1.「3つのゆとり」が名古屋圏のウリ
日本の国土構造上、名古屋圏は三大都市圏の一角として長らく認識されてきているが、国土として名古屋を有効に使うという機運は歴史的に乏しいように感じられる。「東京圏に対抗できるのは大阪圏である」という不文律が定着しているようにも感じ取れる。しかし、日本のさらなる発展を願う時、国土として名古屋圏を戦略的に活用することが重要だと筆者は考えている。この時、「名古屋圏に何があるというのか」と問われることもあるだろう。
これまで名古屋圏が自ら主張してきた当地の特質は、三大都市圏の中央に位置する事、わが国最大の製造業集積がある事、戦国時代の三英傑を輩出した事、味噌文化など独自の食文化がある事、などが上げられることが多かったと思う。どれにも異論はない。しかし、筆者が東京圏から移り住んで四半世紀、名古屋圏の良さを実感する最大の特徴は「3つのゆとり」である(vol.1ご参照)。第一は空間的なゆとり、第二は時間的なゆとり、第三は経済的なゆとりである。大都市圏でありながら、この「3つのゆとり」に恵まれている事が、今後の日本においては名古屋圏の価値として高く再認識されるべきだと思っている。以下、一つ一つについて二大都市圏と対比しながら述べてみたい。
2.空間的なゆとり
名古屋圏の人口密度は、東京圏のおよそ三分の一で、大阪圏のおよそ二分の一の水準だ。大都市圏でありながら、過密問題は顕在化していない。朝晩の通勤ラッシュの時間帯でも、電車は満員ではあるが東京の満員電車を経験した身で思えば混み具合には余裕がある。また、名古屋高速における渋滞もほとんどない。首都高速を走る時は渋滞覚悟が当たり前だったから、運転時間の見通しを得やすい事はとても気楽だ。これらは全て過密でないことに起因していると言って良い。
3.時間的なゆとり
名古屋圏の平均通勤時間は30分を切る人の割合が過半数を占めている。東京圏も大阪圏も平均通勤時間は1時間前後の人が過半数であるから、その短さは際立っている。長時間の通勤を長らく経験した筆者にとって(二十代の頃は1時間45分を費やしていた!)、通勤時間30分は日々の暮らしのゆとりに直結した。勤務後に自由時間を確保しやすいし、やむなく早朝出勤する際も大して苦にはならない。何よりも疲れにくいから健康への負荷が軽減されたことを痛感した次第である。仮に終電を逸した場合でも、タクシーに乗れば3,000円台で帰宅することが出来る。更に言えば、その気になれば歩いて帰れる距離なのだ。時間的ゆとりは、健康にも財布にも優しいことを有難いと感じたシーンは数多い。
4.経済的なゆとり
名古屋圏の地価は東京圏や大阪圏の地価よりも安い事は言うまでもない。その結果、オフィス賃料やマンションの家賃も相対的に低廉な水準となっている。例えば名古屋駅周辺のオフィスの平均募集賃料は11,080円月/坪であるから、東京駅前丸の内・大手町地区のオフィスの平均募集賃料(27,590円/月坪程度)の半分以下である。住宅を借りたり購入する場合でも、平均的サラリーマンにとって現実的な経済負担で実現する。つまり、オフィスコストも住宅コストも安く済むということであり、経済的なゆとりに繋がるのである。家賃が安ければ飲食代にも反映される。名古屋のサラリーマンにとって、ランチを700円前後で済ますことは容易な選択であり、当たり前の経済観念だ。経済的に背伸びしなくても良いという事は、経営者にとっても、一般市民にとっても大変幸せなことだ。
5.3つのゆとりが意味するもの
大都市圏でありながら「3つのゆとり」があることが名古屋圏のウリであることを筆者は久しく気づいていたが、これまではこれを主張すると「名古屋=大いなる田舎」と揶揄され、一笑に付されることが多かった。しかし、これからは三つの意味で違う。
第一は、リニア開業により名古屋圏はわが国最大二時間圏の中心になる(vol.1ご参照)。これまでの国土においては、東京圏が圧倒的にわが国最大二時間圏の中心であったから、東京でないと不都合なことが多かったことも事実だ。しかし、リニア開業でこの点の束縛は解かれる。日本における最大商圏の中心地であって、東京への移動は40分で可能であって、その上で「3つのゆとり」があるのであるから、「大いなる田舎」ではなく「使い勝手が良い大都市」として名古屋を売り込むことが十分に可能だと思うのだ。
第二は、コロナ禍で我々が学んだように、東京一極集中は疫学上危険であるとの知見に立脚すれば、「3つのゆとり」は諸機能の立地を考える上で極めて有益性が高いという点である。空間的ゆとりは三密を作りにくいし、時間的ゆとりは在宅ワークとオフィスワークのベストミックスを展開するのにも適しているからだ。
第三は、名古屋圏を利用する事で、東京に依存するために負担している高コストが不要になるというメリットだ。高コストを負担してでも「東京に居ること」が必要だという呪縛から解放されれば、日本という国土での収益性は向上する。この時、経済的ゆとりが備わる大都市圏としての名古屋圏を利用する価値が「お値打ち」として認識されることになろう。
このように、名古屋圏が具備する「3つのゆとり」は、これからの日本の発展を考え、国土における多様な選択を確保しながら日本人が幸せな経済活動や暮らしを実現していく上で、貴重な特質を持ち合わせているという評価になるはずだと考えている。