Vol.184 豊田市の人口動態の転換が示唆する都市経営課題  -社会情勢の影響を受けつつ若者の流出は顕著に-

愛知県豊田市は、言わずと知れたトヨタ自動車の本社が立地する企業城下町だ。1937年に豊田自動織機から独立したトヨタ自動車工業(当時)が立地し、1958年に市名を拳母市から豊田市に改めた。西三河地域の拠点的工業都市で、人口41.7万人は愛知県内で名古屋市に次ぐ規模を誇り、市域面積は愛知県内で最も広い。この豊田市では、2019年に人口のピークを迎え、以降は減少に転じた。人口動態を紐解くと、豊田市の都市経営が転換期に直面している事が伺える。

1.豊田市の人口動態に起きた変化  -自然減への転換と世情の影響を受ける社会増減-

豊田市の過去20年間の人口増減(グラフ内の灰色線)について、自然増減(青色棒)と社会増減(オレンジ棒)とを合わせて推移を見ると(図表1)、成長期、安定期、減少期の3つのフェーズに分かれることが読み取れる。

成長期は2008年までの期間で、人口増加を一定水準以上で維持していた。この期間の特徴は、自然増が2,000人以上のボリュームであった点にあり、この人口増がベースロードとなっていた事だ。2004年~2008年までは、社会増も1,500人以上あったため、特に強い人口増加が生じた期間であった。

次に、2008年~2019年を安定期と呼ぶことができ、人口増加が横ばいから2,000人までの範囲で推移した期間だ。この期間の特徴は、自然増の縮小傾向が顕著に表れた点にあり、成長期とは状況が異なる。リーマンショックで社会減が大きかった2009年~2010年はまだ自然増で持ち堪える事ができたが、その後に自然増は更に縮小傾向を強めている。

そして、2019年をピークに2020年以降は減少期となった。自然減となった事に加えてコロナ禍による社会減が重なり、人口減少へと転換して今日に至っている。コロナ禍の影響による社会減は2022年で収まった様相を呈しているが、自然減が拡大しているため、これを補う社会増が続かなければ今後も人口減少が続く可能性が高い。

長期的に概括すると、2つの特徴に集約される。第一は、自然増から自然減への転換が起きたことであり、ベースロードとなる人口増加要因が失われた事だ。第二は、社会増減が経済社会情勢の影響を強く受けて推移している事だ。1998年に起きたアジア通貨危機、2009年に起きたリーマンショック、2020年に起きたコロナ禍などがその代表で、自動車産業に強い影響を与える現象が生じると、その後に余波を引きずりながら社会増減が影響を受けて推移を繰り返したことが分かる。そして、この社会増減の変動は、外国人の増減によるところが大きい。

豊田市は、我が国の自動車産業の心臓部であり、その恩恵を受けて豊かな都市の代表格であるが、少子高齢化の影響がいよいよ顕在化し、社会増減は経済社会情勢の影響を受けるため、安定した都市経営を続けることは困難な状況に転換したと考えねばなるまい。

2.日本人の社会増減の内訳に見る課題   -若者の大都市への流出が顕著-

自然増減は、日本全体が抱える少子高齢化問題により減少が拡大していくと見込まれ、これに対する取り組みが重要課題である事は論を待たない。一方、社会増減は都市が固有に抱えている課題の表れでもあるので、都市経営戦略を立てるにあたり、基本姿勢を構築する上で重視しなければならない。本稿では、豊田市の社会増減に着目して考えてみたい。

豊田市の社会増減について、日本人を対象に地域別・年齢別に内訳を見たものが図表2だ(表内の「-」は不詳データを含む場合)。日本人に限れば、社会増減の総数は▲1,524人の社会減となっている。その地域別内訳を見ると、首都圏以外の県外からの社会増がある一方で、首都圏や愛知県内に対して社会減であることが分かる。首都圏のうち過半数が東京都区部で、愛知県内のうち4割が名古屋市であることから、大都市に対して社会減となっている傾向が強い。

次に、年齢別に見ると、社会増となっているのは15~19歳のみで、その他の年代では全て社会減だ。特に、20~34歳の社会減が大きい。また、40歳代と0~14歳の社会減もまとまったボリュームとなっている。

