Vol.222 学力だけではないと分かっていても…名古屋市、衝撃の調査結果  -全国学力・学習状況調査における小中学校の順位-

驚愕の調査結果を知った。全国学力・学習状況調査の結果である。名古屋市の小中学校は、過去5年間連続で全国政令指定都市の平均値を下回り、その順位は5回中4回で最下位となっていた。子どもたちの幸せは学力だけで語られるべきでない事は百も承知ながら、この現実が名古屋市の都市経営に与える影響を考えずにはいられない。これまで、この調査結果に触れる機会がなかった筆者は、初めて知る現実に衝撃を受けている。

1.全国学力・学習状況調査の概要  -全国の国公私立の小6と中3が対象-

本調査は、「①全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る、②学校における児童生徒への学習指導の充実や学習状況の改善等に役立てる、③そのような取り組みを通じて教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する」ことを目的に、文部科学省が実施している(実施機関は国立教育政策研究所)。小学校6年生と中学校3年生を対象に毎年1回実施されている。通称は「全国学力テスト」と呼ばれ、国公立は全校悉皆、私立は小学校で5割、中学校で3割の学校が参加している。

歴史的には「学校や地域間の競争が過熱になる恐れ」などの理由から物議を交わして中止されたり、一部にボイコットが公立校から発生するなど紆余曲折を重ねてきたが、「ゆとり教育による国際的に見た学力低下」の懸念が文部科学行政の底流に根強く、2007年からは国公立では悉皆調査として復活した。なお、出題形式などは変遷している。

2.衝撃の調査結果  -名古屋市は、政令指定都市で最下位常連-

出題形式が現行方式となった2019年度から2024年度まで(2020年度はコロナ禍により未実施)の5年度分の調査結果(学力)について、主要政令市を抜粋して推移を示したものが図表1だ。名古屋市(グラフ中の赤線)は、小中学校ともに全国平均(グラフ中の黒線)を全ての年度で下回っている。大阪市も同様の傾向だ。横浜市は全国平均近くで推移しており、京都市とさいたま市は常に平均値を上回っている。

調査結果は、都道府県別と全政令指定都市別に集計されているため、地域間比較が可能なのだが、過去5年のうち4回で名古屋市は全政令指定都市の中で最下位となっていた(小学校・中学校ともに)。直近の2024年度は最下位を脱出したものの、名古屋市を下回ったのは堺市だけであった。首位には京都市とさいたま市が常連となっており、正答率で名古屋市との間に5~6%程度の乖離が続いている。お恥ずかしながら、これまで本調査結果に目を通す機会がなく、調査結果が示すような実感を日頃持ち合わせていなかった筆者には、衝撃的な結果であった。

科目は、国語と算数・数学となっているため、科目別に集計結果を見ることもできる。名古屋市の結果は、国語で平均値を下回り、算数・数学で平均値を上回るという傾向が小中学校の双方で続いているのは、モノづくり産業の集積を背景としたものだろうか。

他方、この調査では、学力以外に学習状況も調査している。筆者が気になった事項を抽出したものが図表2だ。児童に質問している「規範意識(人が困っている時は進んで助けますか?)」と「自己有用感(自分に良いところがあると思いますか?)」を見ると、小学校で全国平均値(5.0)を下回っているのが気になるところだ。また、学校に質問している「ICTを活用した学習状況」と「生徒指導(スクールカウンセラー等による相談体制)」を見ると、ICTの活用が中学校で平均値を下回っているのも気にかかる。全校でスクールカウンセラーを常勤化させた中学校では、生徒指導の項目で平均値を上回った。尚、京都市とさいたま市ではこれらの項目でほぼ平均値を上回っており、学力調査結果との関連は無縁ではなさそうだ。

3.懸念される都市経営への影響  -選ばれる都市になるために公教育のリデザインは必須-

さて、この結果が都市経営に与える影響を考えてみたい。他稿でも繰り返し述べてきたように、名古屋市では若者(20~30歳代)が東京に流出しており、子育て層(30~40歳代)は近隣市に流出している。この傾向が続けば、名古屋市の活力低下に結びつく事は自明の理であるから、これに抗う都市経営戦略が必要だ。

若者は都市の付加価値額産出力の大きさに比例して移動している傾向があるから、名古屋市の付加価値額産出力を高める産業構造改革が必要だと筆者は考えている。そして、市内産業が生み出す付加価値額が高まれば市民所得も向上するため、高騰を続けている市内の新築マンションを購入できる世帯も増え、住宅取得を機に流出している子育て層をとどめる方向に働くだろう。しからば、付加価値額産出力を高めるためのポイントは何か。それは、本社機能と高付加価値業種を東京から移転立地させることが有効だと筆者は考えている。市内で育てる産業振興も重要だが、同時に最大集積地である東京からの移転を促さねば、名古屋市の衰退潮流に歯止めをかける事は叶うまい。この時、名古屋市の公教育が高い評価を得ている状況が必要となる。

東京よりも空間的・時間的・経済的なゆとりがあり、新幹線と高速道路3路線で東京と結ばれている立地の上に、リモート活用の定着とリニア中央新幹線の開業を加味すれば、諸コストが重く過密リスクの高い東京に縛られない名古屋への立地は合理的な選択だ。現在も、東京都特別区からは人口と本社が流出しており、脱・東京現象は現実味を増している。但し、現在の名古屋はその受け皿となっていないから、積極的に誘致する政策が今後は必要だ。しかし、名古屋市の公教育が芳しい状況になければ、人々や企業はその意思決定を躊躇する可能性がある。従って、公教育のリデザインを強く推進する事が、名古屋市の都市経営戦略において重要なポイントとなると考えねばならない。

名古屋市の小中学校の学力が低い理由に迫り、その改善に向けて教育委員会と学校現場がスクラムを組んで改革に取り組んで頂きたいと切に願う。また、市民もこの点に関心を持たねばならぬ。筆者がそうであるように、自分の子どもたちが小中学校を卒業した後は、公教育に関心を持たなくなってしまいがちだが、それでは明日の名古屋の発展機会を逃してしまう事となる。勿論、学力だけで子どもたちの幸せが決まるものでない事は言うまでもないが、公教育のリデザインを進める事が国土における名古屋市の好立地を最大限に活かす事に繋がるのだと理解を広めたい。市民の視線にさらされてこそ、改革の推進力になるのだから。自戒と共に、改めて名古屋市の公教育の行方を見守っていきたい。

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