Vol.192 名古屋三の丸の空間再編を検討した名古屋都市センターの3Dモデル  -2つの本庁舎を他用途に転用した後の官庁街再生の在り方-

名古屋都市センター(以下、都市センター)が、3年間事務局を務めた三の丸研究会の報告書を公開するとともにシンポジウムを開催した。多くの発見と気づきを与えてくれる報告書から、3Dモデルを用いた空間分析の結果を紹介したい。重要文化財である2つの本庁舎を他の用途に活用し、諸官庁に必要な床面積を他の街区で整備するための空間再編が検討されている。三の丸地区が継承してきた歴史を尊重しつつ、規制緩和した空間形成の創り方に一石を投じている(筆者はオブザーバーとして研究会に参画した)。

1.検討の背景  -2つの本庁舎は別の用途に転用し他街区で庁舎空間を確保する-

愛知県庁本庁舎と名古屋市役所本庁舎は、共に戦前に建築された帝冠様式と呼ばれる建築様式で、和洋折衷の意匠を纏う重要文化財だ。従って、これらを保存していく事はこの街の大前提なのだが、行政の執務空間として利用を続けていく事には限界がある。生産性を高め高効率な業務を実施するためには近代的な執務空間が必要だが、現在の本庁舎ではその実現は難しい。

一方、行政施設として重要文化財に指定されながら、他の用途に転用した国内事例は存在する。旧奈良監獄は、明治政府が監獄の国際標準化を目指して整備した五大監獄の一つで、現存する唯一の重要文化財だ(図表1)。この保存・活用を図る事を目的にPFI手法のコンセッション方式を導入して資料館とホテルへと再生されることとなり、星野リゾートが事業者に選定されて2026年に高級な監獄ホテルとして開業する予定である。

また、旧陸軍第九師団司令本部庁舎と旧陸軍金沢偕行社は、石川県と金沢市が兼六園近くに移築・整備した後、国立工芸館に転用されて2020年に開業した(図表2)。東京の北の丸公園内にあった東京国立近代美術館工芸館は1977に開設された工芸を専門とする美術館だが、地方創生の一環で政府関係機関の地方移転を模索する中で石川県と金沢市の誘致活動が実り、実現したものだ。

このように経緯は様々だが、行政施設として使われた重要文化財が転用された事例はある訳で、名古屋三の丸でも参考にしたいところだ。2021年には三の丸ルネサンス期成会が、2つの重要文化財(県庁本庁舎、市役所本庁舎)を高級クラシックホテルや博物館に転用する事を提言している。これを受けて都市センターでも実現可能性を検討し、ホテルと博物館への転用可能性について不可能ではないという見解を得ている。

一方、2つの本庁舎を他の用途に転用すると、行政の執務空間を別途確保しなければならない。三の丸は霞が関に次ぐ大規模な官庁街だが、国県市のいずれの庁舎も老朽化して更新期を迎えているため、建て替えに際して床面積を増やす事で本庁舎の転用が実現できれば、重要文化財を転用した新たな機能を得て市民等の文化的交流空間として活用できるとともに、各庁舎が近代化して官庁街の生産性が向上して一石二鳥だ。都市センターの検討の背景はここにある。

2.規制緩和の在り方   -容積率の増進に加えて街区拡大や街区統合を考える-

三の丸地区は、名古屋城築城にあたり高級武家地として利用された地区だが、明治期に国に接収された後は軍用地となり、戦後は都市計画公園とされた後に官庁街となった。この官庁街を形成するにあたって、種々の建築規制がかけられている。中でも特徴的なルールとして「一団地の官庁施設」の指定を受けている他、「名古屋城眺望景観保全」による高さ規制(地上約49m)と見通しの規制(天守閣からのパノラマ景観、テレビ塔スカイデッキからの見通し景観の確保)があり、「郭内処理委員会申し合わせ事項」による壁面の位置・前庭に関する形式規程などがある。これらによって植樹帯が豊かで、道路空間が広く、隣棟間隔が大きい現状の街区空間が形成されている。

しかし、木々は鬱蒼と成長して見通しを遮っているし、道路空間は実質的に駐車場として利用されていて有効な空間とはなっておらず、各庁舎の前庭もウォーカブル空間としては適切に機能していない。そこで都市センターでは、大切に守るべき事項を特定しつつ規制緩和の方向性案を整理した。そこでは、建物の高さ規制は眺望を確保しつつメリハリをつけて緩和する事、緑豊かなオープンスペースは確保しつつ道路や前庭を再編してウォーカブル空間とする事、名古屋城天守閣へのビスタ空間を確保する事(グランドレベルから天守閣を眺望できる空間を確保する)等が掲げられている(図表3)。

