ばれる政策だ。消費喚起投資とは、給付金や商品券などを国民に配布して個人消費を喚起しようとする政策だ。コロナ対策の一環で政府が行ったプレミアム商品券や特別定額給付金(一人一律10万円)が記憶に新しいが、これに該当する。そして福祉投資とは、介護や保育園等の福祉分野の事業に対して助成金という形で投資する政策だ(医療分野をここに含めて考えても良い)。これら3つの政策分野について、いずれにも「中部地域に1兆円」を投じる条件で、経済効果を産業連関分析により試算した結果が下表である(計測している経済効果はフロー効果である)。
まず、生産誘発額(経済効果額)を比較してみる。1兆円を投じた時の生産誘発額は、インフラ投資が2.57兆円と最も大きく、次いで福祉投資が2.29兆円、消費喚起投資では1.98兆円と試算された。最も大きかったインフラ投資と小さかった消費喚起投資では、30%ほどの開きがある。但し、消費喚起投資の試算では給付されたお金が全て消費されることを前提としているので、貯金に回れば更に効果額は小さくなることに留意が必要だ。また、各生産誘発額の発生する地域に着目すると、インフラ投資と福祉投資は生産誘発額の約7割が中部地域(投資した地域)に発現しているが、消費喚起投資では中部地域に5割しか発現しておらず、半分は他地域に流出する傾向が確認できる。
次に、雇用誘発(雇用創出効果)を比較する。1兆円を投じた時の雇用誘発者数は、福祉投資が25万人と最も大きく、次いでインフラ投資が15.7万人、消費喚起投資では11.5万人と試算された。最も大きかった福祉投資と小さかった消費喚起投資では、2倍以上の開きが生じている。また、雇用創出効果の発生する地域についてみると、福祉投資では8割以上、インフラ投資では7割が中部地域(投資した地域)で発現するのに対し、消費喚起投資では半分が他地域で発現するという結果となった。
3.政策別の経済効果の傾向 -消費喚起策は十分な工夫がないと効果が少ない-
同じ1兆円を中部地域に投じたとしても、上表のように経済効果には明らかな違いが生じる。生産誘発額でみる経済効果は、インフラ投資の効果が最も大きく効率的に景気を押し上げることが期待できる。福祉投資もこれに準じて効果が生まれ、経済効果が期待できる政策だと言って良い。雇用誘発でみる効果は、福祉投資が明らかに大きく、雇用創出の観点で見れば、福祉投資が最も効果的な政策だと言える。また、インフラ投資と福祉投資に共通して言えることは、中部地域に投じれば中部地域に多くの効果(生産誘発も雇用誘発も)が発現するという事だ。狙った地域に効果が期待できるという点で共通している。
これに対し、消費喚起投資は傾向が異なる。まず、生産誘発、雇用誘発のいずれも効果が最も少ない結果となったが、先述したように貯金に回れば更に効果は小さくなるので、現実的にはインフラ投資や福祉投資に比して半分またはそれ以下の効果しか生まれないと考えて良い。もう少し具体的に言うと、困っている人に配れば消費に回るが、困っていない人に配ると貯金に回る可能性があるので効果が出ない。コロナ禍で政府が行った特別定額給付金は、全国民に対して一律に給付されたが、緊急事態宣言下でも収入が減少しない多くのサラリーマンは貯金に回すなどして消費していない可能性が否めない。困っている人に集中して10万円よりも多くのお金を給付すれば確実に消費に回って一定の効果は出たと思われるが、それでもインフラ投資や福祉投資ほどの効果は見込めない。
また、中部地域で給付金や商品券を配布しても中部地域に出る効果は半分程度という傾向だから、効果の外部流出が大きく地方自治体の政策としては不効率だという側面もある。コロナ禍における特別定額給付金は国の政策だが、地方自治体が給付金政策を実施する場合(岡崎市長公約の5万円や名古屋市長公約の2万円キャッシュバックなど)は、この事をよく念頭に置く必要がある。
従って、消費喚起のための給付金制度や商品券などの配布は、国民の関心・共感を得やすいものの、経済効果を得るには必ずしも効果的とは言えず、加えて十分な配慮と工夫を伴って実施しないと効果は著しく少なくなる傾向があることを十分念頭に置く必要がある。
4.今の日本に求められる政治と政策 -政策の選択判断は科学的であってほしい-
政府がお金を使う時、その使途によって経済効果が異なるということを、よく念頭に置いて欲しい。コロナ禍で日本経済が疲弊していることは紛れもない事実だ。そして、経済の縮退が飲食業や観光業といった特定の業種に強く生じている事も間違いない。だからと言って、国民全員にお金を配っても、この問題を効果的に解決するような経済効果は得られない。上記の試算によれば、むしろインフラ投資や福祉投資に投入した方が経済効果は出ると考えられるのだ。そして、景気浮揚に重点を置く必要があればインフラ投資に、雇用創出に重点を置く必要があれば福祉投資に重みづけ配分して投資すればより効果的だ。コロナ禍に限って言えば、奮闘続きで疲弊している医療分野に的を絞って政策的な投資を機動的に行うことも有益だ。また、インフラ投資や福祉投資の場合は、その効果特性から、問題が深刻な地域に投資すれば、ピンポイントでその地域に多くの効果が出て政策の実効性が高い。
こうした経済効果分析は研究実績が豊富で、統計が充実している日本では比較的容易に行う事ができる。困っている事、課題となっている事が把握された際には、これに対して効果的な政策を科学的論拠に立脚して選択してもらいたい。政治家が科学者を専門家チームとして招聘するのは、そのためのはずだ。この時、科学的論拠を聞いた上で判断するのが政治家なのだから、政治家の聞く姿勢と決める姿勢が、投じられるお金の生み出す効果に直結する。科学的論拠に基づく政策判断が重ねられていく政治を期待したい。