Vol.62 リニア開業で変わる時間圏の勢力図  -国土における名古屋の立地優位性-

リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業した際には、我が国国土における最大2時間圏の中心は名古屋になる(vol.1ご参照)。筆者は2時間圏の人口規模を基にこれを説いてきたが、2時間圏で名古屋が優位に立つのは人口だけではない。企業集積においても同様だ。リニア開業で時間圏の勢力図がどのように変わるかをまとめてみた。

1.リニア開業による2時間圏の変化  -品川~名古屋40分の衝撃-

現状の品川~名古屋間の所要時間はのぞみ号を利用して約90分である。リニアが開業すると40分になるから、所要時間は半分以下に短縮される。時速500kmの超高速鉄道がもたらす時間短縮に思わず夢が膨らむではないか。東京で朝9時からの会議に召集されても、名古屋からは当日の朝に少し早めに出かけて行けば良いし、名古屋で勤務を終えた後に東京ドームで野球観戦して帰ってくることも容易だ。休日には銀座三越の開店と同時に買い物をして、ランチを堪能し、歌舞伎座で観劇して帰ってきても夕食の支度に間に合う。40分という時間距離は、同じ生活圏に居るに等しいから、我々が日常で行っていることを、東京との間で実践することが可能になるのだ。

日帰りで交流できる範囲は2時間圏で捉えると分かり易い。3時間圏では朝9時の東京の会議に間に合わないから前泊を余儀なくされる。従って、2時間圏内であることが不自由なく日帰り交流できる範囲となるから重要な圏域だ。この2時間圏について、リニア開業による変化を見てみよう。

図表1では名古屋からの2時間圏(2時間で到達できる地域)を着色している。薄いピンクの範囲が現状で、ショッキングピンクの範囲が品川~名古屋間でリニアが開業した時、赤の範囲が新大阪までリニアが全通した時を示している。特に、品川~名古屋間の開業時を示すショッキングピンクの範囲を見ると、東京23区はもとより、横浜市、川崎市、さいたま市、千葉市などの首都圏主要都市は余裕で2時間圏内に入ることが分かる。従って、先述のように東京ドームでの野球観戦や歌舞伎座での観劇などが容易に可能になるのだ。

次に図表2は品川からの2時間圏の変化、図表3は新大阪からの2時間圏の変化を示している。いずれも大きく2時間圏が拡充するが、名古屋からの2時間圏が最もダイナミックに拡大する様子がお分かり頂けると思う。

2.時間圏人口でみる勢力図の変化   -名古屋は国内最大2時間圏の中心に-

上記でみた2時間圏の変化を基に、2時間圏の中にある人口集積規模を比較したものが図表3だ。表内では1時間圏と2時間圏を区別して整理しており、扱う人口は2010年人口と将来人口(2050年)で集計している。

まず1時間圏の人口を見てみよう。品川起点の1時間圏人口は現状で2,336万人であるものが、名古屋開業で2,597万人となり、現状でも名古屋開業時でも国内最大である。これに対して名古屋起点の1時間圏人口は、現状で814万人であるものが名古屋開業時に929万人となる。一方、大阪起点の1時間圏人口は現状1,447万人であるが、名古屋開業時に変化はない。品川~名古屋間でリニアが開業しても大阪からの1時間圏に変化は生じないためだ。

これらから1時間圏の変化を総括すると、1時間圏の範囲では東京が国内最大の人口集積規模を背後に擁することとなる。名古屋の1時間圏の人口集積規模は、リニア開業後(品川~名古屋)でも東京1時間圏の半分に満たない。従って、東京一極集中の是正が本格的に進むとしたならば、このバランスが変化しなければならない。既に、コロナ禍を契機として東京からの脱出人口が顕著に増加しているが(vol.57ご参照)、現状ではその多くが首都圏内の移動にとどまっている。リニアで品川~名古屋が40分で結ばれれば、名古屋への住み替えが現実的な居住地選択になることを念頭に置く必要があろう。

次に、2時間についてみてみよう。品川起点の2時間圏人口は、現状で4,104万人であるものが、名古屋開業で5,217万人へと増加する。しかし、名古屋起点の2時間圏人口が現状では2,993万人であるものが名古屋開業で5,949万人へと顕著に拡大し、品川2時間圏を抜いて国内最大となる。大阪起点の2時間圏人口は、現状で2,927万人であるが名古屋開業では2,943万人で変化は小さい。