これにより、各街区の建物の高さは天守閣から都心への眺望を確保しつつ規制が緩和されて容積率を拡大できる街区が生まれる(図表4)。また、道路の再編(幅員の縮小や廃道等)を行う事によって街区の敷地面積の総量を拡大する事ができ、道路と前庭が連続してウォーカブル空間を形成する事も可能になる。

このように、都市センターでは3Dモデルを使ってシミュレーションし、空間再編のもたらすインパクトを検証しながら新しい三の丸地区の空間の在り方を検討した。その結果、三の丸地区が継承してきた事項のうち、緑豊かで格調の高い空間や都心と名古屋城天守閣の相互の眺望を守りつつ、2つの本庁舎を他用途に転用しても官庁の必要床面積を確保できる空間形成の在り方を導出した。報告書では、数多くのケース検討の中から「街区拡大ケース」と「街区統合ケース」が報告されている(図表5)。

街区拡大ケースでは、図中に矢印で示されている道路(車道と歩道)の幅員を縮小して街区を拡大している。この場合は、現状の街区構成を継承する事が可能となる一方で、大胆な機能導入の自由度は大きくない。他方、街区統合ケースでは、南北方向の道路を廃道する事で東西方向に街区を統合している。この場合は、大きな2つの街区で構成されるため、自由度の高い機能導入が可能になるという特性を有している。

3.3Dモデルが示唆する可能性   -MICE機能や民間オフィス機能導入の実現性と意義-

2つの新たな街区形成案について、建物を配置した3Dモデル鳥観図が図表6だ。各々のケースの建物は、国県市の庁舎床面積(約45.2万㎡)を確保した上で、約20万㎡の余剰床を有している。これにより、官庁機能に加えて、MICE機能や民間オフィス機能の導入を可能としている。

街区拡大ケースでは、各街区が接道しているため自動車をはじめとした様々な移動手段でアクセスする事が可能であるとともに、現状の街区構成と同じであるから、建て替え事業が計画し易いというメリットを有している。他方、街区統合ケースでは、自由度が高い事から一層に多くの床面積を確保する事もでき、大胆な機能導入が可能となるメリットを有している。特に、MICE機能や防災拠点機能を新たに導入する場合には、この自由度が有効に機能する可能性が高い。

三の丸地区は、名古屋市の都心エリアの北端に位置している。しかし、名駅地区や栄地区との連続性は低く、歴史性の高い地区でありながら官庁街が蓋をして文化発信性は低い。そして、市民が三の丸地区を散策する機会や目的は一般的にはない状況だ。先述したように、官庁街の各庁舎は老朽化して更新期を迎えているため、三の丸地区再生を検討するには持って来いのタイミングで都市センターは一石を投じた。

三の丸地区が都心として機能するためには、経済活動の舞台となる機能を導入する事(民間オフィス等)、市民や来訪者が散策して交流する機能を導入する事が必要であるとともに、官庁街としての生産性を高める事が再生の使命となるべきだろう。都市センターが提示した検討結果は、こうしたことが可能である事を十分に示唆している。

また、名古屋市は将来に向けていくつもの課題を抱えている。若者の流出が止まらない事、市民のシビックプライドが低い事、内外の観光客を受け入れて交流消費を増進する機能が少ない事などである。これらを克服していくためには、名古屋市の都心におけるオフィス供給力を高めて付加価値創出力を高める産業集積を図り、以て若者の流出を抑止する必要があり、400年前に築城された城下町を市民が意識できる機会として名古屋城と触れ合う機会を創出する事が望ましく、さらには迎賓ホテルや博物館等を整備する事で交流人口の滞留を増進することが市経済の活性化に重要な役割を果たす(vol.166ご参照)。都市センターが提示した三の丸再生案は、こうした名古屋市固有の課題克服に貢献する内容だ。契機は庁舎の老朽化であっても、再生の成果は名古屋市の持続的発展に寄与する総合的な効果が期待できる。

名古屋市が頑なに守って来た三の丸独特の規制について、緩和に舵を切る議論をする事には大きな勇気が必要だ。名古屋市の発展のためにその勇気を持って検討した都市センターに喝采を送りたい。今後は、都市センターが投じた一石に対して、三の丸地区の地権者である国や県が関心を持ち、当事者として議論に参画して実現を模索する姿勢を示すとともに、市民社会における再生機運が高まっていく事を期待して止まない。

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