Vol.198 豊橋市の新アリーナ問題の論点はどこか  -水掛け論を回避して冷静・客観的な議論を-

2024年11月10日に投開票された豊橋市長選挙で当選した長坂市長は、新アリーナ建設運営事業の契約解除を指示し、市はこれを受けて事業者に解除協議を申し入れた。事実上、本件業務は休止状態となっている。豊橋市民の関心は新アリーナ問題に集まり、12月の市議会でも論戦が繰り広げられている。本コラムvol.194で契約解除に「4つの機会損失と1つの壁」があると論じたが、最近の報道からはアリーナ是非の論点が見え難い。筆者は豊橋市民ではないが、少々の関わりを持った立場として客観的に考えてみたい。

1.新アリーナプロジェクトの経緯  -過去2回の市長選挙で連続の争点に-

新アリーナの構想は、先々代の佐原市長時代に持ち上がったもので、人口減少で進行する地域活力の減衰を少しでも食い止めるため、賑わいづくりの拠点として構想されたものと記憶している。その後、「白紙に戻す」を公約に掲げた先代の浅井市長は、候補地の選定検討をやり直した結果、改めて豊橋公園内に整備する事を決定し、事業手法としてPFI方式の導入を決めた。PFI事業者の公募に当たり、事業者選定委員会の委員長を仰せつかった筆者は、TOYOHASHI Next Parkグループの提案は秀逸と評価し、委員会としても高評価となって当該企業グループの提案採択を答申し、市は事業契約(契約金約230億円)を2024年9月に締結した経緯がある。

その後、同年11月10日に投開票された市長選挙では「即時契約解除」を公約に掲げた長坂市長が当選し、今般の議論となっている。因みに、アリーナ推進派の浅井前市長(2位)と近藤候補(3位)の合計得票数は77,173票で、長坂市長の得票数(45,491票)の1.7倍であったため、アリーナ反対が大多数の民意とは言い難い結果と映る。

2.市長の反対理由は何か  -政策意義の所在か、場所の選定か、建設費の負担問題か-

長坂市長が新アリーナに反対する理由は何か。当選後の記者会見では「前市長が白紙に戻すと公約したが約束が違った」と話した。白紙とは建設是非の問題なのか、建設場所の再考問題なのかはこの発言からは分からない。また、長坂市長が市議会議員であった当時には費用負担が重すぎるとも主張されていた様だ。いずれにしてもネット情報を見る限りでは反対する理由の所在が判然としない。

一般論だが、地方自治体で大型プロジェクトの賛否が議論される際には、①政策意義、②場所の選定、③費用負担の大きさ、などが論点となる場合が多い。そこで、豊橋市の新アリーナについて、これらの3点に当てはめて考えてみたい。

第一に政策意義についてだが、先々代の佐原市長が発案して以来、賑わいづくりを核とした地域活性化への寄与が政策意義に位置付けられている。ここで言う賑わいづくりとは、音楽やスポーツの興行拠点として集客が生まれる事や、公園利用者が増進する事を指し、以て人々の生活に潤いを与える事が眼目となる。そして、創出された賑わいが消費の増加をもたらし、地域経済を活性化する事が企図されているものと解される。この考え方が否定される理由は見当たらない。

第二に場所の問題だが、豊橋公園は旧吉田城の城址公園で、豊橋市のルーツとも言えるシンボリックな場所だ。長期にわたって市民に愛されてきた公園で、豊橋市にとって神聖な公園でもあるから、ここに大規模な施設を整備する事について是非の議論が起きるという事は考えられる。但し、新アリーナの建設予定地は公園内にある既存の野球場であるから、公園空間を壊してしまうという問題ではない。代替の野球場を如何に確保するかが焦点となるはずで、代替球場の確保は計画されている様だから豊橋公園を立地場所とする事が問題になるとは考え難い。場所問題に派生して生じる課題としてアクセスが上げられる。集客規模が大きい事による自動車交通の集中問題が懸念されるため、駐車場や公共交通等を対策する必要があるが、工夫を凝らせば相当程度の問題解決は可能と考えられる。市の中心部にあって多くの市民にとってアクセスし易いというメリットもあるため、根源的な是非を問う原因までにはならないだろう。

