津島市で攻めの取り組みが続いている。Park-PFIで天王川公園にスターバックスを誘致したのに続き、津島神社参道の入り口にある市有地活用の公募で「宮きしめん」の出店が決定した。有名店の誘致を立て続けに成功している津島市の狙いは、PPP(官民パートナーシップ)手法による賑わい創出とシビックプライドの向上にあり、津島神社を核としたエリアに年間を通した賑わいを形成し市民の愛着を高めるための打ち手だ。事業者選定委員長を仰せつかった立場から、本件公募のポイントを紐解きたい。
1.「宮きしめん」の計画概要 -熱田神宮で営業する100年企業が津島神社に出店-
「宮きしめん」を経営する宮商事㈱は、1923年(大正12年)創業の100年企業で、熱田神宮の境内できしめん店を直営する老舗だ。社名は熱田神宮を発祥の地とする事に由来するもので、麺類の製造・販売などを生業としている。熱田神宮に参拝した人なら誰でも知る名物のきしめんは名古屋飯の代表格に名を連ね、そのネームバリューは高い。
津島市が行った公募には3社の応募があり、津島神社との親和性や宮商事㈱の個性を活かした提案が評価されて選定された。宮商事㈱以外の応募2社は、いずれも名古屋市内で人気カフェ店舗を経営する実績を有し、各々に魅力的な提案であったが、宮商事㈱が提案した「宮きしめん」は津島神社の参拝客にくつろぎと名物メニューを提供するというもので、市の狙いに合致するとともに地域の課題に対応した内容であった。
津島神社は初詣を中心に年間約100万人の参拝客がある由緒ある神社だが、年間を通した賑わいは十分には形成されていない。特に、飲食店や土産物店が乏しく、滞留時間や回遊性に難がある事が観光拠点としての課題とされてきた。津島市が市有地(わざ・語り・伝承の館跡地)を活用して事業用定期借地権を設定し、テイクアウトも可能で魅力的な飲食店の誘致に動いた背景には、これらの課題克服が上げられる。
宮商事㈱の提案は、熱田神宮の参拝客が「宮きしめん」で一息つくと同じように津島神社の参拝客が足を止める店舗となる事が想像でき、地域住民の憩いの場としても人気を博しそうだ。また、「宮きしめん」のクオリティと知名度ならば、「宮きしめん」に動機づけされた参拝客の増進も期待できるだろう。
店舗のデザインは津島神社の新たなアイコンとなり得る計画で(図表1)、室内56席、屋外テラスに12席、27台の駐車場を配置し、年中無休で午前7時~午後5時の営業が予定され、スタッフには「宮きしめん」の店舗経験者を配置するとされた。メニューは名代「きしめん」をはじめとする和食と甘味を中心とした構成で、モーニングサービスには「おにぎり、みそ汁、茶わん蒸し」などを提供すると提案された。また、店内ではお土産販売を行うとともに、ドリンクやスイーツ等のテイクアウトも実施する事が計画された。2025年12月にオープンする予定で、正月には津島神社の初詣客で賑わう事だろう。
また、宮商事㈱にとっても神社と一体となった店舗スタイルを一層に確立できるとともに、公有地の定期借地権で地代も低廉である事などから、同社の営業基盤の拡充には好機であったと考えられ、津島市と宮商事㈱がwin-winの関係を構築していく事が期待できる選定結果と言えるだろう。
2.成功の秘訣はマーケットサウンディング -市職員が機動的に足を運ぶ熱意-
今回選定されたのは宮商事㈱の提案であったが、応募者3社の提案はいずれも意欲的で魅力のある内容であった。長らく不活性な状況が続いた津島市(人口5.9万人)の公募に対して積極的な民間提案が集まり、競争環境が活性化している理由は何か。まちの活性化に向けて周到に準備を重ね、事業スキームや応募条件を練り上げている事は勿論であるが、これらに加えて二つのポイントがあると筆者は見ている。
