岐阜市が「都市と地域コミュニティの持続可能性に関する懇談会」を開催する運びとなった。第1回に招聘された筆者は「担い手となる若者を惹きつける都市に」と題して講演する。岐阜市は県都として県下随一の産業集積があるが、多くの若者が大都市に流出しており、このままではコミュニティの担い手不足に陥る事が懸念される。この趨勢を打破するためのキーワードは付加価値創出力の向上にあると説きたい。
1.岐阜市の人口動態が示唆する警鐘 -大都市への若者流出が人口減少の要因に-
岐阜市の人口は、直近6年間で減少を続けており、R6年1月時点で約40.1万人(住民基本台帳)となった(図表1)。年間の減少人口数は概ね1.5千人で推移しているから、R7年には長らく維持してきた40万人代を切る可能性が高い。
人口減少の構図を知るために、自然増減(出生数―死亡数)と社会増減(転入数-転出数)に分解したものが図表2だ。これによると、R5年では自然減が▲2,641人であるのに対して社会増が1,187人であったから、自然減を社会増で補えずに人口が減少したことが分かる。社会増が近年増加傾向にある事は喜ばしい事だが、自然減は年々拡大しており、「自然減>社会増」の構図は当面続くものと考えねばならない。
少子高齢化の中にあって、様々な少子化対策を打ち続けていくとしても自然減を止めることは容易ではない。従って、地方都市の持続的発展を考える上では、社会増を拡大する政策をいかに打つかが都市の発展力の差になると筆者は考えている。岐阜市も、こうした観点に立って現状把握と対策を検討する事が重要だろう。
そこで、社会増減の世代別・地域別の状況を見ておきたい(図表3)。世代総数で見ると、東京特別区部と名古屋市に対して大きく社会減で、県内他都市から社会増となっている。特に、20代の大都市への流出が顕著だ。表中にはないが、横浜市、大阪市、京都市にもまとまった社会減があり、大都市への20代の転出超過数は700人は下らないものと考えられる。年間の人口減少数が概ね1.5千人である中で、大都市への若者流出が半分近くを占めているとすれば、大きな課題として取り上げる必要があるだろう。
また、進学や就職・転職を機に大都市に流出した20代の若者たちは、30代になっても40代になっても戻ってきていない事が図表3から伺える。このような状況が続けば、岐阜市の人口再生産力はさらに低下し、その先には人口減少の加速、岐阜市経済の縮退、地域の担い手不足が顕在化し、市民社会は不活性化していくと見なければならない。
2.なぜ若者は大都市を目指すのか? -付加価値創出力の高い都市が吸引-
なぜ若者は大都市を目指すのかを考えておきたい。長年、企業に在籍して採用に携わってきた筆者が実感している若者像は、「会社の仕事を通して社会・地域に貢献したい」という志向だ。勿論、経済処遇を軽視している訳ではないが、「経済処遇と社会貢献を両立できる」活躍機会を若者たちは求めていると強く感じる。こうした志向を、筆者は「ミッションドリブン志向」と呼んでいる。現代の若者の多くがマネードリブンではないのだ。
このミッションドリブンな「やりがい」を統計で表現する事は難しいが、「付加価値額」が有効な代替案になると筆者は仮設立てている。マクロ経済における「付加価値額」とは、企業財務では「粗利」に相当する。売り上げから原価や直接経費を控除した額が粗利であるから、この粗利(付加価値額)を生み出す力がなければ、従業員の経済処遇はままならないし、ましてや社会貢献への投資など出来ようはずもない。若者たちは、統計を見ている訳ではなかろうが、結果として付加価値創出力の高い都市に惹きつけられていると考えられる。
図表4は、全国の政令指定都市と県庁所在都市からなる52サンプルを対象に、社会増減を被説明変数に置き、企業規模と純付加価値額を説明変数とした重回帰式だ。決定係数(R2)が0.9083で符号条件やt値も有意であることから、都市の社会増減が2つの変数で説明できることを示唆している。
つまり、規模の大きな企業の集積があり、付加価値額の産出が大きい都市ほど大きな社会増が生まれていると表現されている。更に踏み込んで解釈すれば、企業規模は本社機能や支社機能(支店や営業所ではない)が集積する都市ほど大きく、付加価値額は高付加価値型業種の集積が高い都市ほど大きくなるから、ここに焦点を当てた政策が有効という事だ。従って、若者の流出を食い止め、一度流出した地域出身者の還流を促す条件としては、産業の機能と業種に着眼した政策が必要だと考えて良いだろう。
3.若者の定住がコミュニティの持続可能性に必要 -ミッションドリブンな活躍機会を-
都市の付加価値創出力が若者を惹きつける重要な条件だとするならば、どのようにして付加価値創出力を高めていくかを考えねばならない。筆者は5つの提言をしたい。
第一は、産業機能の強化だ。理想的には本社機能の集積を図る事だが、現時点でこれは容易には成就しない。但し、コロナ禍を経験して以降、首都圏からの本社転出社数が高水準で推移しており、東京に縛られない本社立地選択が萌芽している。首都圏からの転出先を見ると、新幹線で東京へのアクセスが60分以内の立地が選ばれているため、岐阜市ではこの条件に現状では該当しない。しかし、リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業すると話は変わる。岐阜市は概ね60分で東京へのアクセスが可能になるから、荒唐無稽な話ではなくなるのだ。従って、リニア開業期に合わせてオフィス供給を計画する事を考えねばならない。また、スタートアップの育成・振興も併せて有効な対策になろう。
第二は、高付加価値業種の誘致・振興だ。高付加価値型の業種とは、情報通信業、金融・保険業、学術・専門サービス業、医療業などが代表的だ(vol.152、154ご参照)。情報通信については、立地を促す優遇措置が一定の効果を上げる可能性がある。金融・保険業については、国が掲げる金融・資産運用特区の活用も検討価値があるだろう。学術・専門サービス業については、大学と連携した業種育成を検討する余地があるように思う。
第三は、地元企業のミッションドリブン経営への転換だ。地域で若者の受け皿となるべき地元企業が、マネードリブン経営を続けていてはマッチングしない。企業活動の一環として社会貢献する事の意義を、経営者が見いだせるような啓発活動が必要だ。これは、岐阜商工会議所と連携した取り組みが必要だろう。
第四は、地域に存在するミッションドリブン人財を核とした人財ネットワークの拡充を考えたい。市内でNPO活動やコミュニティビジネス、SDGsを含むCSR活動等に取り組む人財のネットワークを作り、この人財の輪を発信して若者に届ける事だ。副業やプライベートで社会貢献活動に参画したいと考えている若者が、岐阜市で輝いているミッションドリブン人財たちの輪に加わりたいと発起する情報を届ける事が有効ではなかろうか。
そして第五は、これらのことを包括した産業振興計画を策定する事だ。従来型の産業振興施策群のままでは付加価値創出力を高めていくことはおぼつかない。若者を惹きつける都市として持続的成長を遂げていくためには、戦略的な施策をパッケージ化した産業振興計画が重要な役割を果たすものと銘ずる必要があるだろう。
ミッションドリブンな若者は、地域コミュニティにおいても頼りになる担い手として重要な役割を果たしてくれるだろう。こうした若者が市外に流出を続けた時の将来への負の影響は計り知れない。若者の流出を抑え、または一度大都市に流出した若者が還流する機会を整える取り組みを展開する事が、岐阜市の持続的発展と地域コミュニティの充実へと繋がる要諦となるはずだ。産業振興と都市整備が連動して付加価値創出力の高い都市を目指すことを重要な政策軸と置くべきだろう。