第三は費用負担の問題で、これは発生する費用がイニシャルコストとランニングコストで構成される事を踏まえて考えたい。採択された提案は、新アリーナの収益で企業側がランニングコストを賄えるとするもので、豊橋市の運営費負担はゼロと提示されていたため、イニシャルコストの負担問題が俎上に上がる。確かに約230億円(契約金額)に及ぶ費用負担は巨大であるから、この点は費用対効果で考える必要がある。即ち、投資額以上に豊橋市の社会経済に発生する便益が大きい事が求められ、この点を検証する必要性はあるだろう。但し、費用対効果の検証は、本件事業を計画する段階で行うものであり、予算措置を議論する際に確認しておくべき事項であるから、そうした検討の報告があったか否かは確認されるべきだ。

3.アリーナがもたらす社会的便益   -消費の活性化、定住促進、ウェルビーングなど-

アリーナがもたらす社会的便益は、定量的に把握できる事項のほかに、定性的に検討すべき事項を加味して総合的に評価する姿勢が必要だ。

定量的に把握できる便益の代表項目は、消費の活性化効果だ。年間の集客数見通しを基に、新規に増加する消費需要を予測し、これがもたらす経済波及効果を計測してプロジェクトライフで積算し、初期投資額と比較考量する事が原則となる。

筆者は手元に詳細の資料を持っていないので、極めて概算的になるが、仮の前提で簡便的に消費の活性化効果を試算してみたい。5,000人規模のアリーナを満席にする興行(スポーツ、音楽等)が年間12回開催されるとして、来場者が1人当たり7,000円(チケット代、飲食・お土産代等)を消費するとすれば、年間4.2億円の消費需要が生まれる事となる。この新規の消費需要がもたらす経済波及効果を含めれば(産業連関分析)、年額で約5.9億円の経済効果(便益)と算定される。プロジェクトライフを30年とした場合には、契約金(230億円)の1年あたりの投資額は7.7億円だから、費用対効果(B/C=便益/投資額)は消費効果だけでは少し足りない(B/Cが1.0未満)という事になる。

但し、社会的便益は、消費の活性化以外にも定住促進や市民のウェルビーングの増進などが考えられるため、これらを定量化できれば計測し、できなければ定性的効果として定量的効果に加味して総合的に判断する必要がある(現地の世論で目立つ三遠ネオフェニックスのB1資格の確保に向けた地元ファンの願いや、公園東側エリアの再整備がもたらす市民生活の潤いは、ウェルビーングの中に含まれる)。筆者の経験で考えれば、おそらく費用対効果として評価し得るという判断ができそうに思う。

4.プロセスに起因する賛否の分断であれば冷静な議論が必要   -水掛け論を回避して-

報道を見る限りでは、「白紙の約束だったはず」とか「調査報告書の日付に誤りがあった」等の議論がされている様だが、これらは行政運営のプロセスに関する問題だ。つまり、丁寧で合理的な説明が不足していた可能性はあるのかもしれない。全国を見渡しても、大型公共事業ではプロセスに起因して事業が暗礁に乗り上げた例は国・地方を問わず散見される。

しかし、プロセスに起因したねじれが生じた時こそ、論点を明確にして合理的で客観的な情報を共有しながら議論すべきだ。水掛け論に時間を重ねても誰の特にもならない。是非、豊橋市長と行政幹部および豊橋市議会は、この点を念頭に置いて協議してほしい。それが市民の理解を得る近道であり王道であるはずだ。本件プロジェクトに携わった多くの関係者もそう願っているに違いない。

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