Vol.183 なごや水道・下水道連続シンポジウム第2回「やさしい水」  -水道と下水道が目指す「やさしい水」とは何か?-

名古屋市上下水道局が2024年度に開催している「上下水道の将来を考える連続シンポジウム(計3回)」の第2回が「やさしい水を考えよう」をテーマに開催された。筆者はパネルディスカッションのコーディネータを仰せつかっている。今回のテーマ「やさしい水」とは何か。この平易な言葉の中には、壮大な水循環システムへの挑戦と、その過程で展開されている人と地域と地球に配慮した取り組みの意図が込められている。

1.秀島教授が呼びかけた警鐘  -流域を忘れ、水辺から遠ざかった名古屋市民-

名古屋工業大学の秀島栄三教授が「木曽三川流域と名古屋の上下水道」と題して基調講演をされ、筆者は次の二点が強く印象に残った。それは、「名古屋市民は流域を忘れかけている」という警鐘と「水辺から遠ざかってしまった名古屋市民」という評価だ。

第一の「流域を忘れかけている」とは、木曽三川流域への意識のことだ。名古屋市のルーツは1600年代初頭の清州越しにある事は広く知られているが、この時代の名古屋では木曽三川とのつながりで生業を立てる人々が多かった。例えば木材商であり、木材からの加工品として歯車を削り出す匠であり、これを活かしたからくり人形やからくり時計などの工芸品などである。そして、これらが製糸・紡績業などへと発展した系譜を含めて指している。

生業が木曽三川の恵みと密接に繋がっていたこの時代は、流域を意識する機会が生活の中に多々あったと思われるが、現代では産業構造も大きく変わり、生業を通じて木曽三川の流域を意識する事はなくなっている。しかし、現実には木曽川から水を頂いて名古屋市民の生活や経済社会が成り立っているのであり、我々は改めて流域を意識する必要があるという示唆だ。

第二の「水辺から遠ざかった」とは、市民の水辺への意識への希薄化を評したものである。堀川から東側の名古屋市域は、地形的に水辺空間が乏しいから、名古屋市東部の市民が水辺を意識する事はどうしても少ない。一方、都市内三川(堀川、新堀川、中川運河)の沿線地域でも川に背を向けた建築物が多く、川に親しむシーンを市民生活の中で見出すことはできない。また、名古屋港は日本一の港湾に発展したが、市民生活との距離感は大きくなっている。しかし、こうした河川や港湾は、雨水や浄化された下水の放流先であるため、都市活動を持続する上で欠かせない水系の一部なのだが、我々はこれに背を向けて関心を持つ事なく生活している点に気づくべきだという示唆だ。

水源を木曽三川に依存し、これを使った後に川や海に流しているという水循環を市民生活の中で意識しなければ、安全に水を確保する事や自然環境を破壊しない事、きれいな水環境を維持する事はできない。改めて、流域や水辺への恩恵意識を再認識する必要があると気づかされる。

2.「やさしい水」とは何か?   -人と流域と地球に配慮した水循環への取り組み-

その上で、名古屋市上下水道局がテーマに掲げた「やさしい水」について水道・下水道を担当する技術者に、各々の立場からその意味するところについて聞いた。

水道を担当する技術者として登壇した堀口課長は、「安全」で「おいしい」水を「断水なく」届ける事が水道行政の使命であると話した。木曽川から水を頂き、水を磨き(浄化する過程)、水を届ける仕事は、多くの地域や主体とのかかわりの上に成り立っていると言う。水質の良い木曽川の水を守るための上流地域への寄付や上下流域間の企業マッチング、近隣市との連携、名古屋市民への広報など、我々が日頃使う水道の陰に広範囲な主体を対象とした連携活動が展開されている事が紹介された。水道の立場で言う「やさしい水」とは、水源へのリスペクトであり、クオリティの高い水へと磨く技術であり、当たり前に使える事を市民に保証するたゆまぬ努力である事を総称していると筆者は解した。

次に、下水道を担当する技術者として登壇した丹羽課長は、使った水(汚れた水)を海や川に「綺麗にして返す」仕事(浄化)と、雨水が市街地に浸水する事を防ぐ仕事(排水)について話した。浄化については、高度処理技術の導入によって窒素やリンを取り除き、中川運河などに放流して河川の水質浄化に役立てている事や、下水処理で発生する汚泥の有効活用(セメントや固形燃料化物など)に取り組んでいる事も紹介された。排水については、豪雨から都心を守るための大規模な雨水調整池を50m以上の大深度地下に整備している事も紹介された。下水道の立場で言う「やさしい水」とは、公衆衛生を守り、自然災害から都市空間を守り、自然環境負荷を低減しながら水を還す取り組みの総称であると筆者は解した。

そして、こうした「やさしい水」を維持するために、水道では総延長約8,400kmの配水管と8,700点もの電気・機械設備を維持しており、下水道では15カ所の水処理センター、53カ所の雨水ポンプ所などに約3万点の電気・機械設備を維持しているという。「やさしい水」を維持するために、これほどまでに膨大な設備が整備・メンテナンスされている事を我々は知らない。設備規模が大きいという事は、ヒトとカネを相応に要する事を意味する。そして、取水と放流の各々の相手方には自然を介して多様な地域とのかかわりがある事も我々は普段意識する事がない。

二人の技術課長の話は、秀島教授が警鐘した「流域とのかかわり」や「水辺」への意識が希薄化する問題の理由を裏付ける話となった。その問題とは、上下流の地域や名古屋市民にとって大切な自然環境や市民生活の安全、そして財源の面で一つでもつまづけば重大な問題を引き起こす恐れがある事を指している。

3.「やさしい水」を守るために立ちはだかるものは   -自然の力、設備の膨大性、そして…-

「やさしい水」は壮大な水循環システムの中で成り立っている。大自然の水循環の中に間借りをして人工的な水循環を組み込ませてもらっていると言っても良いだろう。この水循環システムを維持していくために投入されているヒトとカネもまた膨大にならざるを得ない。

カネの面について、司会を務めていた企画経理部の村瀬課長に聞いた。すると、R5年度決算の速報値によると水道は▲4.1億円の赤字に、下水道は▲4.9億円の赤字に陥る見通しだという。上下水道の収支が赤字になるという事は、この先の整備・維持に必要な資金が枯渇に向けて進むという事だ。これまで100年以上をかけて構築されてきた名古屋市の上下水道を、今後も50年、100年と維持していくためには、上下水道の財源が持続的に維持される収支を確保する事が必要だ。

参加者からの質問では、国が奨めて自治体で導入例が始まっているウォーターPPPについて質問が出た。つまり、上下水道を民間に委ねる方式を名古屋市が導入する可能性があるかとの問いだが、村瀬課長は「直営で守っていきたい」と真正面から応じ、会場からは拍手が生まれた。そのためには、財源を確保できる収支状況を築かねばならない。折しも、名古屋市上下水道局の審議会で上下水道料金は値上げ(11.8%)が必要と答申された。家計における負担増は誰しも避けたい所ではあるが、名古屋市が直営で守って来た「やさしい水」を今後の世代にも引き継いでいくためには、市民が理解して受け入れていくしか道はない。単なる値上げ問題として捉えるのではなく、壮大な水循環を守り壊さないために必要な資金なのだと、我々は理解すべきだろう。

「流域とのかかわり」や「水辺」への意識を持つと同時に、市民が自ら財源負担する事の重要性を学ぶ良い機会となった。こうした理解が、より多くの市民に共有されていく事を願いたい。

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