第一は、マーケットサウンディングと対話の姿勢にある。PPP/PFIに長らく携わってきた筆者としては、津島市の担当職員が熱心に足を運ぶ姿勢を特筆点として上げたい。地域を広域的に見渡し、様々な事業を展開している数多くの企業の中から当該案件にとって魅力を高めてくれる事業者を探し出し、足を運んで市の計画をぶつけ、関心意向を確かめながら対話を重ねる中で募集条件を調整していく丁寧な姿勢だ。自治体の中にはマーケットサウンディングを単なる事業者ヒアリングと捉えている向きもあるが、上手にマーケットサウンディングを行うコツは民間意欲を喚起する事にある。換言すれば「口説き」の姿勢だ。どのような条件を整えれば参画意欲が高まるか、終始アンテナを立てて対話を重ねることがポイントで、これは書面での意向調査だけでは決して成し得ないし、机の上で考えているだけで生まれる成果でもない。津島市の菱田課長補佐らはコンサルタントに任せきりにせず、自ら足を使い事業者の生の声を聞き取りながら意欲を喚起したことが奏功している。
第二は、募集要項等の作り込みのスタイルだ。公募書類は往々にして無機質で抽象的な官庁文学になりがちだが、公正さを損なわずに市がやりたい事、重視したい事を具体的に分かりやすく伝えるスタイルが成果に結びつきやすい。マーケットサウンディングで視野に入って来た企業はPPPに慣れた企業ばかりとは限らず、不慣れな企業が現れる事も往々にしてある訳で、不慣れな企業は官庁文学的な行間を読ませる文章スタイルには対応できない事が多く、せっかく参画意欲を高めても応募に至らない事態にもなりかねない。津島市の菱田課長補佐らが作成する公募書類には、平易で具体的な表現で応募者に伝える姿勢が随所に見られるため、関心企業が脱落することなく応募まで辿り着いているのだと解される。
PPPには多様な手法・スキームがあるから、募集要項の作成は前例踏襲や他事例準拠では済まされない煩雑さがあるが、津島市では対話で見えた応募障壁を最小限化し、分かりやすい公募書類を作成するスタイルが確立されつつあるように思われ、地方都市の小規模のPPPでは参酌に値するだろう。
3.更に続く津島市のPPP事業 -天王通りの旧津島信金はシビックプライド醸成拠点に-
津島市のPPPの取り組みは、第一弾が天王川公園のPark-PFI(スターバックスが出店)で、本件(公有地定借)の「宮きしめん」の誕生が第二弾だが、現在は第三弾へと取り組みが続いている。天王通に立地している「旧いちい信金」の建物が津島市に寄贈され、この建物を改修して市民の活動拠点にしようという計画だ。敷地が連担する観光交流センターも一体化して「シビックプライド醸成拠点整備運営事業」と名付けられたこの事業は、「DB+指定管理」方式で現在事業者を募集・選定中である。
全国各地で取り組まれている賑わいづくりの取り組みや交流拠点の整備事業は、公共事業であっても民間企業との協働が避けられない。賑わいや交流を活性化するノウハウは、公共主体よりも民間主体の方がノウハウを持っているからだ。しかし、民間企業によって意欲ある提案が多数寄せられる公募を実現する事は容易ではない。
その理由は、運営企業が営業リスクを負う事だ。設計・建設の領域は提案競技において重要な要素を担うが、賑わいや交流を実際に創出する取り組みは運営期間によるところが大きい。この運営期間を担う民間主体は少なからず営業リスクにさらされるから、意欲を持って応募する事を躊躇するケースが多い。従って、募集する公共側は、この点を理解して事業スキームを構築し募集条件を整備しなくてはならない。
津島市の取り組みは、マーケットサウンディングを通してこの点を良く検討した募集条件となっている。企業が自社のノウハウで営業リスクを乗り越えられるという見通しを持ち得るような募集条件を作る事が応募の活性化に繋がる。応募が活性化すれば、より良い提案を選定できる確率が高まるから、市民の満足度へと繋がっていく。人口規模が6万人を切って減少中の津島市だが、相次ぐPPPで成果を上げつつあるのは、津島市が行っているマーケットサウンディングと募集要項のスタイルが奏功している故だ。
津島市が戦略的にPPP事業を計画し、連続的に実践できているもう一つの理由は、日々市長のリーダーシップと指示の下に抜群の統率力を発揮してきた都市計画マスタープラン推進室の松尾室長の存在がある。この熱血漢がいてこその現状なのだが、現在、松尾室長は病気療養中と聞く。第二弾で「宮きしめん」の誕生が決定した今、第三弾でも着実な成果が上がる事で室長が計画したPPPのバトンが繋がり、一日も早い統率者の現場復帰を促す妙薬となることを願いたい。