1.突入した人口減少時代
日本の人口が減少し始めている。東海地域でも岐阜県や三重県では人口減少に直面している。愛知県内でも人口減少に転じた市町村が増加しつつあり、愛知県人口も早晩人口減少に転じる。人口増加を維持している名古屋市でも、10年先には人口減少に転じる可能性があり、日本は全国で人口減少と向き合う時代に突入した。人口減少による地域経済・社会への影響は随所で語られているが、一般的にその論点は大きく以下の2点だ。
第一は、高齢化である。日本人の平均寿命は着実に伸びているから、子どもの数が減れば高齢者の割合が高まるのは自明の理だ。高齢化に伴い、高齢者福祉の対応充実が必然的に求められるから、市町村の財政は扶助費(福祉に必要となる費用)の増加・確保を続けねばならず、これが財政運営上の負担要因となっている。扶助費以外の種々の予算を削らねばならず、新規の開発事業やハコモノ整備には予算が付かない状況が続いている。
第二は、労働力不足である。生産年齢人口(15歳から64歳の人口)の減少は、実は10年以上前から始まっているのだが、総人口の減少によって労働力を確保できない懸念が急速に注目され始めた。折しものデジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流は、AI等に仕事を転換する事で、少ない労働力で高い生産性を得る試みを助長している。
筆者は、こうした人口減少に伴う二つの論点にも勿論に関心を持っているが、ここでは人口減少がもたらす第三の論点として、地域経済への影響について考えたい。
2.人口減少で失う経済
人口が減少するということは、家計の市場規模が縮小するという事だ。つまり、消費需要の縮小に直結し、地域の経済規模(GRP)が小さくなる要因となる。さすれば税収が減少し、地方自治体の財政運営は、今以上に厳しくなることを覚悟せねばならない。
愛知県を例に試算してみると、2040年までに愛知県人口は約40万人減少する。この人口減少に伴って消失する家計は、約4,000億円だ。愛知県のGRPは、この消費消失分だけ小さくなるから、これを補う消費の増加や産業生産の増加がないと、愛知県経済は減退する事となる。そして、その先はさらに人口減少が加速するから、そのまま放置すれば愛知県経済の減退も加速していくこととなる。
3.交流により期待できる経済
一方、人口が減少しても交流が増えれば消費の増加要因となる。愛知県にはリニア中央新幹線(以下、リニア)の開業が控えており、リニアによって愛知県を目的地とする交流量は増加する事が期待される。コロナ禍前の試算である事をお断りしておく必要があるが、筆者が在籍したMURCでは、リニアによる愛知県での交流増加量は、年間約2,000万人を見込むと試算した。出張や旅行等で愛知県を訪れる国内外の人々の数の増加分である。こうした人々は愛知県で消費をするから(飲食、宿泊、お土産等)、県内消費の増加要因となる。年間約2,000万人の交流人口の増加は、約3,200億円の消費増加をもたらすことが期待できるのだ。人口減少によって避けられない消費減退に対して、極めて貴重な増加要因だ。
4.人口減少による経済減退を補う発想
さて、上記二つの数値を比較して頂きたい。愛知県における人口減少に伴う消費消失は約4,000億円で、リニア開業により増加する交流人口による消費増加は約3,200億円であるから、約800億円の負け越しである。ここで二つの事を申し上げたい。
第一は、負け越し量が比較的少ない事だ。もう少し頑張れば、イーブンに持ち込める範囲と読めるのだ。その工夫は様々に考えられる。例えば交流に限って考えれば、宿泊者数を伸ばす事。日帰り者よりも宿泊者の方が消費額が大きくなるから、地域経済の活性化効果が大きい。リニアによって移動時間は大幅に短縮するから、自然体で考えれば日帰り者の割合が大きくなると思われるので、宿泊を伴うようなイベントや商談会等を増やして県内での滞留を増やすための工夫が必要だ。その他にも様々に考えられるが、それは後述する。
第二は、リニアで交流増加を期待できる地域は限定されているという点だ。交流量を増加させて地域活性化に繋げようという取り組みは、既に10年来、全国で取り組まれている。しかし事は容易ではない。愛知県および東海地域はリニア開業があるからこそ、大胆な交流増加策に取り組める立地条件を持ち得ていることに着眼し、積極的に活用する努力が必要だ。交流増加が見込めなければ、避け難い人口減少に伴う地域経済の減退を防ぐことは誠に困難を伴う。リニア沿線地域であるからこそ、現実的な交流増加策を考える意義が大きい。
5.人口減少下でも経済発展できる地域経営
上記で見たように、愛知県は人口が減少して消費消失する一方で、交流増加で消費増加が見込めるため、工夫をすることで人口減少下でも地域経済の発展を成し遂げられる可能性を秘めている。それは、交流増加政策だけではなく、多面的な観点から取り組む必要がある。
リニアによって国土における立地条件が飛躍的に良化するのであるから、ビジネスの舞台として愛知県を積極的に活用することを促していくことが有効だ。業務機能が名古屋市を中心に愛知県内での集積が増進すれば、GRPの増加に直結するし、固定資産税をはじめ種々の税収が増加する。業務機能の集積が進めば交流量の増加にも循環する。さらには長期的には定住人口の増加要因にもつながっていくだろう。
業務機能の増加と言っても、その内容は多岐にわたる。本社機能の愛知県への移転、県内での起業(スタートアップ)の促進、県内企業によるイノベーションの活性化など、多様な産業の振興を、リニアの開業による立地条件の良化と合わせて戦略的に講じていくことが有効だ。
さすれば、ここで例として扱った愛知県は、人口が減少しても経済発展するという手品のようなシナリオを実現する事が可能なのだ。このことは岐阜県や三重県に置き換えても相似形の事柄であり、名古屋市をはじめとする市町村にとっても同じ視点で考えることが可能である。我々が回避できない人口減少時代に向き合いながら、地域経済を拡張できる可能性に着眼して、地域経営の戦略を講じる時が今だと思うのである。
但し、先の数値はコロナ禍前の試算であるから、ポストコロナ時代を織り込みながら検討していくべきことを申し添えておきたい。