これらから2時間圏の変化を総括すると、リニア開業後の我が国国土では、最大2時間圏の中心地が東京から名古屋に変わるという点が最大のポイントだ。実にエポックメイキングな事象が生じることとなる。最大マーケットの中心に立地する名古屋を有効に活用することは、ビジネスの世界では効率性の観点から合理的な立地選択になっていく可能性がある。リニア開業による国土へのインパクトを象徴する指標だと考えている。

3.企業集積でみるリニア開業後の勢力図   -名古屋は最大企業集積圏の中心に-

2時間圏の中にある企業集積も見ておきたい。図表4では1時間圏と2時間圏の中にある事業所数と企業数(本社数)を集計している。1時間圏について見ると、事業所数も企業数も、東京:名古屋:大阪の集積比率は概ね3:1:2である。つまり、名古屋からの1時間圏の企業集積量は、東京の3分の1であり、大阪の2分の1というのが現状だ。リニアが名古屋開業するとこの格差が縮まるのであるが、順位は変わらない。これは東京一極集中の現状の国土で集計するからこうなるのである。1時間圏という物理的距離の要素が強く働く範囲で見ると東京への企業集積が高く、その結果、多くの企業が高いコストを強いられている(vol.1、56ご参照)のが実情だということを理解しなければならない。

2時間圏についてみると、現状でも東京と名古屋と大阪の集積量は比較的拮抗する(品川起点162万事業所、名古屋起点137万事業所、大阪起点127万事業所)。そしてリニアが名古屋開業すれば、名古屋からの2時間圏が事業所数(245万事業所)も企業数(85万件)も最も集積が大きな圏域になることが分かる。2時間圏というのは、1日で容易に交流できる範囲を意味するから、物理的距離よりも時間的距離の要素が大きく寄与する圏域である。ポストコロナにおいては物理的距離の重要性は低下し、時間的距離の重要性が高まるので、2時間圏の重要性はより高まると考えて良いだろう。従って、名古屋2時間圏の立地条件は、企業集積の観点からも日本の国土で最も優位な立地だということが伺える。

4.リニア開業後の勢力図の変化   -現状の数字以上に勢力図は変わる!-

以上に見た1時間圏と2時間圏の中にある人口と企業の集積は、現状からデータ化したものである。実際にリニアが開業すれば、首都圏から脱出する人口は増加するに違いないし、多くの企業が首都圏以外の立地を選択するだろうと筆者は予測している。この時、人口も企業も名古屋圏での立地を選択する可能性は高い。圏域内の数隻ポテンシャルが高くて、東京へのアクセスが便利で、立地コストが安いという条件が揃うからだ。

従来の1時間圏は、通勤できる範囲という性格を持った圏域だ。従って、東京の企業集積が大きければ、東京1時間圏への人口集中が必然的に生じる。しかし、ポストコロナの時代は通勤の必要性が低くなるため、東京に勤め先があったとしても東京1時間圏に住む必要は必ずしもなくなる。こうなれば人々は住みよい場所を求めて転居するだろう。その転居先の条件として、2021年の住民基本台帳による東京脱出先の傾向からは、①東京へのアクセス性、②経済性(地価・家賃が安い)、③風光明媚(自然資源が豊か)などが求められていると見て取れる(vol.57ご参照)。これを踏まえれば、名古屋圏への人口移転は、今後も増加していくと考えるのが自然だ。

また、2時間圏は1日で容易に交流できる範囲という性格を持った圏域だ。これは、リニアが開業することで顕著に拡大する。出張や観光という目的の行動であれば、2時間圏であれば十分に日常的な往来が可能なので、リニア開業後の2時間圏の範囲が広くて集積資源が多い地域ほど、好ましい立地として評価されるだろう。名古屋2時間圏は、こうした観点から評価され、とりわけ事業所立地の選択肢としては高く評価されると考えられる。

このように、1時間圏にしても、2時間圏にしても、「ポストコロナ×リニア時代」においては、名古屋圏のポテンシャルが飛躍的に高まり、東京圏よりも大阪圏よりも有効な立地条件を持つ圏域として人口や企業の集積が高まっていく可能性が高い。図表3~4で見た現状の数字以上に名古屋圏の集積は高まっていくと思われる。筆者は、リニアの名古屋開業後の国土においては、1時間圏の人口は名古屋圏が大阪圏を抜く可能性があり、大阪開業によって企業集積は名古屋圏が東京圏を抜く可能性があると考えている。また、リニア開業後の2時間圏では、人口も企業集積も名古屋圏が国内最大となることは間違いない。日本の国土における大都市圏の勢力図が大きく変わる可能性があって、それはとりもなおさず日本経済の発展と人々の幸福な暮らしに繋がる好機になるはずだ。

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