20~34歳の社会減について相手方地域を見ると、概ね半数が東京都区部と名古屋市で占められている。つまり、就職期や転職期に大都市に流出している若者が多いという事だ。豊田市にはトヨタ自動車本社があり、近隣市にはトヨタ自動車及びグループ企業群の本社・拠点工場が数多く立地しているが、若者たちの多くが大都市に引き寄せられていると考える必要がある。

30代や40代の世帯形成期・子育て期の市外流出にも留意が必要だ。図表2では表現していないが、名古屋市以外の転出先となっている県内都市を見ると、日進市、みよし市、刈谷市、瀬戸市などへの流出が多い。これらの人々は、トヨタ系の企業に勤める人々である可能性が高く、居住地選択において豊田市と比較した上で市外流出している場合が相当数あると見なければならない。

以上から見えてくる豊田市における社会増減が示唆する課題は、若者の活躍機会を自動車産業だけでは受け止め切れていない事、世帯形成期以降の居住地選択として豊田市が必ずしも選ばれていない事が上げられそうだ。今後の豊田市の都市経営を考える上で、避けて通る事の出来ない課題として直視しなければならない。

3.転出パターン類型に見る都市経営課題   -選ばれる都市になるために-

地域別・年齢別社会増減から、豊田市民の転出パターンを類型化してみた(図表3)。パターン①は就職や転職を機に名古屋市に流出する若者、パターン②は同時期に東京に流出する若者、パターン③は就職期や転職期に近隣都市に転出する若者、パターン④は世帯形成期や子育て期に近隣都市に転出する市民を意味している。パターン⑤は、①で名古屋に転出した後に東京に再転出する場合である(vol.157、165で述べたように、名古屋市からの東京への転出者は非常に多い)。

パターン①、②、⑤の若者たちは、地元に集積している自動車産業を自分の活躍機会として選択しない若者たちだ。恐らく彼らは、自動車産業をリスペクトしつつも、モノづくり産業以外の業種に引き寄せられていると考えるべきで、サービス業に活躍機会を求める若者たちだ。他稿でも述べたように、若者たちが引き寄せられる業種は、サービス業の中でも高付加価値業種に吸引される傾向がある(vol.154、158ご参照)。

こうした若者たちが、地元に活躍機会を見出すためには、豊田市の産業構造における付加価値創出力を高めていかねばならない(付加価値創出力と若者の社会移動の関係はvol.154ご参照)。付加価値創出力は、機能と業種で考えるべきで、機能とは本社機能の付加価値産出額が高い事、業種は高付加価値業種(ICT、金融・保険、学術・専門技術サービス、医療・福祉等)に着目すべき事で、これらの集積を促進しなければならない。加えて、スタートアップの育成、地域企業のミッションドリブン型経営への転換、製造業のICT部門の地元立地などが考えられる。これらの一つ一つについて現状と今後の可能性を突き詰めていく産業振興政策が必要だ。

次に、パターン③は自動車産業に就職しつつも近隣の他都市に転出する場合で、パターン④は自動車産業に就職して豊田市に居住していた市民が世帯形成や子育てに際して近隣の他都市に転出する場合である。これらの市民の転出先の典型が日進市、みよし市、瀬戸市と想定すれば、自動車産業の拠点工場がある事、名古屋市都心部に短絡する公共交通がある事などが共通項だ。

職住近接を求める人々の志向は自然であるから如何ともし難いところだが、豊田市の交通条件を見直す事は重要な課題だ。豊田市内には7カ所のICがあって高速道路網へのアクセス性は極めて高いが、名古屋方面への鉄道アクセス性が低い。知立駅の立体交差化を踏まえ、今後は名鉄三河線の連続立体交差と複線化による名古屋直通特急の実現を急ぎたいところだ。また、子育て層にとっての暮らしやすさを徹底的に見直さねばなるまい。例えば、共働き夫婦にとって暮らしやすいDX型の官民サービスが充実しているか等についても総点検と対応が必要だ。

若者の流出を極力抑えなければ人口再生産力が一層に低下するので、人口問題における重要課題だ。そのためには、「産業振興政策」と「暮らしやすさ」に重点を置いた政策検討が必要だろう。流出世代と流出先の都市が概ね特定できているので、そうした市民のニーズを詳細に把握しながら中長期的な視点で対策を講じていきたいところだ。豊田市の実力を発揮するのは、これからが正念場だと考えねばなるまい。

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