2021年5月。日本のコロナ禍は第四波の真っ只中だが、ワクチン接種が始まったことで、収束ステージへの移行に期待が膨らんでいる。しかし、65歳以上の高齢者を対象に始まったワクチンの優先接種は、予約希望者が殺到して全国の自治体で大混乱の様相を呈している。各市町村は様々な工夫を凝らして鋭意対応に当たっているが、いずれも早い者勝ち原則の構図だ。公平感があって混乱を避けるためには、くじ引きの原則が良いと思うがいかがか。
1.早い者勝ち原則の現状 -電話やネットにしがみ付かないと予約できない-
多くの市町村では、全ての65歳以上の高齢者に、予約の案内(クーポンや予約票と言われる場合がある)が一斉に送付され、これを受け取った高齢者が脱兎のごとくに電話やネットにアクセスしているから、受付がパンク状態で混乱が生じている。筆者も実母のワクチン接種予約を試みてみたが、ネット予約はあれよあれよという間に埋まって行く状況だった。自治体側は受付電話の回線数を増やしたり、ネットの受信容量を拡張したりといった通信インフラ拡充を急遽図ったり、集団接種会場とは別にかかり付け医での接種を普及させたりと、各地で工夫と緊急対応が続いている。
しかし、所詮は早い者勝ちの原則だから、接種を希望する高齢者は、焦りと不安に苛まれることになる。市民がもう少し心安らかに、必ず摂取できると信じることができる公平なやり方はないものか。筆者はくじ引き原則(抽選方式)が良いように思う。
2.住民基本台帳から無作為抽出 -市民は待っているだけで良い-
市町村には住民基本台帳が整備されており、住民票を持つ市民は全てこれに登録されている。この住民基本台帳はデジタルデータ化されているため、特定の条件に合致する市民を機械的に無作為抽出してリスト化する事が容易だ。市民意識調査等の通常業務で使われており、無作為抽出とすることで公平性が担保される。
例えば、65歳以上の高齢者を対象に住民基本台帳から無作為抽出することをイメージしてみたい。抽出条件として対象年齢層と、その年齢層から何割を抽出するかを設定する。この割合を抽出確率として市民が無作為抽出されるから、抽出された人たちに予め行政が確保した接種会場のキャパシティに応じて接種日・指定会場の予約票を送付する。受け取った市民は、これに従い接種を受けられることとなる。指定日の都合が悪い人は定められた問い合わせ先に電話かネットで連絡して指定日を変更してもらえば良い。また、指定日だけではなく、会場の変更を希望する人もいるだろうから、そのようなニーズへの対応も用意しておく必要もあろう。
抽出された人の接種進行に応じて、対象とした層の全員に行き渡るまで繰り返せば、もれなく対象市民が接種機会を得ることとなる。この仕組みであれば、市民は安心して待っているだけで良い。指定日等の都合が合わない人だけが問い合わせ先にアクセスするわけだから、殺到して混乱する確率は低い。機械的な無作為抽出であるから公平性が担保されているので、市民には不安や焦りは生じない。自治体側も、予約受付対応に忙殺されることもないので、日程調整や会場確保に専念する事が可能になる。65歳以上全員に対して「一斉に早い者勝ち」の競争を求めるから、今日の混乱があるように筆者には見て取れるのだが、くじ引き原則(抽選方式)であれば、この競争は生じさせない。
日本人は、くじ引きには馴染みがあって文句を言う人はほとんどいないのように思う。宝くじに当たらないからと言って文句を言う人を筆者は聞いたことがない。自分からアクセスせずに待っているだけだから、デジタルデバイドによる不公平が生じない点でも人に優しいと思う。
3.64歳以下の一般市民の接種に向けて -今よりもスムーズな仕組みが必要-
報道で指摘されている課題には、予約殺到による混乱の他に、急に生じたキャンセルや二重予約等により生じるワクチンの余剰をどう扱うかなどがある。早い者勝ち原則をくじ引き原則(抽選方式)に転換すれば、焦って接種機会を確保したい人々による二重予約問題(焦るから複数の選択肢で予約確保を求めてしまう)は影をひそめるだろうし、住民基本台帳から作成される接種予約者リストで接種の実施状況をトレースして行けば、2回の接種が完遂されない恐れのある市民を発見し、次善の対応を合理的かつ漏れなくできるはずだ。突然のキャンセルは、どのような方式であっても生じるだろうから、これにより発生する余剰ワクチンの使い方は市町村で予めルールを決めておけば問題ないはずだ。
65歳以上の高齢者の接種の進行は、全国の自治体で若干の違いはあるものの、8月頃までには終わる見通しだ。そこから始まる64歳以下の人々は、当然にして高齢者よりも年齢層が幅広くボリュームが大きい。早い者勝ち原則で一斉に予約受付を開始すると、ネットに精通しているから、電話よりもネットのアクセス障害が続発する可能性があり、不安とストレスに繋がりかねない。住民基本台帳に基づいたくじ引き原則(抽選方式)であれば、市町村の人口規模や接種会場のキャパシティに応じて抽出条件を自在に設定すれば良いので、計画的な接種予約の普及と実践が可能になるように思われる。64歳以下の年齢層をもう少し細かく区分して区分ごとに抽選を繰り返すことも可能だ。
この場合、くじ引き原則(抽選方式)の進捗状況をリアルに公開する事が、さらなる安心につながる。現時点で、何歳の年齢層のうち、何割まで抽選が終わっているかを逐次公開すれば、市民はこれを見ながら安心して待っていれば良いわけだ。
勿論、上記以外にも更に効果的で効率的なグッドアイデアは数多くあると思うが、ボリュームの多い64歳以下の国民に接種が円滑に進むように、工夫を凝らしてもらいたいと筆者は願うから、拙稿が検討の一助になれば幸いである。